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ラウストリーチ家の未熟者  作者: 仲夏月
2.聖なる魔術師と白い魔女
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2-12


 その日の夕食後、例によってフィルバートとナザールの私室に現れたスフィルカールはどかっとラグの上に座り込んだ。

「例の屋敷はリュスが早速調べるということだ」

「そうですか」

「魔法のボヤらしい、という情報だけで大丈夫なのか?」

 やや心配そうなナザールに、私も知らない、とスフィルカールは答える。


「まぁ、どうにかするんだろう。・・で、あのむかつくにやけ顔で"リンゴの丸かじりはそんなに美味しかったかい?"と聞かれたが。誰だ、話したのは」

「ウルカじゃない?」

「私たちはウルカにしか喋っていませんよ」

 お土産がリンゴ一個とイチジク二個になった理由を説明しただけだと言い張られた。

「おやつのお許しが必要なので、シヴァ様は当然ご存じでしょうけど」

「・・・・向こう数年は笑いのネタだ」

「いえいえ、可愛い坊ちゃんのほんわかエピソードですよ」

「ゴメン、俺もちょっと思い出しただけでにやつく」

 二人の様子に、スフィルカールは大変決まりの悪い顔になり、つんとそっぽを向いた。

「からかうなら部屋に戻る」

「はいはい、私たちが過ぎました。・・・恨み言だけ言いに来たんじゃないでしょう? リヒテルヴァルト領の件の報告ですね」

「え?どういうこと?」

 急に真面目な話になる予感に、きょとんとした表情のナザールの膝に、お前聞いてなかったんだなとあきれた顔でスフィルカールは資料を放った。


「リヒテルヴァルト領内の孤児院に魔法使いの子供がどの程度いるか、調査させたんだ。この間、リュスの講義の時間にそんな話をしていただろうが」

「・・・ごめん。覚えてなかった。難しい用語いっぱいで・・」

 膝に載せられた資料をめくると、リヒテルヴァルト領内の孤児について、その数、性別に始まり、親との死別か否か、魔法使いかどうか、名付けがされているかどうか、が統計として数値化されていた。

「公都の孤児院を本院として、リヒテルヴァルト領内に分院扱いとなる孤児院を設立して、そこから領内の各孤児院と連携する案。リュスがちゃんと検討しようと言ってくれた」

「・・・魔法使いの子供の名付けを無料で行う事業が、公都からリヒテルヴァルト領に広がると言うことですね。あの孤児院では魔法使いの子供の捨て子が目に見えて激減していますし、それは確かにリュス様も無視出来ない成果ですしね」


 スフィルカールとフィルバートの話を聞きながら、統計を何とか読もうとナザールも資料を覗き込む。

「あ、あの・・、俺あんまりこの統計、ってやつよくわかんないんだけど。・・・リヒテルヴァルト領の方が、魔法使いの子供が沢山捨てられているって事?」

 その言葉に、スフィルカールが頷く。

「こういうのは、地方に行けば行くほど、顕著になるんでしょうか」

 フィルバートの疑問に、スフィルカールはそっと自らの腕を組む。

「そうだろうな。リュスの分析では、農村まで行くと早々魔術師や治療師が身近にはいないだろうから、中には魔法使いだという認識もされずに少々発育に問題がある子供、ということで済まされている事例もあるだろうと言うことだ。・・実際にはまだ多いと思う」

「・・・で、なんでリヒテルヴァルト領だけ? 師匠の領地だからってのはわかるけど。お前公王なんだから、全部の領でやれば早いんじゃないの?」


 首をかしげたナザールに、いやいやいや、とたしなめたのはフィルバートの方だ。

「各領主にちゃんと話して、色々と了承を得ないと。横から変なことをされてはいくら相手が君主でも困りますよ。領主は領主でそれぞれの経営方針がありますから」

「あ・・。お前も一応領主か」

「国許ではね。と、いってもまだまだ任せてもらえて無くて、母と伯父上の監督の下で簡単なことしかやっていませんよ」

「それに、この公国領内の領主にとって、私とリュスラーンはよそ者だからな。彼らとのこれまでの信頼関係はリュスラーンが一人で築いたものだ。私が妙なことをしてそれを壊すわけにはいかない。リヒテルヴァルト領なら、元々は私の預かりで実際はリュスが管理していたし、領主・・つまりシヴァだな、領主が自らが公都で行っている孤児院事業を領地でもやってみる、という理屈なら通る。・・とはいえ、公都から魔法使いを定期的に派遣するにしても、実際にどれくらい経費がかかるかもわからないし。公都の孤児院並に上手くいくとも限らない。できれば公都でナージャ達がやっていたみたいに、孤児の魔法使いが名付けができるようにして、追々は治療師等に育成して行く仕組みにしたいんだが・・・、モノになるには数年はかかりそうだな」

「・・・・すげーな・・」


 二人の会話が、先ほどまでの馬鹿げたものとは打って変わってすごく高度なものに思えて、ナザールはぽかんとした表情で感嘆の言葉を漏らすだけである。

 それを軽く叱りつけるのはスフィルカールであった。

「おいおいおい、他人事じゃないぞ。大体、お前が最初に私に教えたんだろ? 魔法使いの子供が捨てられることが多いって。理由もしっかり、きっかり教わったぞ」

「え・・!? ってことは、俺がきっかけなの!?」

「お前、忘れていたな。あれほどわたしにご高説をたれていたくせに。それに・・・孤児は公国内にごまんといると言ったのも、お前だ。手が届く範囲でどうにかしたい、と言ったのもお前だ」

「・・・・え、と・・」

 急に耳まで赤くなるのを自覚して、ちいさくなるナザールの肩を、フィルバートはぽんと軽く叩いた。

「どうにかしたい、なら。どうにかするために必要なことをやりましょうよ、ってことですね」

「・・・お、俺にも何か出来る、ってこと?」

「当たり前だ。ナージャがいないと何も出来ないぞ」

 大変偉そうな表情のスフィルカールはふんぞり返るように腕を組む。

「自慢じゃないが、呪われたことはあっても呪える手段はもっておらん」

「親父に呪われたのを自慢にするなよ」

「わたしも、魔術の知識は多少あっても、所詮実践出来ませんからね。魔法使いの子供達とその家族がどうすれば不安なく暮らせるか、一番ちゃんと考えられるのは、元孤児で、魔法使いで、それなりに将来見込まれているナージャじゃないかなと、思いますよ」


 フィルバートとスフィルカールが資料を片手に何やらまた話し始めている。



 ・・・・そか、俺に自覚しろって、そういうことか・・。


 

 病院長の言葉を思い出し、ナザールはそっと頬をかいた。








 

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