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ラウストリーチ家の未熟者  作者: 仲夏月
2.聖なる魔術師と白い魔女
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2-10

 病院にも孤児院にも、ナザールの居場所は無い。

 そのことを認識したところで、敷地から自然と足が離れていく。


 俺、何のために魔術師になろうとしているんだっけ。

敷地から一歩外に出て、立ち止まる。

 

 師匠が、魔術師になれって言うから。

 それでなんとなく。


 そうか、と気がついた。

 カールやフィルみたいな「志」みたいなのがないんだ。

 カールの「公王」としての責務。

 フィルバートの「騎士」としての矜持。


 自分には、それがない。

 ・・じゃあ、どうする?


「!」

 首の根っこに腕が回され、拘束されるまで気がつかなかった。

 何が起きたか、わからずに相手の腕をつかんだところで聞き慣れた声が聞こえた。

「はい、確保」


 ガラス玉の様な綺麗な瞳がこちらを覗き込んでいた。

「フィル・・・?」

「・・・わかりやすくて大変助かりますよ」

「全くだ」

スフィルカールの声も聞こえる。そちらの方に首を動かし、ナザール呆然と二人の顔を見つめた。


「稽古じゃなかったのか?」

「フェルナンドもリュスも途中で会議とかで自習になってな」

「ナージャも私室で自習だと聞いていたんですけど、姿が見えないので心配しましたよ」


安堵の表情を見せるフィルバートに対して、少し呆れたような顔でスフィルカールは凭れていた壁から身を離す。

「最近ナージャの様子がおかしいから、きっと城の外に出たとふんでここに来てみたんだ。その分だと、今の病院の様子に自分の居場所が無くなったとでも思ったんだろう?」

図星を指されて蒼白ついでに赤くなる。

「馬鹿者」

「馬鹿ですねぇ」

同じタイミングであきれられた。


「いつまで、お前在りきで運営されるわけなかろう。お前も、あそこも次の段階に進んでいるんだ。変化していくのは当然なんだぞ」

スフィルカールはナザールの脇を通り過ぎるついでに、彼の腕をつかんで強引に歩き出す。

「え!? 何だよ?」

「ちょっと付き合え」

「ナージャじゃないと分からない事なので、ご同行願いますよ」

軽く目配せをして、フィルバートも並んで歩き始める。


説明も無く、引きずられるようにナザールも歩き出した。


-------------------------------------------------------------------------



半ば追い立てられるように連れてこられたのは、なじみの市場だ。

活気よく、色とりどりの野菜や果物が売りさばかれている様子が目に鮮やかだ。


「城の使用人から、ちと気になる噂話を聞いたんだ。少し確認したいが、ナージャがいないと無理だからな」

「師匠やリュスには言ってないのか?」

「リュスラーン様に報告はしました。我々だけで少し調べることも提案し、了承を得ています」


それが自習です。

フィルバートがにんまり笑みを見せる。

驚きでポカンと口を開けた情けない表情になってしまうのは仕方が無いと思う。

「よくリュスが許したな」

驚きと呆れが半分ない交ぜのような台詞に、騎士の少年は軽く笑いながら答える。

「当然、危険な事はしないと約束させられましたよ」

「リュスとシヴァ・・・侯爵達が動けば目立つからな。我々だけの方が目立たないし、少々良家と思しき無邪気な少年達が城下を散策し、市場で果物を買いながら噂話を聞いて来るだけだと言ったら、何か悔しそうな顔で許してくれたぞ」

してやったり、とでも言いたげなスフィルカールの表情に、上手く言いくるめられたリュスラーンの苦い表情が容易に想像できる。

「・・・ぶっ」

耐えきれず、思わず噴き出したナザールに、ようやく笑ったなとスフィルカールは息をついた。

「うむ。では、ゆこう」


市場の一角で奇麗に輝く果物を売る男にフィルバートが近づいた。

「こんにちはご主人。良い日ですね」

「これはようこそお若い旦那、いろいろ取りそろえておりますよ」

良い身なりで剣を帯びた少年は、いかにも良家の子息に見えるだろう。店の主人は手もみしながらフィルバートを迎えた。

「いつも家の使用人から貴方の取り扱う果物は質が良いと伺っていますよ。一度自分の目で見てみたくて、来てしまいました」

「これはどうもご贔屓に。出来ればお宅のお名前をお聞かせいただけますか?」

その言葉に、少々申し訳なさそうに肩をすくめた。

「実は家人に黙って出て来ていまして。ちょっとだけ自由に歩き回りたいのでご容赦戴けますか?」


そのやりとりの様子を、少し距離をとった店の隅でナザールとスフィルカールがうかがう。

「あの親父がどうしたの」

「まぁまぁ、見ていろ」


「おやまぁ。左様ですか。まぁ、時にはそういう息抜きも大事ですね」

「どうもありがとう。では、あの小さなリンゴとあと気楽に食べられる小さな果物でおすすめがあれば3つづつ欲しいな」

「はい、ではとっときのイチジクにしましょう。小さめですが味が濃くて美味しいですよ」


店主が手際よく彩りの良い果物をつかんでは、フィルバートが渡した小さな麻袋に入れてくれる。

小銭と引き換えに商品を受け取った少年は、お礼を言いながら朗らかに微笑んだ。

「どうもありがとう。そういえば、使用人が貴方のお話も凄く面白いと言っていました。城下の噂噺はいつも新鮮で、私も楽しみにしているんです」

「こいつは参ったなぁ。おまけしないわけにはいかないじゃないか」


一本取られたとばかりに額をたたく店主に、好奇心で顔を輝かせた表情を見せて良家の少年は屈託をみじんも感じられない笑顔を見せる。

「何でも、ご近所で全く火の気のない所でボヤ騒ぎがあって、大変驚かれたとか」

「そうなんだよ。俺の家の近所に、まぁちょっとしたお屋敷があってな。この間ここに来る前に通りかかったらよ、通り沿いの一角がいきなりボッと炎に包まれたんだよ。俺ぁ驚いちまって、腰抜かしそうになっちまった。不思議なことに、他所に飛び火もせずにあっという間におさまっちまってなぁ。一体ありゃ何だったんだかって近所の連中と話していたんだよ」

「それは不思議ですね。どのあたりにあるんですか?」


フィルバートが店主から場所を聞き出したところで、スフィルカールはそっと移動し始める。

「カール、フィルを待たなくても良いのか?」

「問題ない。フィルもすぐに追いつくさ」


するすると、人の間をすりぬけて行くスフィルカールの後ろを、ナザールは慌てて追いかけた。



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