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ラウストリーチ家の未熟者  作者: 仲夏月
2.聖なる魔術師と白い魔女
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2-9

 俺ってホント、場違いだよな。




 ナザールは今日何度目かになるつぶやきを飲み込んだ。

 やはり、今日の座学もまったく理解できない。

 政治学や古典の何が魔術学の役に立つのだろうか。

 歴史を知らなくても魔術は発動するし、パンを焼くにも不自由はない。

 言語・・・まぁ、魔術言語は必須だけど。外国語の勉強に割く時間があれば、魔術文法に充てた方が良いに決まってる。



「ナージャ君?」

「ナージャ?」


 リュスラーンとスフィルカールに声をかけられて、ナージャはハッと顔を上げた。


「・・あ、ごめん。聞いてなかった」

「ナージャ君、そのセリフは今日で三回目。俺の話、そんなに退屈?」

「いや・・・」


 幾分見透かされたかのようなリュスラーンの言葉に、肝を冷やしながら身を縮め、うつむく。

 その様子に、軽く息をつき、リュスラーンはフィルバートを指名した。


「では、フィル君。君は如何思う?」

「あ・・はい、えっと・・」


 フィルバートは自らのノートに目を落とし、考えをまとめると、すらすらとよどみなく意見を述べる。

 彼が何を言っているのか、ナザールにはやはり理解ができなかった。


 ・・・やっぱ、俺、向いてない。

 


 真っ白なノートを眺めて、ちいさく、ナザールはため息をつく。


 フィルバートはいかにもな優等生だ。この数ヶ月で剣術も体術もめきめきと腕を上げたようで、最近では相手になるのがリュスラーンの外はフェルナンドと数名の騎士とのことだ。政治学や古典などの学問についても、熱心に話を聞き、メモを取るなどして真面目に勉強に励んでいる。国許の家族に恥ずかしくない様に頑張らねば、と彼はよく口にしている。

 さらに、魔法使いでもないのに、魔術言語が読める。

 試しにシヴァが本を読ませてみたら、教科書一冊さらりと読んで見せたからたまらない。知識だけなら、そこらの魔術師よりよっぽど詳しい。これで魔法使いだったら、今頃宮廷魔術師だろうなと誰かが呟いていたのが、ナザールには棘のように突き刺さった。

 スフィルカールは生まれながらの公王だ。幼い頃からそうなるべく育てられていることが最近よくわかるようになった。何も出来ない奴、と最初は思っていたが、そうではない。彼が出来ることは、自分が知らないことばかりだ。そういう意味では実に器用だとナザールは思う。政治学や古典、外国語、剣術に体術、どれも一通りそつなくこなしている。座学の講義中にリュスラーンやシヴァが彼に何かを問うことはほとんどない。大概、自分やフィルバートが答えに詰まったときに、模範解答を述べさせる程度だ。

 

 それに比べて、自分はただの孤児だ。街の隅で生きていく以上の能力はまるでない。

 魔術にしても、街の子どものなかでは上手い方だったが、それだけだ。

 おそらく、自分が学んでいるのは、魔術師の教育としては初歩に当るものだ。以前、魔術師の暗号パズルの間違いをフィルバートが指摘した際に、「弟妹がやっていた問題集に似たものがありました」と言っていたから、子どもが学ぶレベルなのだろう。

 スフィルカールやフィルバートに混じって護身術の様な体術を学ぶこともあるが、元々あまり腕力があるわけではない魔法使いの体質では言わずもがなである。


 ノートは真っ白なまま、うつむいたままでそんな時間をやり過ごした後、魔術師の詰め所に移動すると、宮廷魔術師の一人から急な会議が入ったので、自室で魔術言語の自習をするように告げられる。


「・・・先生、みんなも会議なの?」

「ああ、悪いね。シヴァ様も皆手が離せないから」

「ううん。大丈夫、暗号パズル解いているから」


 魔術師の背中を見ながら、正直、ちょっと助かった気がした。

 リュスラーンはともかく、シヴァは絶対にごまかせない。いや、リュスラーンも自分の様子がおかしいことは気がついているだろうが、敢えて何か問いただす事はしない。ナザールの事についてはシヴァの領分、と割り切っている部分があり、叱るときもどこか一歩引いた位置でいることがわかる。シヴァはそうはいかない。目が見えていない分、言外の緊張感や、集中力の欠如などを隠せる自信はない。


 ・・・・ちょっと、病院に行ってみようかな。


 幸い、フィルバートもスフィルカールも剣術の稽古だ。今日はリュスラーンが相手をするそうだから、そうそう終わるはずがない。夕食の時間も少し遅くなるだろう。それまでにもどってくれば、気付かれる事はまず無い。


「ちょっと、おっさんの手伝いでもやってくるか」


 病院の院長たる男の顔を思い浮かべ、ナザールはやや緊張の緩んだ笑みを浮かべた。




 勝手知ったる道を一人で歩いて病院に現れたナザールを見つけたのは、病院の手伝いをしている少年だ。少年は不思議そうに首をかしげ、彼を出迎えた。


「ナージャ、今日は一人なの? カール様やフィル様と一緒じゃないんだ?」

「ん? あぁ、あいつらは忙しいみたいでさ」

「ふうん・・、まぁ、いいや。院長先生は休憩中だよ」

「ん、ありがとう」


 そう返したところで、オズワルドを手伝う孤児の中でも最も年長の少年がナザールに声をかけた。


「あれ、ナージャじゃないか。如何したの?」

「あ、いやぁ、ちょっと自由時間が出来たから、何か手伝うこと無いかなって思ってさ。最近はどうだ?」

「うーん、おかげさまで、ってとこじゃない? オズワルド先生が無言になる程度には忙しいよ。僕もそろそろ真面目に勉強しろって言われててさ。本格的にお医者の勉強することになりそう」

「へえ、すげーじゃん。お前、前からおっさんに見込まれてたしな」

「まぁ、・・・何とかものになれば良いんだけど」


 そのとき、少年の名を呼ぶ声が響く。

 声の方を振り向くと、小走りに走ってくる少女の姿が目に入った。

 同じく病院の手伝いをしている孤児だ。


「如何したの?」

「何かあったのか?」

「あれ? ナージャ? 久しぶりだけど、どうして一人なの? ・・あ、そうじゃなくて、えっと。そうそう、オズワルド先生が呼んでるよ。何でも魔法使いの赤ちゃん連れた親が来たらしくって、名付けして欲しいって」

「あ、そうなんだ。名前は決めてきてるのかな」

「そう言ってた」

「捨て子じゃないのか?」


 ナザールは不思議そうに首をかしげる。

 以前は魔法使いとして生まれた子どもを持て余し、彼らの住処の近くにそっとおいていく親は多かったのだが、様子が違うようだ。

 少年は、この場所のおかげだよと笑みを浮かべた。


「ナージャ、最近は捨て子しなくても病院ならただで名付けをしてくれるって噂が広まってるんだよ。ちゃんと名付けしてあげれば、その後は時々病院に相談に来てくれれば魔法使いの子どもでも、普通の子どもとあまりかわらず成長できるって説明しているから、親達も結構安心して魔法使いの子どもを受け入れてくれるようになっているんだ」


 少年は魔法使いだ。ナザールに代わって、魔法使いの子どもの名付けを担当しているらしい。

 名付け、といっても名前そのものは誰が決めてもいい。ただし、魔術による名付けの手順を理解している魔術師や治療師等でなければ、魔法使いの赤子に正しく名付けをすることができない。

 この少年は、どうやら医者と治療師を兼ねた道に進もうとしているらしい。


 久しぶりに、赤子の名付けと聞いて、ナザールは声を高くした。


「俺、代わりに行こうか? 忙しいんだろ?」

 

 それに対する反応は、やや予想と違った。


「・・・・・・・・」 

 

 一瞬の妙な間が開き、少年は申し訳なさそうに、大丈夫だよ、と遠慮した。


「ナージャ、それよりオズワルド先生のとこに顔出した方が良いよ。前に、そろそろ顔が見たいなって言ってたしさ。挨拶もしないのに、他所に顔出してたらへそ曲げるよ。・・・じゃあ、行こうか。待たせたら悪いしね」

「うん。・・・・・じゃあね、ナージャ」

「お・・、おう」


 少年は、ことさら明るくナザールにオズワルドのもとに行くように勧めると、少女を伴い、病院の奥へと入っていく。


「・・・・」


 その背中を見送って、ナザールは眉を寄せた。

 何か、違和感を感じる。

 居心地の悪い空気にきゅぅと胃の奥が縮む。



「・・・・ナージャ」



 低い声に、振り向くと、病院の院長の顔がやや暗く見えた。



「なんでえ、一人で来たのか。不用心だな」

「何だよ、みんなして。俺一人で来るくらい何とでもないだろ。カールやフィルじゃあるまいし」

「・・・お前はなぁ、そろそろ自覚しろよ」



 奥歯に物が挟まったような言い方に、ナザールは片方の眉をつり上げる。



「なんだよ・・・自覚って。あぁ、それより、最近忙しいみたいだな」

「まぁ、おかげさまで捨て子が減った分、魔法使いの赤ん坊の相談が増えてなぁ。まぁ、良い傾向だ。ちょっと前までは、死病がうつるってんで誰も近寄らなかったのにな。今じゃ馬鹿高い医者じゃなくても治療が受けられる、魔法使いの子どもの扱いが上手い、って評判よ」

「俺、たまに手伝いに来ようか? 名付けが出来るのってあいつ以外にいたっけ?」



 その言葉に、オズワルドも一瞬の間が開く。


「・・・いや、最近じゃ、数名いるからな。手は足りてるよ」

「・・・・・あのさ、何か俺が名付けしちゃダメな理由があるのかよ?」


 先ほどと同様の違和感を感じ取り、ナザールは軽くこめかみを引きつらせる。

 オズワルドは、暫く逡巡したあと、ふうとため息をついた。


「・・・あの坊主達と一緒に来る分ならなんとかごまかせたんだがなぁ・・」

「なんだよ」



 気を悪くするなよ、とオズワルドは言い置いた。


「・・そのう、なんだ、お前が名付けをした子どもの数人が、子どもがいない家に里子に出されたことは知ってるだろう?」

「あぁ、いくつかそういう話がまとまったって、最近聞いた」

「里親の中から、名付けをした奴が宮廷魔術師の養子になったらしいって噂を聞いたが、って相談があってな・・」



 それに続く説明を、ナザールは呆然と聞くことになる。


「・・・・そんな者に名付けをされたら、魔術師のような力を持ってしまうのではないか、そうなったら困る・・ってな。魔術師として育てる金はないし、そんなつもりもねぇ。普通の子どもとして成長してくれれば良い、過ぎる力は迷惑だ、とこういうわけだ」

「え・・」

「・・・もちろん、赤子本人の資質による所が大きいから、心配するほどの影響はないって言ったぞ? 成長過程で不安定になるようなら、何時でも病院に相談に来てくれって、納得してもらったけどな。赤子を連れてくる親からも、名付けの魔法使いはあまり力がない方が良いって注文を付けられるんだわ」


 オズワルドの説明を聞きながら、ナザールは自分の顔から血の気が引いていくのをはっきりと感じる。


「・・名付けの魔法使いの影響が全くないとは言えない。街の治療師ならともかく、未来の宮廷魔術師に名付けをしてもらいたいって親は・・・この街にはいないんだよ」 



 ナザールには、とてつもない居心地の悪さが己を包むような感覚に襲われるのを自覚した。




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