2-5
「だから、俺はやめろって言ったのに・・」
「悪かったってさっきから言ってるだろう? もう言うてくれるな」
「こればっかりはわたしたちがうかつでした」
焦がした厩を片付けながら、ナザールのげんなりした顔に、さすがにすまなそうにスフィルカールとフィルバートが謝る。
馬が放牧に出ていたのがせめてもの幸いだった。
建物が半分ほど焦げただけである。
箒で掃きながら、まだ言いたりないナザールがぶつぶつと言う。
「大体さ、俺はむしろ被害者だよ。事の発端は、カールが俺の魔方陣に勝手に書き込みして、フィルが悪乗りしたんだろ? なのにさ、どうして俺が一番師匠にこっ酷く叱られないといけないわけ?? ・・呪文の管理はきちんとしろとか、炎系の呪文を扱ってるときは細心の注意を払えとかさ!! 大体、フィルは自分でも解いたことがあったんならそこんところわかってるはずだろうがよっ」
「・・ごめん」
心底すまなそうな顔に、少しすっきりしたのか、ナザールは、少し声を落とした。
「まぁ・・・・フィルは俺の次にがっつり叱られてるからこれ以上はいわねぇけどよ」
"自分で暗号も解いたことがあって、魔法使いの弟妹がいるのに知らなかったのか”とシヴァに詰め寄られたフィルバートは、"父に言われて知ってはいたけど、好奇心に負けました”と正直に答え、そこでかなり説教されているため、ナザールはそれ以上同じことをくどくど言う気はないらしい。
「だけどさ・・・」
そこで、二人の視線がじとっとスフィルカールをとらえた。
その表情に、スフィルカールは背中に嫌な汗を覚える。
ずいっと、二人の顔がこちらに迫ってきた。
「・・・どうして、カールは"他人の勉強に茶々を入れるな”だけで終わりなわけ!?」
「そうですよ。最初にふざけたのはカールですよ?」
「わたしに言うなよ」
やや距離をとりながら、スフィルカールは掃除をすすめる振りをする。今回は、正直分が悪い。
ふと、隣の馬房ががたがたとうるさいことに気がついた。
「・・・おい、中に馬はいたか?」
「全部放牧中だって馬丁さんが言ってたじゃないか」
「いや、なにかいるぞ」
その言葉に、二人は手を止めて近づく。
隣の様子に三人は目を見合わせた。
「・・ほんとだ。でも馬が馬房蹴ってる音じゃないみたいだよ」
「・・・そうですね。なんだろう?」
「おい、フィル。お前先に入ってみてこい、ナージャは魔法が使えるように準備してわたしの後ろ」
「はいはい、まったく・・俺様王子なんだから」
「う、うるさいっ」
フィルバートを先頭に、スフィルカール、ナザールと並んで隣の馬房のほうへと歩いて行く。
「・・・・・?」
「・・・?」
「・・・・げ」
顔を差し入れた向こうの光景に、ナザールがちいさく声をあげた。
キシャーーーーーー――!!
長く、白い首が三人に向かってのび、大きな口が先頭のフィルバートを飲み込もうと牙をむく。
「わーーっ!!」
「なんだこれはーーーっ!!」
「なんでーーーっ!!」
思わず、スフィルカールがフィルバートの服の襟をつかんで後ろに引っ張り、三人は尻もちを突く。
「ナージャ、お前の仕業か!」
「俺じゃないよ! そんな呪文じゃなかったし!!」
「じゃあ、どうして、馬房で怪我した龍が暴れているんですか!!」
「俺が聞きたいよーーー!」
真っ白な翼をばさばさと広げ、片方の目に矢を受けた白い龍が暴れている。
なんとか、攻撃されない距離をとったまま、三人は腰を抜かしてへたり込んだ。
馬房の入り口でがたがたと音がした。
「おーい、ガキどもー?」
「きちんと掃除をしているのか?・・・・何をしている?」
声の主たちは、三人の姿を認めると、近づく。
目の前の光景に、三人の背後から深いため息が聞こえた。
「・・・おいおい」
「・・・シヴァ、龍の召喚ってもう教えたのか?」
"そんなわけあるか。・・・・よそから転移させてきたな"