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すべての予定を済ませ、東方公国の一行が遠ざかっていく姿を三人の少年は城の屋上から眺めていた。
危ないとわかっていても、手すりに座って外を眺めるのは、少年たちには楽しさが勝っている。
小さくなっていく馬車や馬の姿に、ナザールは声を遠くまで響かせた。
「あーあ、フィルー。お前もう国に帰れねぇぞーー」
「行ってしまいましたねぇ」
「あの外務卿、よっぽど心配なのか。最後までくどかったなぁ」
体には気をつけよ。
お前の母には手紙で知らせておくから、落ち着いたらきちんと連絡しなさい。
リュスラーン殿の迷惑にならぬよう、しっかり修行にはげめ。
しばらくはスフィルカール殿を主と思い、しっかりとお仕えするように。
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云々
出発前の半刻程、くどくどとフィルバートに言い含め、外務卿は次の予定へと旅立っていった。
「もう、わかったからと言っても何度も同じこと言いますからねえ」
「先日の騒ぎがよっぽど堪えたのかもしれぬ。・・・今まで騒ぎなんぞ起こしたことがないんだろう?」
「優等生がいきなりのやんちゃ伝説作っちまったんだから、それは心配するかもなぁ」
「しばらくはおとなしくしないと・・・。カール、変な面倒事に巻き込まないでくださいよ?」
「以下どーぶーん。俺もこれ以上師匠に無表情・無言・魔力で、威圧のトリプルアタック食らうのやだ」
二人のセリフに、スフィルカールは盛大な非難を述べる。
「それでは、わたしが一番のトラブル・メーカーのような口ぶりではないか」
「だって、事実そうだろ? 根拠レスの自信家で偉そうだし?」
「俺様王子だし?」
なんだとっとナザールの首をつかんで揺らそうとしたところで声がかかる。
「こらーーーっ。城壁に座るの、危ないからやめろって」
振り向けば、リュスラーンが腕組みをしている。
「午前中、ナージャはシヴァと魔術の勉強。フィルとカールは俺とフェルナンドで剣術稽古。午後は三人まとめて俺の政治学の講義にシヴァの古典の講義。俺とシヴァで、ぎっちりみっちりのスケジュール立ててるんだからな。サボるんじゃないぞー?」
「うげぇ・・・俺まで古典とか政治学とかやるのー?」
ナザールのげんなりした顔に、リュスラーンは逃がさぬとばかりに笑みを見せた。
「宮廷魔術師になるなら、それくらい必要ですよ? はいはい、もう降りた降りた」
「はぁーい」
「わかった」
スフィルカールとナザールがすとんと降りる。
フィルバートは手すりに立ち、馬車の方向をさらに見つめていた。
「フィル?」
「あぶねーぞ」
「・・・しばらく、お別れですからね。 もうちょっと」
しばらく、消えた馬車の影を眼で追って。
「さて!」
一声の後、フィルバートはそこから勢いよく後方へ跳躍し、空に弧を描くように舞いおりる。
「げ!」
「危なっ!!」
一番リュスラーンの近くまで着陸したフィルバートはよしっと拳を軽く振った。
「さて、一つがんばりますか」
「はいはい、やる気満々で結構結構」
その首根に、がしっと大人の腕が絡む。フィルバートの顔が急に青ざめた。
ずるずると引きずられるように屋上から姿を消していく。
「そういうやんちゃができるほどなら、俺の手加減なんか要らないねぇ。昼飯が喉通らないくらい頑張ってみるかぁ?」
「わーーーーっ。リュス様ぁ、ご勘弁ーーっ」
「やるなら、もうすこし安全なとこで練習しなさい」
声がとおざかるのを、二人はあきれ顔で見送った。
「目の前でやるなんて、馬鹿だなー」
「・・・あいつ、昼食は食えんな」
「さて、俺も師匠んとこ行こうっと。他の魔術師にいろいろ指導法相談するんだってー。いろんな属性の魔法教えてくれるみたいだから楽しみ」
組んだ両手で後頭部を押さえながら、ナザールが後に続く。
スフィルカールも最後に出ようとして空を見上げた。
雲ひとつない。
何処までも続いている空。
きっと、帝都までつづいている。
「・・・・わたしは、死なんわ。馬鹿親父め」
にやり、と不敵な笑みを口の端に乗せ、スフィルカールはつぶやく。
「カールーー。早く降りて来てくださいよーー」
フィルバートの声が聞こえた。
「今降りる!」
明るい顔で下に返事をして。
スフィルカールは軽い足取りで階段を駆け降りた。