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ラウストリーチ家の未熟者  作者: 仲夏月
1.呪われし王子と闇の魔術師
16/135

1-16


 三人がけのソファに並んで座り、彼らはびくびくと肩をすくめていた。

 ナザールの顔は赤くはれて、腕には包帯が巻かれている。

 フィルバートも頭に包帯がまかれていた。

 唯一無傷のスフィルカールは中央に座り、何時もの威勢は全く見せずに小さくなっている。



 そろそろ、四半刻にでもなろうか。

 向かいには一人掛けのソファが二つ。

 左右にリュスラーンとシヴァが座っている。

 二人とも、だんまりを決めている。

 どちらかと言うと、リュスラーンは半笑いである。


 眼の見えていないはずのシヴァが、三人を無表情で凝視しているので口がはさめないらしい。



 シヴァの後ろに立つ黒髪金目の少年の姿にもどったウルカの眼が「お前たち、吾は知らんぞ」と言っている。

 ナザールはびくびくとしながら、小声で二人に注意喚起を行った。

「やばいよ、あの顔。師匠がいっちばん怒ってる時の顔だよ。魔力でびりびり威圧してくるし、魔法使いじゃないお前達でもわかるだろ?」

「・・・さ、さすがに・・・わかる」

「・・・・父上のお説教の前がこんな感じでしたが・・・もっと恐ろしいです」

『何をぶつぶつ言っている?』



 その瞬間、三人は肩を縮めて堅く眼をつむった。



『さて、カール。』

低く、太い声がウルカの口から飛び出す。反射的に、スフィルカールは首をすくめた。


『君は、子供があの地区に一人で行って無事で済むと、本当におもっていたのかな?』

「・・・・・・・すまぬ。軽率だった」

『君を一人にしておけないと、追いかけて行ったナージャとフィルバート君まで危険にさらしたのはどういう事かな?』


 淡々とした言葉に、ますます、ちいさく蹲ってしまう。

「・・・すまぬ」

『謝って済むことか!!』


 怒号のような声が自分の口から出たことに、ウルカですら眼を丸くした。

『無事だったから、良いようなもの。自分ひとりに出来ることなど、たかが知れていることをわきまえず、普段あれほどフェルナンドやリュスに守られている自覚もないとは、うぬぼれにも程があるぞ! そういうのを才気走るというのだ!!』

「師匠! ごめん、カールだけ怒るのやめてよ。俺も悪かったんだ。引きずってでも止めればよかったんだけど、俺もナナが心配でっ!」

「申し訳ございません! シヴァ様、本来なら、お止めすべき立場にあったのは、このわたしです!」

『そのとおり、ナージャ!! ハルフェンバック卿!! 君たちもご同様だ!』


 さらに大きな声に、三人はお互い肩を寄せ合うように身をすくめた。

『ナージャ、あの状況で、わたしに連絡を取る方法は何があったか、言ってみなさい!』

「えっと・・。髪とか血とか、なにか体の一部分をところどころおいて行くとか。ネズミとか蝶とか捕まえて一時的に使役の魔法で連絡役に使うとか・・?」

『では、今日そのどれも遣わなかったことについての言いわけはあるか!!?』

「・・・ないです・・・」


 しゅんと肩をすくめたナザールから今度は矛先がフィルバートに代わる。

『ハルフェンバック卿。公爵がどれほど心配したかわかるかね? 君に何かあってはと青い顔をされておいでだった。わたしたちに同行して一緒に探すとまでおっしゃっていたんだよ?』

「・・はい・・」

『君は確かに身軽でその歳にしては腕が立つようだが。その程度で天狗になられては東方公国の騎士の程度も高が知れていると、我々に思わても仕方がないぞ? 聞けば、君は幼いころからあちらの騎士団長の指導も受けているそうだが、君の師匠はどういう指導をなさったのかと疑問を感じずにはいられないが? 何か言うことはあるかね!?』

「申し訳ございません! 言いわけのしようもございません!」


 フィルバートは深々と頭を下げた。

 その様子に、蒼い顔でナザールとスフィルカールはひそひそと小声をかわした。

「・・・こえぇよ。師匠・・・。他所の奴のフィルにも厭味の手加減ゼロ」

「あの厭味はフィルには堪えるぞ・・」

『ナージャ、カール! この状況でひそひそやっていられるほどまだ余裕か!?』

「いやっ、反省しておる!!」

「ごめんなさいっ。師匠っ!」

「申し訳ありません、シヴァ様!」


 観念したという状態の三人の様子に、とうとうウルカは口を挟んだ。


「・・・それくらいにしておけ。汝の怒気で部屋の花瓶が割れたぞ」





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「カールぅ。俺、腹減ったぁ・・」

「言うな、わたしも空腹だ」

「・・・・結局、お昼以降何も食べてませんからね・・」

 城の脇にある納戸の屋根裏部屋の窓から星を見ながら、三人は先ほどから盛大に合唱をしている腹の虫と戦っていた。


「師匠、めちゃくちゃ怒ってたなぁ・・・」

「食事抜きに屋根裏籠めとは、我らは5歳児か・・・。魔力で花瓶にヒビ入れたし」

「わたしは、伯父上からもたっぷり叱られました」

「・・・俺たちも後ろで聞かされた。親の話持ちだされるのって、あれはあれで結構きついなぁ・・・」


 ようやく騎士として身を立てて、家督も継いで、死んだお前の父に顔向けできるとホッとしていたのに。

 国許のお前の母が聞いたらなんというか。

 御ばあ様が卒倒するぞ。


 というような趣旨でフィルバートがくどくどとやられていたのを、ナザールとスフィルカールは責任もって聞いてこいと後ろに控えさせられた。

 そのあと、ため息混じりでぶつぶつと恨み事を述べられながらウルカに納戸の屋根裏に閉じ込められたのである。

 部屋の花瓶に綺麗な亀裂を一つ入れたシヴァは、ウルカに三人を一晩閉じ込めておけと言うと、ナナを馬車で送ると言って外出したらしい。


 赤くなった頬や包帯の巻かれた腕をかるくさすっているナザールを、スフィルカールは心配そうに見つめた。

「ナザール、怪我は大丈夫か?・・・・・どうしてお前達戻らなかったんだ?」

「大丈夫、大丈夫。すぐに治るよ。どうしてってさぁ・・・。やばいって言っても、お前ぜんっぜんっ聞かねぇんだもん」

「そうですよ。引きとめたのに、振り払うし」

「危なくて一人にしとけないしさぁ。・・・俺もナナのこと心配だったし。まぁ・・・そこで俺がちゃんと魔法つかって連絡しておけば、もうすこし叱られなかったと思うから、もうおあいこにしよ?」

「うむ・・」

 はあ、と同時にため息をついて、三人は背中を壁にあずける。

 しばらく、そのまま腹を押さえながら天井とにらみ合いを続けていた。


 沈黙に耐えかねたのはナザールである。



「あ、そうだ。おまえ達さ、歳幾つ?」

「何をいきなり・・」

「だって、なんか気がまぎれることしないと腹へって死にそう」


 その情けない顔にあやうく腹の虫を鳴らしかけ、腹を押さえ、答える。

「わたしは15歳だ」

「わたしもです。もうすぐ15歳になります」


 二人とも同い年ということで、ナザールの顔がやったと明るくなった。

「へえ、じゃあ誕生日って何時なんだ?」

「6月21日だが」

「8月4日です」

「よし・・。じゃ、俺5月21日にしよっと」

「はぁ?」

「はい?」


 どういうことだと目をまるくしたスフィルカールに、ナザールはへへと鼻の下を軽くこすった。

「俺、自分の歳なんてしらねぇもん。だから、前から大体同じ年頃の奴の年齢にしようっと思っててさ。お前ら、ちょうどよさそうだし」

「で、誕生日を5月21日にした理由はなんだ?」

「え? お前達よりちょっと年上って感じ?が出るだろ?」

「お前っ」

「・・くっ・・・くだらない・・・」


 生意気だとスフィルカールが肩をゆすると、痛ててと痛がるナザールに慌てて身を離した。

「す、すまぬ」

「・・なーんてな」

「!!」

 ぺろっと舌を出したナザールに、からかわれたと顔を赤くした時に、こんこんと屋根裏の床がノックされた。

 床の出入り口からそろりと顔を出したのは半笑いのリュスラーンである。


「・・・ガキども、大丈夫かー?」

「リュス」

「リュスラーン様」

 ひょいと出入り口に腰をかけるように座り、リュスラーンは持ってきた籠を掲げる。

「差し入れだ。ウルカの奴がシヴァの留守の隙に喰い物持っていこうとしててな。ま、ウルカがやると後であいつがシヴァから叱られるから、俺が持って行ったってことにすればシヴァも文句いわないだろうし?ってことで、持ってきた。はいスープとパンと果物。ウルカに感謝しろよ?」

 差し出された籠から立ち上る匂いに、三人は腰を浮かせた。


「うわっ。すっげー嬉しいっ。ウルカの奴、なんだかんだで気が効いてるなぁっ」

「ありがとう。リュス」

「ありがとうございます」

 礼を述べると、小さく歓声をあげてパンと果物を手にとり、食べ始めた。

 その様子をほほえましく見つめ、優しくない一言がかけられる。


「ちゃんと食べて、一晩反省しろ。未熟者」

「・・・また叱られるのか?」

「あそこまでシヴァに叱られた上でさらに叱りはせんが。まぁ、向こう数年は笑い話だな」


 けらけらとした顔のリュスラーンに三人はがっくりと肩を落とす。

「ま・・でも、良い薬というか。俺は結構面白かったけどな。 なんだかんだで、変なシンジケートを一網打尽に出来たってのは嘘みたいな偶然的御手柄?だし。 ・・・ま、君ら捕まっただけだけど」

「面白がるな。異国への長期視察旅行を覚悟したのだぞ」

「見てくれが良いというのは不幸だと、ちょっと思いました」


 その瞬間、フィルバートの頭に二つの拳が飛んでくる。

「調子に乗るな馬鹿」

「それ、マジで顔の良い奴に言われると腹立つから」

「・・冗談なのに・・」

 二人にどつかれ、フィルバートは半泣きになる。

 お前は良いよ、とナザールは自分の包帯姿をかざす。


「お前吹っ飛ばされて失神して終わりだけど。俺なんて殴られ放題だぞ? 勲章にしてはかなり情けないぜ?」

 自分の腕を突き出してむっとした表情を見せるナザールに、スフィルカールはパンをちぎりながら首をかしげた。


「・・・そういえば、お前、なぜわたしをかばったんだ?」

「え? ナザール君がカールをかばってたの? フィル君だと思ってた」

「わたし、とっとと壁に叩きつけられて伸びてしまいましたから」

 スープをすすり、ナザールは照れくさそうに笑う。

「・・俺もわかんない」

「はぁ?」

「・・・・わかんないのに蹴られ続けてたんですか?」

 あきれ顔の二人に対して、俺もよくわかんないんだけどさ、と苦笑いを見せた。

「最初、カールの事嫌な奴だっておもったけどさ。だってさぁ、いきなり偉そうな人連れてきてたし、服装が上等だったし、洗濯できねぇし、口のきき方生意気だし。野菜の皮剥けねぇし。あっという間に師匠の事、連れて行っちゃうし」

「・・・・」

「だから、嫌いだって思ってたけど。・・だけど、あの時、こいつ死なせちゃだめだって。とっさに思っちゃった。だって、お前居ないといろいろ困る人いるんだろ? ・・・師匠連れて行ったのは気に食わないけど、だけど、それとこれは別だもん」

「・・・・」

 スフィルカールは急に押し黙った。


 わたしがいないと、困る人。

 本当にいるのだろうかと思う。

 ・・・ただ、帝国の王子として生まれただけじゃないか。


 フィルバートのような剣技もないし。

 ナザールのような魔力もない。

 フェルナンドやリュスラーンがいなければ、自分の身を守ることすらできないただの子供だ。


 ・・・こんなわたしがいなくても、誰も困りはしないじゃないか。


 そんな内心など知りもしないナザールの声が心底情けなさそうに響いた。

「まぁー・・でも。肝心な時にろくに魔法使えないじゃ話になんねぇよなぁ・・・。もう少し怪我が軽くで済んだはずなのにさ」

「わたしも肝心な時に伸びてしまいました。いくら身軽でも問答無用で吹っ飛ばされたら話になりません。大人の人の力にはまだかないませんよ・・」

「ま、君たち三人、立派な修行不足、ってことだな。それがわかっただけでももうけものだ」


 リュスラーンの言葉に、ナザールはうん、と素直にうなづく。

「・・・師匠、俺が魔術師見習いやるって言ったら、入れてくれるかな・・」

「大丈夫なんじゃない? さっきぶつくさ言ってたよ。“首の根掴んででも真面目に勉強させないと”って言ってたし。・・・しばらくきっつそうだねぇ。君の師匠」

「・・・だよな・・」

「・・頑張れ・・」

「・・頑張ってください・・」


 遠い目をしたナザールを二人がささやかに励ましたところで、おいおいとリュスラーンが水を差す。

「他人事じゃないよ? カールは“いないといろいろ困る人”にならないといけないしねぇ? いつまでも、俺が摂政やってて良いものでもないし?」

「・・・う、うむ」

 なにやら、見透かされたようなセリフに、スフィルカールはばつの悪そうな顔で俯く。


「で、フィル君だけど」

「はい」

 リュスラーンの顔が、ここ一番の笑顔だ。

「剣術は東方公国のランド伯爵が師匠なんでしょう? あの方、剛の者で知られてるからそのうち会いたいなとは思ってたんだけど」

「は・・はい・・」


 なにやら、妙な予感がするとフィルバートはパンを握り締める。

 リュスラーンはますます迫力のある笑みを見せた。

「俺も此処の兵士とか騎士の剣術見てるんだけど、最近骨のある奴少なくてさ、つまんないんだよね。君、結構歯ごたえっていうか、久々に手加減しなくてもよさそうなガキだし? さっきさ、公爵に“坊っちゃんの根性叩き直してあげるから俺のとこに預けていかない?”って聞いてみたところ」

「へっ?」


 さあと顔色の蒼くなった少年は、今日剣でしごかれた際のリュスラーンの嬉々とした表情を思い浮かべている。

「で、公爵の御快諾を得ました。・・国許だと、どうしても君の事不憫に思っちゃう人が多いから、ここでしっかり修行させてくれって。手加減しなくて良いよって言われた以上、思う存分にやらせてもらうからよろしくね? ま、王子にも同年代の切磋琢磨できる仲間ができるし、ウチの国にもプラスってことで」

「・・・・は・・・・・・。はい。・・よろしく・・お願いします」

「それじゃ、毛布も置いて行くから。おやすみ」


 言うだけ言い、毛布を三人分おいて行くと、床の出入り口を閉め、ご丁寧に鍵をかける音をさせた。

「・・・」

 パンを握り締めたまま、がっくりと肩をおとすフィルバートに、ナザールがそっと肩をたたく。

「なんか・・ご愁傷さまで・・」

「・・・それ、洒落にならんから。・・・あの様子じゃ、毎日半殺し手前までしごくつもりだぞ」

「・・・・・わたし、生きて国に帰れるんでしょうか・・・」

 情けない表情に、ナザールとスフィルカールはおもわず肩を揺らして笑い始める。


「大丈夫、俺が魔法で守ってやるよ」

「わたしは、リュスに口げんかで負けないように勉強する」

「・・で、わたしは剣技でお二人の力になれればいいと」


 三人はお互いをじっと見つめた。

 最初に手を出したのはナザールである。

「改めて。俺はナザール。ナージャって呼べよ」

 その上に、フィルバートが手を乗せた。

「わたしは、フィルバート。フィルで結構です」

 その重なった手の上にスフィルカールは自分の手をおく。


「わたしは、スフィルカール。カールと呼ぶがいい。三人の間では敬称は不要だ。良いな?」

「でも、カールが一番偉そう」

「それは言えますね。なんか無茶ぶりする俺様王子?」

「・・お前たち、結構言うな・・・」


 その言葉に、スフィルカールはむっと顔をしかめ、次の瞬間。



 三人はげらげらと腹を抱えて笑いだした。








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