1-15
ぱっと明かりが部屋に飛び込んできた。
思わず、軽く眼をすがめ、明かりをさえぎる。
「よおよお、坊主ども」
男が数人、部屋に入ってくるのがわかった。
ぐいっと腕を引き上げられ、立たされる。
三人の腕が御互いにぶつかる。
「ナナはどうしている?」
至極冷静な声のスフィルカールに、男の一人ははあ?と彼に顔を近づけた。
「他人の心配している場合じゃねぇぞ?」
「せめて他人の心配でもしなくては身が持たぬでな。で? 無事だろうな?」
「大事な商品だからな。これからの御仲間と一緒に部屋にご宿泊さ」
「なるほど、他にも商品がいるんだな」
「・・・いけすかねぇガキだな、おい」
「あ、それ俺と同意見」
すかさず茶々をいれたナザールに男は馬鹿にしてんのかとどなる。
「坊主ども、これから自分がどうなるかわかってるんだろうな?」
「まぁ、大体は。何処の異国へ視察に連れて行ってくれるのかな?」
「さあ。それは船の上で聞いてくれ」
「なるほど、北にある海域へか。そことの取引があるということは、帝都経由のルートを持っているな。・・・お前たち、わりに大きな組織だろう?」
すました顔ですらすらとよくしゃべるので、苦虫を潰したような顔で別の男がたしなめた。
「それ以上しゃべるな。このガキに情報渡すだけだ」
「・・ち」
男はスフィルカールから離れ、フィルバートの顔を覗き込む。
少年の顔立ちに、男はおやと首をかしげた。
ぐいと頬をつかみ、頤を自分に向かせる。
「おめぇ・・・極東系の血引いてるな?」
その言葉に、フィルバートは澄ましたものである。
「父がフェルヴァンス王国出身です」
「へえ、こりゃ珍しいな。フェルヴァンス人の顔立ちは高く売れるからな。こりゃ良い拾いもんだ」
“カール、誰かが俺を見たら、眠らせる。”
頭にそんな声が響いた。
“頭動かすな。今、少しだけ指掴んでるから、そこから思念送ってる。”
わかった。
掴まれた指に力をいれ、返答とした。
「わたしは男ですが」
「こういうことに男も女もないんでね。・・・ち、・・ガラス玉見たいな目ぇしやがって、薄気味悪ぃお人形さんだぜ」
冷静な声に、興がそがれたように男はフィルバートから手を放した。
続いて、品定めのために男はナザールに近づく。
その青い瞳を覗き込み、男はつぶやいた。
「あの病院の孤児だな?」
「そうだよ? ・・・見たことあるなら、俺がどういう奴かくらい考えなよ」
小さく、口の端が動くのを別の男が気が付き、声を荒げた。
「そのガキの眼を見るな! 魔法使いだぞ!」
「フィル! 存分に暴れろ!」
男の体が、がたりと倒れた瞬間、スフィルカールの大声がフィルの体を動かした。
「!!」
「うがっ!」
脚が伸びて、自分の腕をとっていた男の腹を容赦なく蹴る。
その隙に、スフィルカールは背後に立つ男の顎めがけて頭突きをし、ナザールを指ごと引っ張る。
「このガキ!」
「ナザール、わたしの後ろ!」
スフィルカールはナザールを後ろに庇うように置き、男と距離をとる。
フィルバートは男の腕をかいくぐり、顎に蹴りを入れ、すっと身を落とした反動で隣の男の後頭部めがけて後ろ回し蹴りで昏倒させた。
「痛っ・・・・・・、このクソガキ!」
「う・・わっ!」
顎を蹴られた男の腕が、フィルバートの襟を掴み軽々と壁に叩きつけた。
「フィル!!」
頭を打ち付けたか。
そのまま、ずるずると壁から落ちてひくりとも動かない。
スフィルカールとナザールは意識を取り戻そうと怒鳴る。
「フィル! 起きろよ!」
「フィル! しっかりしろ!!」
「まぁだ、わかってねぇな。少々痛い目見ないと大人しくならねぇか?」
じりじりと男が近づいてきた。
角に追い込まれる。
どうする?
スフィルカールは近づく男の顔を見上げた。
力ではかなわない。
フィルバートは動かない。
うちどころが悪かったのか?
どうする?
「御仕置きの時間だぜ!」
男の腕が振り下ろされる瞬間、固く眼をつむる。
強引に体が下に引っ張られた。
「う!!」
それは、自分の声ではない。
「ナザール?」
自分の前に、縛られた腕がみえた。
「ナザール!?」
自分を後ろに隠して、ナザールが男たちから殴られ、蹴られている。
「おいっ、ナザール!?」
「・・・っ・・・」
彼は魔法使いだ。
自分より打たれ弱い。
すでに、朦朧としている様子でゆらゆらと殴られるまま揺れている。
「ナザール!! やめろ!! やめろ!・・・・・・・やめろって!!」
名前を呼び、強引にナザールの体をかばうように覆い被さる。
ぎゅっと体に力を入れ、瞳をつぶって殴られる覚悟を決めた。
その時。
キシャーーーーー!!
建物の外から、何かの叫び声と共に、ばりばりと天井がはがされる音が響いた。
「な・・・・・なんだぁ!!」
天井が剥がされる衝撃と、空があらわになったところで男たちの集中力がそがれる。
扉がガンガンと音を立てた。
「公王軍だ!! 大人しくしろ!」
「リュスの声だ! おい、ナザールしっかりしろ!!」
「・・・お、おう・・・」
ナザールを無理やり起こし、フィルバートのところまで這うように移動する。
フィルバートの肩を自分の肩で揺らした。
「フィル、フィル!!」
「う・・」
「気がついた! 大丈夫か!?」
フィルバートの意識が戻ったことにひとまずほっとして、顔を上げる。
そこに見える光景に、三人は喉を鳴らした。
「・・・・これは・・・」
「・・り・・龍・・・・?」
「あ・・・・・」
青黒い色。
長い首。
突き出た角。
空一面に広がる大きな翼
ゆらりとした尾
空に、浮かぶのは悠々とした姿で見下ろす龍の姿である。
その瞳が開き、金の瞳がのぞいたところでナザールが声をあげた。
「・・・ウルカ!!」
「う・・ウルカぁ!?」
「うん、あいつ。普段はガキのなりしてるけど。本当は、龍なんだ。てことは、師匠が来てくれたんだ!!」
「シヴァ様が・・・?」
見上げると、龍の背にまたがる男。
顔の左半分に文様を刻んで、見下ろしている。
『うちの子供たちが随分と世話になったようだな。』
龍の口が開き、声が響く。
『・・・そこにいるのが、ラウストリーチ公王と知ったら、君たちはどうするかな?』
男たちは一斉に眼を剥いた。
「公王!?」
「このガキが!?」
扉が吹っ飛ぶように壊れ、剣を片手にリュスラーンの姿があらわれる。
「ラウストリーチ公国摂政、リュスラーン・ライルドハイトだ。君たちにはあれこれとたっぷり話してもらうぞ!!」
そこで、男たちは観念した。
兵士がガチャガチャと鎧の音を鳴らして部屋に入り込む。
「た・・・・」
「助かったぁ・・・・」
「死ぬかと思った・・」
ほお、と息をついて、三人が肩の力を抜いてお互いに寄りかかる。
男たちを部下に連行させ、リュスラーンは真っ先にスフィルカールに駆け寄った。
「カール! 大丈夫か?」
「まぁ、なんとか。わたしより、ナザールとフィルの方がひどい」
「あぁあぁ、もう・・二人とも、こんなになっちゃって」
リュスラーンは、ホッとしたような顔を見せる。
そのまま、人差し指を上にむけた。
「シヴァがウルカにのってあちこち飛び回ってさ。“探索”の魔法を相当使ったんだけど、手がかりが少なくて、此処を探し当てるのにちょっと手間取った。ごめんな?」
「・・・すまぬ。面倒をかけた」
「病院から連絡あるまで、二人で城を出たことも知らなかった。まったく・・・やってくれたね?」
ずい、とスフィルカール達に顔を近づけ、リュスラーンはにっこりとほほ笑む。
「上で浮かんでるあの御兄さん、相当怒ってるみたいだけど。俺は、知らないよー? まぁ、おとなしくこってり絞られることだね」
「・・・やばい・・」
ナザールの顔がここ一番で青くなる。
そのつぶやきに、他の二人の少年も背中に嫌な汗を覚えた。
「・・・・師匠に殺されるかも・・・・」




