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10-09



「やっぱり、騎士って格好いいなぁ!」

「お前は始終ニヤけておったろうがっ」

「気になって仕方なかったですよ!」


 フィルバートの執務室兼応接室にて。

 昼間の儀式の興奮未だ冷めやらず、といった風情のナザールに対して、いささか渋い表情のスフィルカールとフィルバートが反省しろと軽く叱っている。

 

 三人が集まるのは一体何時ぶりだろうと思う程度に久しぶりである。

 時々はちゃんと町屋敷に戻る様にしているフィルバートの私室は、隣に仮眠がとれる部屋を備え、執務室兼応接室に前室という構造で、相変わらず殺風景であった。

 ソファに三人それぞれが座り目の前のテーブルに置かれたものを眺めた。


 黒く、細長い瓶と、グラスが三人分。

 ナザールのお土産、である。


「研究所の仲間がさ、殿下が無事に戻って来て色々お祝い事があるなら持って帰って飲ませてやれって言って持たせてくれたんだ。俺まだ御酒って飲んだこと無いから、最初の一杯はお前達と乾杯しようと思って」


 無邪気な言葉に、スフィルカールもフィルバートも同時にそれぞれ大変申し訳ない気持ちにさせられる。


「ごめん。私、御酒初めてじゃ無い」

「すまぬ、私もだ」

「えーーーー!? 何だよ、成人の祝いも結局どさくさで出来なかったしなぁって、俺だけ待ってたわけ?」


 大変真面目に修行に励んでいたらしいナザールに、二人ともそれぞれ言い訳を始める。


「私はフェルヴァンスで、父方の親戚に少しご馳走になりました。もう二度と会えないだろうから、西国こちらでの祝とは別だと言うことで」

「知り合いの賭博場の店主が何やら密造酒に手を出してて、偶に味見役で付き合わされた」

 

 しれっとしたスフィルカールのトンデモ発言に、フィルバートもナザールも幾分青ざめた顔で絶句する。


「賭博場の密造酒・・・・・」

「カール、どういう輩と付き合ってたんだよ・・・」


 予想出来た反応ではある。

 特に、お坊ちゃんのフィルバートの意識が幾分遠のいている。


 ごまかすように咳払いをして、スフィルカールは瓶を持ち上げてラベルを確認した。

 あまりよくわからないが、ラベルの古ぼけた感じが荷役の仕事で見た酒瓶の雰囲気にも似て、なんだか高そうに見えた。 


「高かったのではないのか?」

「共同研究者の実家の商会で扱っている御酒だから多分良い値段していると思うけどさ。所長とか、仕事先の治療院の院長とか、クラウスの担任の先生とか、ハルフェンバック家の使用人とか、なんかお前が無事だって聞いて喜んだ人達がお金出して買ってくれて、俺にお土産だって渡してくれたんだ。・・・ウルカとダヴィがあちこちまとめてくれたみたい。クラウスとルドヴィカも、お小遣いちょっとカンパしたってニコニコしてたな」


 ここにも、スフィルカールとフィルバートの知らないナザールの一年が詰まっているように思えた。

 充実していたのだろうとすぐわかる程度には、様々な人々との関わりが見て取れた。


「良き人々に囲まれていたんだな」


 何やら、嬉しくてたまらなくなってくる。

 スフィルカールが破顔すると、ナザールは少し照れたように頬をかいた。


「ま、まぁな」

「ナージャの仁徳で我々が御相伴に預かるわけですね。では、大事にいただきましょう」


 ナザールが瓶のコルク栓を抜き、グラスにすこしづつ注ぐ。


 奇麗な深紅の液体が、グラスの中でユラリと揺れていた。

 それぞれ、グラスを掲げ、ナザールが口を開く。



「えーと、まあ皆無事でしたって事で」



 ナザールのなんとも締まらない口上に、残る二人の顔も締まりに欠けたものになる。


「もう少し何とか言えぬのか」

「こういうときこそ、古典の引用しどころじゃないんですか?」


 もう少しそれらしい台詞がほしい二人に対して、だってさあ、とナザールは口を尖らせる。


「だって、それしか思いつかないんだよ。フィルは極東まで行っちゃっててその間全然連絡無かったし、東の端っこなんてどんな国か想像つかないし。カールなんて生死不明で、中立都市じゃ帝国の王子なんて見つからない方が商売には良いなんて暴言吐く奴だっていたしさ。その間俺は、おまえ達と再会できたときにこの程度かって思われない位は勉強しておこうって事しか出来なかったんだ。だから、皆無事でしたって、それ以上嬉しいことはないよ」


 それは、二人にはかなり身につまされる言葉であり、

 フィルバートもスフィルカールも申し訳ないとうなだれるほか無い。


「・・返す言葉もございません」

「心配かけたのはすまなかった」


 少しの沈黙の後に、では、とスフィルカールが口火を切り、三人はそれぞれのグラスをかかげたあと、それを口にした。


「うわぁ、渋っ」


 最初に嫌そうな顔を見せたのはナザールで


「ほんとだ、渋みが強いですね」


 フィルバートは少しだけ眉根を寄せた。


「これ、本来的にこういう味なのか?」


 スフィルカールだけはそこまで抵抗なく口にしている。


 ナザールは瓶を見ながらふと呟いた


「師匠ってお酒飲むのかな」


 フィルバートとスフィルカールが顔を見合わせて、すこし目を輝かせた。


「付き合い程度には嗜まれますよ」

「フェルナンドは?」

「俺、知らないけど、声かけてみる?」

「ロズベルグ様は?」

「じっさまは今日は疲れたって、儀式終わって直ぐ家に帰っちゃった」

「ウルカは如何なのだ?」

「あいつ、見た目ガキのくせにウワバミ」

「・・龍ですしね」


 私、皆さんのお部屋に様子見に行ってきます。


 そこでフィルバートが立ち上がり、さっさと部屋を出て行く。

 取り残された二人が少しだけ呆れ顔を見合わせた。


「自分で行っちゃうんだ、侯爵なのに」

「使いを遣ると言う考えがないらしくてな。護衛も連れずに一人で彼方此方行くから、よく部屋にいなくなると言って政務官が困っている」

「リュス様っぽいね」


 ナザールは、扉の向こうに視線をはせる。


「フィルは、自分の親父さんが死んだ時の話をウルカから聞いて、その数日後にリュス様が死んじゃったことを聞いたんだ。聞いた側から、お前が新しい侯爵だって言われて、やれ東方王国の外務の手伝いだ、お前の捜索を如何するんだ、東方王国に連れて行った護衛や女官をどうやって国に帰すんだとか、師匠と一緒に全部被ってた。師匠は、フィルの親父さんから自分の命を礎にして助けられたのをやっぱり気にしてて少し不安定な時もあったし、そう言うのも気にしないようにって態と忙しくさせたりしてさ。自分が泣いてる暇なんか無かったんじゃないかな。・・・あいつ、根っから兄貴気質っていうか、どこか強がっちゃうからね」

「そうか」

「お前は?」

「私?」

「ちゃんと、泣けた?」


チラリとナザールの顔を見ると、いつものにんまり顔が目に入る。

 いつも、なにか自分の内側を見透かすような事をこの魔術師は言う。


「リュス様になんだかんだ言って一番頼ってたのもカールだし、お前すぐ凹むし、割と泣き虫だし。・・・一人で、道に迷って泣いてるんじゃないかって、俺もフィルも随分心配した」

「泣いてなぞおらぬ。・・・たしかに道には迷った。一人で行動したことないし。いつも、誰かと一緒だったから、一人で放られた事なんかなかったし」

「うん、だろうな」

「慌ただしすぎて、リュスに父親面される時間も、それを今更何だと怒鳴る時間も無かった」

「うん」

「母に一度だけ会えた」

「うん」

「・・・フィルの母御のような感じかと思っていたが。全く違っていた。・・・私のことは全く目に入っていなくて、人形の赤子を産まれてすぐに引き離された私だと思っていた」

「そうか」

「一年位、暮らした居候先の家族はすごく温かくて、子供らも元気で、亭主も仕事が出来るし、夫人もおおらかで、居心地が良かった。お茶も飲めないし、寒くても薪が存分に使えない程度には貧しかったけど」

「うん」

「・・・偶然、同じ家で暮らした騎士の奥方にはお腹に子がいて。一度聞いたんだ、"母になるとはどのような感じだろうか"って。・・・楽しみだって、言ってた。・・・だから、私の母が気が触れたのが理解出来ると言われた。きっと、それほどに私の父親のことも好いていたんだと。それほどに私は大事にされていたのだと思って良いと言われて、そこで初めて、リュスラーンが一度も私を実子扱いしなかった意味が理解出来た気がした」

「・・・・良かったな」

「うむ・・・良かった」

「リュス様は、自分が何時か居なくなった時の為に、お前の為だけにフィルを国に留めたんだろうな」

「うむ・・・・やり方は正直問題だが」

「フィルも、全部わかって、全部受け入れちゃったんだな」

「阿呆だな」

「・・・ちゃんと、王様やれよ? あいつ、めったなことで自分からは実家に連絡しなくなったらしいから。・・もう、ほとんどの関わりを持たないように、決めてる。この国に、骨を埋める決心が付いているんだろうな」


 うん、とスフィルカールは頷いた。


「・・・私が出来ることを、やるべきだと思うようにやる」

「俺、宮廷魔術師じゃない形で、お前の国でやるべき事をやりたい。・・・姫さんの手助けになりそうな事もしたいし、中立都市で研究もしたいし。でも、カールが治めるこの国で、俺だから出来る事をやりたい」


 欲張り?


 臣下にはならない、との言葉に。

 でも、スフィルカールはスッキリとしたものを感じる。


「うむ。お前らしいと思う。・・・ちゃんと、計画を出して私を納得させろ」


 話は、それからだ。


 視線がぶつかって、自然と笑みがこぼれた。


 その時、扉がノックされて、フィルバートとシヴァの顔が現れ、遅れてフェルナンドの屈強な姿とウルカも部屋に入ってきた。


「はい、特別招待客ですよ?」

「お酒の飲み方がわからないって?」

「カール様と一献交わせると言われて参上しないわけ無いでしょう?」

「高い酒があると聞いたでな」

 

 ちゃんと追加のグラスと、なぜか空の水差し(カラフェ)を持ってきている。


「渋いって言ったからね。少し手を加えた方が良いと思って」

「なんだか、感慨深いです。カール様と御酒を酌み交わせる日が来るなんて」

「叔父上、水差しで何する気なんです?」

「これは空気を入れた方が良いやもしれぬ、ということだ」

「ウルカ、お前が本気出したら皆潰れるからな?」

「・・・・一気に騒がしいな」


 それぞれのグラスに、赤の祝い酒。


 スフィルカールは、目を細めた。



「・・・皆、無事でした、ってことで」



 一口含んで。

 暫く一様に口を閉ざす。



「あれ、これ味かわった?師匠」

「空気を混ぜると変わるんだよ」

「・・・・へえ、ちょっとまろやかになるんですね」

「酒が初めて美味しいと思った」

「・・・カール様と一献・・・」

「ナージャ、中立都市に戻ったら、エドの実家の商会から少し買い込まぬか?」

「ウルカ、俺の小遣いでどうにかなる酒じゃねぇよ」

「私がある程度出してもよい」

「・・・うわぁ、国王様っぽーい」

「といっても、体が自由にならなくなる辺り、毒と一緒ですよね?」

「フィル、そういうこと言わないの」



 アレやコレやと口々に感想が飛び出して、スフィルカールはたまらず肩を揺らした。



「・・・私は、戻って来たのだな」


 






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