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10-08



 外交交渉としては、以下は蛇足であろう。

 一月後には、双方それぞれの国家方針を固め、現在の戦線を国境とする停戦交渉に臨み、大方合意を見たところで、ラウストリーチ王国と両国との間でそれぞれ和平不可侵条約が締結されるに至った。

 シヴァがだいぶこき使われたのは言うまでもない。


 スフィルカールは外交交渉の合間に、帝国側にとある騎士の消息を確認したところ、一人の地方領主付きの騎士が連絡に応じてきた。スフィルカールはその騎士と面談し、妻女とお腹の子の件について伝えると共に形見の品を渡すことができた。

 全てを聞いて、騎士が他国の王の前にも憚らず泣き崩れたのを、スフィルカールはどうしてもやれずに、ただ力及ばず申し訳ない、と謝罪するしかなかった。スフィルカールの言葉に騎士は首を振って、きっと皆さんに助けられて幸せだったと思いますと返し、いずれ件の街にも行くと言ってくれた。スフィルカールは、その際には自分の素性は伝えぬように配慮を願い、ただ連絡をくれた者は無事に友人と合流出来たとだけ伝えてほしいと請うた。

 その背中を見ながら、フィルバートには、自分の知らないスフィルカールの一年が如何に苦しくて厳しく、そして暖かくも悲しいものだったか、少しだけわかったような気がした。


 そこで、ようやく落ち着いたといえる状況になった。


 そこから先も、まぁまぁ忙しい。


 連合王国の建国と、スフィルカールとイライーダの華燭の典、そしてフィルバートの騎士叙勲等、目白押しである。気がついたら、フィルバートの19歳の誕生日もとうの昔に過ぎて、やがて年を越そうとしていた。


 ナザールとウルカもその頃には一度ラウストリーチに戻ってきた。

 まずやったことは、フィルバートの首根っこを捩じ上げることである。

 忽然として現れたフィルバートの婚約者の情報を得るべく、弟妹からの期待を一身に背負った大変悪い顔で根掘り葉掘りと尋問官よろしく立ち回ったわけであるが、フィルバートはのらりくらりとするばかりで全くと言って良いほど口を開かなかった。

 よっぽど話したくないらしい。

 最終的には、「そのうちお話しします」という冷えた言葉と、今まで見たことのないような至極綺麗な笑みを浮かべた様に、スフィルカールもナザールも逆に背筋が凍る程度の恐怖を感じ取り、それ以上の追求をやめてしまった。

 途中から何かを感じ取ったのか、追求の一軍を抜けたシヴァが「龍の逆鱗斯くの如し、怒りかたは兄上よりは義姉上譲りだねえ、当事者以外は離脱が寛容」とぼそりと呟いたのに、もっと早く言えと八つ当たりめいたことをしてしまったのを、スフィルカールは自分は絶対悪くないと思っている。

 後で話を聞いたジュチからは「バトゥって怒ると美人ぶりに拍車がかかかるよね」とこれまたどうでも良いと言いたくなるような情報を得て、取り急ぎ本件は向こう数年は凍結案件とすることにした。


 連合王国の建国式だの、女王との結婚だのを正式に取り結ぶには東方王国まで行かなければならない。そうなるとまた先延ばしになってしまうので、先にフィルバートを騎士に叙しておくことにした。思えば、なんだかなんだで一年以上も予定を押してしまっていた事になっていた。

 案の定、ナザールは叙勲の儀式の間、表情の筋肉と闘っていたようで、ややもするとニヤけ顔になりかけるのを、スフィルカールとフィルバートが折々に睨みをきかせるという妙な構図になってしまった。


 リュスラーンが、フィルバートの叙勲に間に合うように発注していたという儀礼用の剣は、刀身も拵も壮麗な造りで、ライルドハイトの家章も見事な意匠で若い当主によく映えて配置されていた。


 儀礼用の剣なんて役に立たないっていつも言ってたくせにね


 儀式に向けた準備中に剣を見たフィルバートは少し寂しそうな表情を一瞬だけ見せて、剣の鞘をなでたのが、スフィルカールには少し羨ましいような、申し訳ないような、そんな気分を覚えさせた。


 絶対父とは呼ばなかったが、どこかで父だと思ってくれていただろうか。


 自分にはとうとう出来なかったことを、フィルバートには出来たのだろうかと本人には聞こえぬように呟くと、それはどうでも良かった事みたいだよと側で見ていたシヴァが言う。「悔しいくらいに目標の剣士を尊敬するのに、そう言うことは問題では無いってさ。まぁ素直じゃないね」と言いながら、シヴァの手が伸びて後頭部から髪をグシャリと崩されたのを、スフィルカールは素直に受け止めた。幼い頃は、それはちょっと居心地が悪いと思っていたが、それが今は「面はゆい」と言う感情であり、昔からこうやって彼がスフィルカール達を安心させてくれていた事が良くわかる。

 生前に「スフィルカールの為に、一人の少年に家も国も棄てさせたのだと自覚せよ」とリュスラーンを叱責したのだというシヴァは、「フィルバートもリュスラーンも君を護るという一点においては本当に揺るぎなく互いに認め合っていたのだから、騎士って変な連中だね」と褒めたのか変態扱いしたのかよくわからない微妙な言い回しでこちらのもやっとした心境を霧散させてくれた。


 そのシヴァは、儀式の中で父親が主に担う佩剣役を務めた。本来なら、自分がやる役割では無いだろうと、話が出た段階では消極的な様子であった。

 私のような者が、と言ったシヴァに本気でフィルバートが怒った。


 貴方は、父の紛い者ではない。

 私の叔父上であり、我々三人にとって、いつまでも師匠です。


 その言葉に、スフィルカールとナザールの知らないフィルバートとシヴァの一年があったのだろうと感じた。フェルヴァンスで何があったのかは、彼らだけの問題で済まない事のようで教えられないと言われた。しかし、個人的な場所ではシヴァを叔父上と呼ぶようになったフィルバートに理由を聞いた時に「あの方は、我々にとって端っこの人間では無いと言い続けたいので」と返されたことから、フィルバートの父とその弟であるシヴァの間には何か大きな溝があったのをフィルバートが少しでも埋めていきたいのだろうと、スフィルカールには思えた。

 最終的には、フィルバートのみならずナザールもスフィルカールも、さらにはフェルナンドまでも出てきてシヴァ以外で適任がいないと言い含め、シヴァも大変決まりが悪そうにではあるが承諾して当日を迎えたのである。そもそも極東生まれの魔術師のシヴァにはなじみの無い儀式でもあったので、少し辿々しい所はあれど、その都度補助役のフェルナンドがコソコソと小さく指南してやり、なんとか無事に役目を終えた時には、何故か顔が赤くなっていた。


 最後に、フィルバートのうなじにスフィルカールの拳で一撃を食らわせて、儀式は終了する。


 本当に阿呆だなぁ

 呆れた奴だと思う。


 私の正式な署名で騎士になりたいと、小恥ずかしい事を言ったから。

 こんなに待たせてしまったじゃ無いか。


 そんな思いを、宣誓の言葉に代える


「私の真の騎士、いかなる敵を前にしても、その勇気を示し、決して怯む事なかれ」


 そして、私の生殺与奪を、其方に


 新しくて、しかしなじみの騎士の声が答える。


「必ずや、そのご意志のままに努めます」






 そして、私の生殺与奪を、貴方に



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