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10-07


 大きな扉が開かれた瞬間。

 その向こう側の世界から、一気にびりっとした緊張感に包まれた。


 いくつもの視線が、一斉にこちらを向き、それぞれ座っていた椅子から立ち上がった。

 誰も彼も、知った顔などあろう筈も無い。

 緊張をひた隠しに隠して、静かに落ち着いて広間の中央に据えられたテーブルに近づく。


 この館で一番長くて豪奢なテーブルは、その両脇を帝国と北海領域のそれぞれの代表者が陣取り、スフィルカール達はその間に立つという立ち位置である。

 当然、両側の端に騎士に混じって護衛や侍従らしい者達が立っている。

 予想通り、砂漠や草原の出身の者、もっと違う地域出身の者らしい姿もある。

 フェルヴァンス人らしい特徴も持つ者もいるようだった。


「待たせた。私がスフィルカールだ」


 その声に帝国側も北海領域側も、すぐには反応出来ない様子であったのが、大変滑稽に思えた。

 目の前に現れた者が、本当に"スフィルカール"なのかどうか即答できるものが多くない証拠である。

 東方王国と共謀して偽物を仕立てた、という可能性を一瞬でも抱かぬものはいないはずだろう。


「す・・・スフィルカール殿下にあらせられましてはご健勝のご様子で何よりでございます」


 どうにか口火を切ったのは旧帝国側の大臣のようである。

 その者に、いつも以上に居丈高な態度を見せながら、ほお、と嫌みなのか感嘆なのかわからない息をつく。


「お披露目前の私の姿など、ほとんどの者が目にしていないから、果たして私が本当に"帝国第四王子"かどうか判断しかねるのではと思ったが、すぐにそう信じるのだな」

「・・皇帝へのお披露目には後ろに控えておりました故。そのお姿を見まがうことはございません」


 一歩遅れをとったと見たか、間髪入れずにテーブルの反対側の列から声が飛んできた。


「ご無事で何よりでございました。この一年、殿下のご無事を願い、手を尽くしておりました」

「あぁ・・・お前か。あの日、私に会いたいとリュスラーンを強請っていた公爵だな。声だけは覚えているぞ」


 いつぞや、皇帝の城の廊下でお披露目前のスフィルカールに目通り願いたいとリュスラーンに詰め寄っていた男の声だと気がついて、軽く目を向けると、青い海のような目を持つ男と視線がぶつかる。

 親戚だと言う男は、上気した頬を隠しもせずに嘆息した。


「リリベット様に・・・そして、先の国王陛下によく似ておられる・・」

「そうか、私は知らぬ」


 そう言い捨てて、まぁ、御一同席に着かれよと着席を促した。

 座るべき者が全員席に着いたところで、スフィルカールは背後に立つ二人を紹介する。


「当王国の外務卿、シヴァ・リヒテルヴァルト侯爵だ」

「リヒテルヴァルトにございます。どうぞお見知りおきを」

「そして、彼が私の政務補佐官を務めているフィルバート・ライルドハイト侯爵」

「ライルドハイトでございます。諸卿方におかれましては・・」

「ライルドハイトだと!!」


 フィルバートの口上を遮る大きな声が会場に響く。

 鳶色の髪に灰色の瞳をした男が思わず立ち上がってしまったようである。


 どう見ても、リュスラーンの血縁者の様だと判断出来た。

 年齢的に見て兄弟か親類か。

 愕然のあまり、その場で立ち尽くしている。


「リュスラーンに子がいたなどとは聞いていないっ!」

「・・・養子ににございますれば」


 まぁ、実子は私なんだがな、というこの場がひっくり返るような突っ込みは内心だけに留める。

 つとめて冷静に答えるフィルバートを、親類とやらは口角泡を噴き出しかねない勢いと共に指を指す。


「養子!養子というても、お前はっ・・・」

「申し訳ないが、当国の侯爵にそのような口ききをなさるおつもりか」


 無礼であろうとスフィルカールが言外にとがめると、相手は一瞬で顔から色を無くし、落ちるように椅子に腰を下ろした。


『バトゥ、大丈夫かい?』

『はい、ジヴァル様』


 バトゥ、は東でのフィルバートの呼び名だとはわかっているので、何かシヴァが気遣ったのだろうと理解をし、話を進める。


「フィルバートは15のころより、先のライルドハイト侯爵であるリュスラーンに養育されておる。随分と見込まれて手塩にかけて育てられていてな、早々この者に剣で敵う者はおらぬ」


『手塩にねぇ、物は言い様だね、その実毎回半殺しだったけど』

『ジヴァル様、そういうことは言わないお約束ですよ?』


 ボソボソとした声はどうやらぼやきらしい。

 北海領域側からの声が二人の素性を尋ねるものとなる。


「リヒテルヴァルト卿もライルドハイト卿も、見たところこのあたりのご出身には見えませんが。そしてあちらに控えている近衛兵も、草原を出自とする者でしょうか?」

「だからなんだ? 二人ともその血筋の大半は極東人を祖とし、あそこにいる近衛は草原を西へ東へと馬を駆り、武力にたけた者の一人。斯様な者たちは当国だけで無く我が妃が治める東方王国にもいるぞ? ライルドハイトは元を糺せば東方王国の子爵家の血筋でもあるし、リヒテルヴァルトはリュスラーンの右腕としての宮廷魔術師長であり、そして我らが15の頃より古今東西の教養を教授してくれた師でもある。いずれとして、私の国に必要な者たちだ」


『右腕ねぇ、良い言い方しますね、その実サボってばっかりでしたけど』

『バトゥ、後で詩文の課題増やすよ?』 


 そこで、スフィルカールは背後の二人を見やり、眉をひそめた。


『嘴を閉じよ』


 それだけは教えろと前日にフィルバートに教えて貰った言葉である。

 良いタイミングだったらしく、二人は肩をすくめて黙った。


 コホン、と軽く咳払いをしてスフィルカールは先を続ける。


「当国にも東方王国にも、砂漠の出身者もいれば草原の民もいる。皆それぞれ、国の中で地位を得るものもいれば、職を得ている者もいる。民は麦を踏み、羊を追い、果実を得て、時には己が故郷と行き来をしながら様々な物資をもたらしている。彼らの生活は東方の民とも当国の民とも様式は違う事があれど、その身が、息をして血潮を流すに両国の民ともそして我らとも寸分変わらぬ」


 一度閉じた瞳を再び開き、目の前に並ぶ者とその後ろに控える存在を一度全て視界におさめる。


「そなた達の後ろに控えている者達が、我らが国の者と同様に己が手にした物を自由に捌き、日々の糧を得て、そして其方達と共に国の行く末を同じく見据えている者達だと、はっきりと自信を持って言える存在だと言うなら、私も多少関心が無いわけではないが」


 後ろに控えた彼らの事をスフィルカール自身になんとも出来るとは思わなかった。

 あの、一年近く過ごした街の子供に読み書きを教えなかったのと同じく、彼らには彼らの喫緊の課題がある。

 ただその地から離れてしまえば、今いる境遇と全く違う国があることは知っておいた方が良い。


 知っていれば、違う結果になるかも知れないから。


 スフィルカールは、此方を一瞥もせずに絨毯の織り目を数えているような視線で俯いている者達から意識を外し、目の前の両端に並ぶ自分年齢も倍ほどは年を重ねているはずの者達へ海の色をたたえた瞳を向ける。


「残念ながら、貴国等がそのような国なのかどうかすら私にはわからない。そのようなことを帝都の王城で話す機会はついぞ無く、どのような国であるか私の目で確かめる機会も無く。父も母も殺され、私自身一年路頭に迷わされた。・・・・私の無事を寿ぐだと?一体何処の口がそう言っている。そもそもお前達が勝手に始めた戦では無いか」


 父と母とは、誰と誰の事を指しているのかは、自分自身でもわからない。

 この際どちらでも構わない事ではある。


 事実、いずれの父も殺されたのであるから。


「その方等がなにを私に期待して、なにを目的としてこの一年、顔も声すらも知らぬ私を追いかけ回していたのか知らぬが。いい加減先の見えぬ戦はやめて矛を収めてはどうだ」


 この場なら、停戦交渉の場としては悪くないだろう?

 スフィルカールが座る位置が、最初から仲裁役の積もりである事を意味することにようやく気が付いた双方が同時に立ち上がる。


「お待ちください、殿下。あなた様は先の国王陛下の王孫であります。われらは、あなたを正統なる北海王国の王として迎え、帝国から滅せられた怨念を今こそ晴らすべき時と思うて・・」

「われらはきゃつら北海領域の蛮族どもに屠られた皇帝の遺児として迎え、きゃつらに一矢報いんとするために今まで心血を注いで・・」

「あぁ、もううるさいな。帝国も北海領域も知るか」


 かまびすしい、とスフィルカールは双方の言を遮った。


「見ず知らずの其方達にこき使われるほど、私はお人好しでは無いわ」


 静まり返った場内に沈黙が流れる。

 その冷え切った場に、遠くから恐る恐るの声が響いた。


 幾分、他の者と意を異にする声である。


「貴方さえ望めば、ラウストリーチのような小国の王にとどまらず、旧帝国も北海領域も手中に収め、強大な帝国の皇帝として、君臨することが可能なのですぞ?」

「そして、その後どちらがより私の配下として主流となるか、互いにつばぜり合いでもするつもりだろう?・・・下らん」


 その者の言葉も聞く価値はない。

 今回はこれ以上話ならないと、スフィルカールは立ち上がる。


「旧帝国にも、北海にも興味は無い。そもそも、私の力量では、このラウストリーチを護ることで手一杯だ。しかも、今後は東方王国との連合国家の元首も押し付けられていると来ている。国に戻るなら、何処かの領主で体よく手を打って貰おうかと思っていたが、何せこの後ろの二人が、王に戻らぬなら、二人して侯爵位も返上すると、同じ顔して同じ表情で恫喝してくるでな、始末に終えぬ」


 背後に立つ二人を親指で指し、スフィルカールはほとほとあきれると嘆息した。


「この二人が王に戻れと言うから、戻るまでだ。それ以上でもそれ以下でもない」


 期限を一か月やると、調停役は宣言する。


「それまでに、双方今後の国家方針を固めてこの場に参上せよ。停戦交渉はそれからだ」


 それに、と一つ注文を付ける。


「現在の戦線を国境とせよ。周辺の民をさんざん戦に巻き込んでおいて、用がなければ放逐するなど許されぬ。国に属するものとしていったん手中に収めたなら、責任を持て。勿論、焼け出され、意図せず国境を越えてしまった者達へ元の地へ戻る方策も立案せよ」


 双方の重鎮たちを、じいとねめつけて。



 スフィルカールは父譲りといわれる満面の笑みを見せた。



「日々の生活が安定すれば、民はその者を王として否定はせぬだろう」











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