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10-03




「で、旦那とリヒテルヴァルト卿も一緒に、国境沿いの都市で外交鼎談、ってわけか」

「そう、と言うことでそれなりの警戒態勢を敷きたいので、いろいろ宜しく」


 工房に数人が集まって、これから望む外交交渉の地への警護体制(裏の方)を相談しているところである。


 親方は、城の方で待機すると言うことになった。

 先だっての戦争の時にそろそろ後進に道を譲る事を真剣に考えたかららしい。


 後継の差配役である通称アリーことアリーヤは、数年間は別の任務で東方王国に滞在するということで不在だ。

 現在は、その補佐役を担っている者がアリーの代わりを務めている。


「筆頭騎士のオッサンはどうするのかい?」

「私が行くなら、城の守りに専念すると言っている。護衛騎士の人選も任せるって」

「まだ、騎士じゃないのに」


 仕事だけ押しつけられてと笑う補佐役に、そうなんだけどさ、とフィルバートは口をとがらせた。


「帝国と北海領域をなんとかしないと、カールの結婚やら私の騎士叙勲とかいう話になるまで落ち着かないよ」

「そういや、アリーから何か連絡は?」

「国に帰るまで連絡不要と言ってある。必要なら、上司である私の母から情報が来るから問題無い」


 そこまで答えて、フィルバートはすうと目を細めた。


「揶揄うなら、怒るよ?」

「いやいや、そんなつもりはねぇよ?」


 暫く、おもちゃ状態だったので、この話題は当面封印らしい。

 "坊ちゃんがいつもより美人に見えたら要注意"、とは最近の家人けにん達の標語のようにもなっている。

 補佐役は、おお怖いと肩をすくめた。


「んー、では俺達で一応人選しておく」

「よろしく、ではまた後日」


 そこで解散となり、フィルバートは工房を出た。


「・・・皆、好き勝手言って」


 どうやら、フィルバートとアリーヤについてはライルドハイトの家の者にとってはここ近年格好の観察対象であったらしい。気がついていないのは当人同士だけという大変大人達にとっては身もだえする状況を今まで提供していたと聞いて、フィルバートが暫く轟沈していたことは言うまでも無い。


 砂漠生まれの少年を長らく少年だと思っていたのはフィルバートだけである。

 それだけに、年頃らしい悩みは胸の奥に仕舞い込んでいた。

 草原の民にとっては大きな障壁ではないが、西域の者には受け入れられない事が多いし、そもそも一番驚いているのは己自身で、そういう意味でも自らの内面の整理もつかない。

 第一、仕事上とても頼りにしている。

 その関係性を壊したくは無かった。


 アリーヤは、フィルバートに男性と思われていても、仕事上信頼されているのが誇らしかった。

 そもそも身分も違うしと、このままで良いのだと諦めた。

 諦めていても、極東に行ったと聞いて家人の中で一番心配したのも彼女であるし、フェルヴァンスや草原には彼の目を引く者が出て来るかもと考えただけで苛立ったのも彼女である。


 と、いう様子が他の家人たちにはよく見えたが、二人に何も言わなかった。

 誰にもなにも言われないまま、 一年以上、離れた状況は流石にフィルバートに真実を認識させるに至った。


 正直、悩んだ時間を返して欲しいと思ったものである。

 一番の懸念が取り払われて、次いで頭をもたげた考えは我ながら腹立たしいほどに都合が良すぎるし、そして政治的でもあった。


 スフィルカールの近くに、自分の息がかかった者が居て欲しい。


 東方王国との関わりが強くなるにからには、常時自分が側にいる事が難しくなる。

 あちら側の情報も得るには、王城の内部事情にも通じた方が良いだろう。

 女官である上にさらに"ライルドハイト侯爵夫人"の肩書きは本人を護るものにもなる。

 アリーヤ以外には考えられなかった。


 今更女性として扱うことを盛大に非難されることを覚悟し、否という選択肢はあることを踏まえた上でアリーヤに正直に話をした。

 案の定、今更なんだと叱られた。

 叱られたが、数日後に「承知した」と返事が来た。

 正直言うと、もうちょっと可愛い返事が欲しかったが、それは贅沢というものらしい。


 親方と家人に話をしたところ、一斉に腰を抜かしかけた挙げ句に騒然となり、その次には何故か矢鱈と褒められた。


 坊ちゃんなら、ちゃんと考えて自分で結論出すと思ったけど、そこまで大胆なことを考えつくとは思わなかった。


 一体、彼らは当主をなんだと思っているのだろうか。

 しかし、後々聞けば、彼らも彼らで一応心配してはいたらしい。


 アリーヤの味方である女性陣は「そもそも身分が違うから、芽が出る話じゃないし、都合良く扱われるんじゃアリーが不憫だから諦めるように説得した方が良い」と主張する派と、「いやいや、そうとは限らないし、アリーも子供では無いのだから無理に諭すのはむしろ逆効果では」という派に分かれていたらしく、フィルバートの決断は「坊ちゃん、根本的に野暮天のくせにやるじゃん」と言うことでライルドハイト家の女性の間で当主の株が急上昇するという事になり。

 誰にも吐露できないフィルバートの葛藤(しかし大人から見れば大変分かりやすい)に気がつきながらも「わー、悩んでる悩んでる-」だの「気がつかないって、ホント筋金入りの馬鹿だねー」と面白がるだけで本当のことは一切言わないでいた男性陣(やはり身分差があるので下手に煽るのはやめるべきとの意見でまとまっていたらしい)は「腹が決まると結構大胆なこと思いつくんだ」だの「仕事以外はただの馬鹿と思ったがそうでも無かったか」と、これまたなんだか見直されているらしい。


 しかも、リュスラーンの生前に誰一人として一切彼に話をしなかった。親方も含めて。

 彼が知ったら、おそらくアリーヤは何処かに移動させられることがわかっていたこともあるが、家人達は「坊ちゃんなら、どう転んでも自分で結論出して自分でどうにかするだろう」と観察・・・いや、見守るだけにしたらしい。


 フィルバートとリュスラーンは似ているようで根本的に違っている。

 リュスラーンは帝国属の貴族らしく、ライルドハイトの家の者は「自分の駒」として徹底的に扱い、時として冷淡に過ぎる対応もしたし、ほとんどの情報は自らに集中させるのみで基本は秘密にした。

 フィルバートは草原の部族の連帯感が根本にあるのか、ライルドハイトの家の者は「自分の仲間」として扱い、大概の情報は共有する。

 リュスラーンは、しかし自分のやり方をフィルバートに押し付けることはしなかった。"当主"としての線引きだけはちゃんとしろとしか言わなかったし、フィルバートもそれは素直に従っていたと言える。

 その背景が、家人達をして「坊ちゃんなら、自分でどうにかする」と思わせたらしい。


 まぁ、皆仕事してくれれば良いよ?わたしをおもちゃにしても。


 リュスラーンとはまったく違う方向性の"旦那"になってしまったことに、至極格好悪いと思いつつも、所詮彼のような圧倒的な迫力を自分が得るのは無理だろうと本人も受け入れるに至っている。


 それに、リュスラーン様は秘密主義が過ぎた、とも思っている。

 全てをリュスラーンと親方だけで決めていたし、まれにリュスラーンのみが処理をして親方すら知らないこともあったらしい。

 しかし、それでは今回の戦争のような状況ではたいした情報を持っていない他の者が上手く動けない。

 今後は差配役を一人に集中させるのではなく、アリーヤを筆頭として補佐役を数名おくことにした。

 何れ彼らはスフィルカールに面通しさせて、どういう役割を担っているかを説明する必要があると思っており、親方にもその意向は伝えている。


 しかし、家令や執事、侍女長にまで大変温かい目で「これで当家も安泰ですね」とやられた日には、もうどうしたら良いのか。

 屋敷に戻る度に、「御城で妙な女性にちょっかいかけられてはいませんよね?」と確認するのもそろそろ飽きて欲しい。そもそも、その手の監視は城中にいるので心配無い。いや、そういうことでは無い。


「もう、それどころじゃないんだよ、まずは外交をまとめないと」


 そう言葉にして、少し息をつく。


「と、ミラー卿にも呼ばれていたっけ」


 早速山積みの課題の一つを思い出す。

 急がないと、とフィルバートは駆け出した。



 その後結局、現在に至るまで独身を謳歌し、おそらくフィルバートも同類だと思っていたフェルナンドにあれやこれやと詮索やら追及やら裏切り者扱いやらされたのは言うまでも無い。












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