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10-01



 ラウストリーチ東方連合王国、となるそうだ。


 ラウストリーチ王国の国王がスフィルカールで、王妃がイライーダ。

 東方王国の国王がイライーダで、王配がスフィルカール。

 連合王国としてはスフィルカールが王となる。

 双方の国の王に事故ある際は配偶者が一時的に全ての権限を代行する。


 ラウストリーチと東方のそれぞれの国の規模から言うと、どちらかと言えばイライーダを連合国の女王にした方が良いのではないだろうかとスフィルカールが女王に聞くと、帝国と北海領域に対抗する第三勢力としてはスフィルカールを王にしておいた方が良いだろうという返事が返ってきた。

 どちらにとっても、倒すことも出来なければ無視も出来ない存在であるから、ということらしい。


 ただ、まぁ結婚にしろ連合王国にしろ急な話だったのは東方王国側にとっても同様だったらしく。

 スフィルカールと女王の会談の日の夕方には、泡を食ったような表情の外務卿がハルフェンバック家に飛び込んできたのは記憶に新しい。

 取り急ぎ、実務者レベルでの調整は行われた。


 東方王国の外務卿に前の王であるイェルヴァ大公と、

 ラウストリーチ王国の侯爵であるシヴァとフィルバート


 この両者で決められる所を決め、国として宣言するに遜色ない程度までまとめて、公表自体は東方王国から行う、としたところでスフィルカール達は一度ラウストリーチに戻った。

 リュスラーンが不在のなか、それまで外交は全部丸投げしていたシヴァと、つい先日まで子供扱いだったフィルバートにしては上手くまとめたなぁとスフィルカールが呟くと、他人事かとフィルバートにえらく叱られた。

 曰く、今後は以下の三箇条を約束させられることになる。


 その一、重大事項をいきなり決めて帰ってくるな。保留して一旦持ち帰ってこい。

 その二、まずは根回しという言葉を覚えろ。

 その三、シヴァは、とことんこき使え。


「思い返せば、シヴァ様が古今東西の外交史料や歴史書を読み尽くしていることは想定の範囲内でしたよ。あの方、今まで本当に、唯々サボっていただけです」


 どうやら、東方王国側とは丁々発止、一歩も引くそぶりもない様子であったらしい。


「まぁ、草原の可汗ハーンともあの調子でやり合っていましたからねえ」

「胃薬なら、ナージャに頼むことだな」

「そもそも、そういうのが要らないようにしてくだされば良いんですよ」


 フィルバートも、フィルバートでこの一二年で変わったと思われているようである。

 何かの折りに、外務卿がそっとスフィルカールに尋ねたことを思い出す。


「フィルは、ラウストリーチ国ですでになにか政務に関わっていたのでしょうか?」

「リュスラーンの養子になってからは、彼の補佐官のようなことをしていた。リュスラーンがこなしていた業務の大半は頭に入っているはずだ。事前の整理が上手いらしくて、他の政務官達が重宝がっていたな」

「なるほど・・」


 外務卿のその表情は寂しいと言うより、惜しいことをした、と言った様にも見て取れた。


 ともあれ、ラウストリーチ国に帰ったら、まぁ忙しい。


 一年以上"御城代"をやっていたランド伯爵は、御役御免ということで一度東方王国に戻ることになった。しかし、国境付近の軍事状況については、ラウストリーチ側のみでは不安が残るということで、引き続き関わるとのことである。

 南方軍はどうするのだ、とフィルバートが聞いたところ、そろそろあちらも誰かに委ねた方が良いと思っていたから丁度良い、司令官は辞すると言ったらしい。今のあの姫さんなら東方王国も悪くないけど、俺ぁ一度スフィルカール殿下と一緒に仕事がしたいなあと言い出したそうなので、ラウストリーチでも東方王国でもなく、連合王国の者としての役職を得るつもりがあるのかもしれない。


 特にフェルナンドはランド伯爵と意気投合したらしい。流石脳筋同士馬が合うとこっそり言ったのはナザールである。これまで通りの筆頭騎士に加えて、この一年で国境軍事に関わるようになっている。ランド伯も、基本的なことはミラー卿に任せておけば良いと太鼓判を押していった。

 帝国がほぼ壊滅状態になったことは、フェルナンドにとって心理的に大きな衝撃だったのではとスフィルカールは心配したが、当の本人は、すでに家族とも縁が切れていて久しく、今更連絡をとりたい相手でもないのでお気になさらずと淡々とした返事が返ってきた。こっちもこっちで家事情は複雑なのかもしれない。


 老体に鞭打って、一年の間留守居役を務めたロズベルグであるが、シヴァが戻るも今後は外交的な部分を担う事になったために宮廷魔術師長までは少し任が重いと言うことで、結局ロズベルグが臨時で宮廷魔術師長として復帰することになった。ただ、程なく後任として誰かを昇任させるという条件付きであり、他の宮廷魔術師の間ではちょっとした緊張感が漂っているらしい。

 じっ様無茶すんなよ、と少々年寄り扱いをしたナザールに、かっと目を見開くやいなや「儂を年寄り扱い出来るほど一人前になっておらぬだろうが、このひよっこめ。お前はさっさと修行に戻れ!」と一喝したらしい。ナザール当人も折角帰国したところだが、あちらで副業としている治療師(資格を取ったと聞いて、フィルバートもスフィルカールもコイツは何処に向かっているのかと少し呆れたのは言うまでも無い)で担当している患者に気になる者もいるし、研究所も気になるからとすぐに中立都市に戻ることになった。随分と慌ただしいことである。


 ということで、落ち着いたかそうでないかの頃合いでさっさとナザールは出立した。フィルバートの騎士叙勲式とスフィルカールの華燭の典には絶対戻るから!と言って。

 ナザールの出立に、今回はウルカも同行した。

 シヴァの行動に補助が要らなくなったということと、ナザールの研究内容を聞いて協力をしたいと申し出たのである。龍や魔法生物の保護や治療に関する研究を手伝うらしい。

 ウルカの滞在については、ハルフェンバック夫人にも了承を得、双子の遊び相手のような扱いになるそうだ。クラウスといえば、結局スフィルカールは彼には怖がられた侭だったことを思い出すが、双子がシヴァやウルカにもあっさり懐いていると聞いて、人見知りじゃ無かったか?と納得がいかない。


 政務官達もいろいろ不安をかかえながら、淡々と仕事を進めてくれていたらしく、スフィルカールが戻ってもあまり混乱はなかった。ただ、いままでリュスラーンが担当していた業務が全部スフィルカールの机に積まれることになり、正直その量を目にしてどこかに逃げ出したくなった。

 ということで、未だ騎士でもなければどこか特定の部局に配属されているわけでもない、タダの"ライルドハイト侯爵"を遊ばせておくはずはなく。補佐官という、何処の何の仕事をするのかもわからない漠然とした名称でフィルバートに仕事を手伝わせることにした。ただ、何れは彼に筆頭騎士の地位を譲って軍事的なところも担当させたいフェルナンドや、外交官の手伝いもさせたいシヴァから端的に言えば「こっちの仕事も手伝わせろ」と苦情が来たので多少はそちらの業務にも関わって貰うことにする。


 ただ、それは一時期のものだとスフィルカールは考えている。


 今まで一年間城を支えてきた政務官達が居るし、中には長としての立ち居振る舞いに優れている者もいるはずだ。ただ、これまでは、帝国の一領土として軍事や外交にあまり目を向けてこなかったので、良くも悪くも国内の者達はわりにのんびりしている。

 それに、リュスラーンは少し秘密主義が過ぎた。

 あまり多くの者を中枢に関わらせないようにしてきたことは、今までのラウストリーチの帝国における立ち位置から考えるとそれは正解だろう。


 しかし、今後はそう言うわけにはいかない。


 特に北側は北海領域と旧帝国と鼎立している状態なのだ。俊嶺な山岳地帯を国境沿いに持つ東方王国に比べて、ラウストリーチ側に連合王国の軍事的拠点が必要な事はわかる。

 東方王国側の東側の草原は勿論、南方のほうも今回の独立に関してそれほど緊張は無かったと聞く。ラウストリーチ国側が早々に安定したことで東方王国に軍事的揺らぎがないことが相手に伝わったためだろう。

 東方王国を護る意味でも、ラウストリーチの軍事的な立ち位置が重要になってくる。

 そのための人材確保が、当面の最優先課題だ。

 スフィルカールは、既存の政務官のなかで長として他を統轄出来そうな者や今後外交にも携われそうな者、年若い騎士の中でフェルナンドやフィルバートの指導(フィルバートもリュスラーン仕込みなので大概ねちっこい可能性がある)に堪えそうな者の人選を行うことが急務だと考えている。

 他の国からの引き抜きも悪くないが、タダでさえ、妙な手で"ハルフェンバック子爵"を引き抜いている前例がある以上、東方王国からの人材移入はきちんと女王に仁義を切る必要がある。

 連合王国の任務としての人員受入は落とし所として悪くないかも知れない。その意味ではランド伯爵の件を先行事例としても良いかもと内心前向きに考えているところである。


「ふう・・・、帰ったら帰ったで休まる間もないな」


 たまった書類仕事をある程度片付けて、行儀悪くペンを上唇と鼻で挟んでいるところに、聞き覚えのある声がかかる。


「殿下、ご休憩なさいますか?」

「うむ、お茶にする」


 いつものように、返事をして。

 はっと顔をあげた。


「はい、ではご用意致します」


 そこに居て返事をしたのは、いつもお茶を淹れてくれる女官だ。

 中立都市にも随行して。

 帝都にも一緒に来た。


 リュスラーン達と別行動で帝都を出たらしいと聞いてはいたが、当たり前のようにそこに立っていたことにスフィルカールは驚きつつ立ち上がると、女官に近づき、ほっと表情を緩めた。


「無事だったのか」

「はい。・・・残念ですが、一人はとうとう戻りませんでした」

「そうか」

「殿下がご無事で、ようございました。直ぐにでもお目にかかれれば宜しかったのですが、今は城全体の用向きも多うございますので、私がおそばに控える事も少なく、今になってしまいました」


 お茶が冷めますから、どうぞソファにお座りになってください。


 促されて、テーブルに置かれた白いカップに綺麗な水色の茶を入れられる。


 寒くて手指がかじかむ季節に、マグカップに入れたお湯割りのショウガの蜂蜜漬けを飲んだ日を思い出した。

 ついこの間まで、このように茶を飲むような贅沢な日がまた来るとは、想像出来なかった。


「贅沢な茶だな」

「いつもの御品でございますよ?」

「一年ぶりに、其方の茶を飲めた」


 カップを大事にかかえて、大事に味わう。


「やはり、其方が入れる茶は、一番美味しい」

「相変わらずお上手でございますこと」


 いつも通り褒めると、いつも通りの返事が返ってきた。

 久しぶりの温もりが臓腑にしみるていくのを堪能しながら、今までになかった言葉をその後に続ける。



「これは、女王にも是非に振る舞わねばな」







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