9-14
「姫さんと結婚するの!?」
東方王国王都のハルフェンバック家の屋敷に到着してまず聞かされた報告に、通りの良すぎるナザールの声は屋敷中に響いたかもしれない。
「二人きりで密談したかと思ったら、部屋から出るなり"女王と結婚する"ですからね、正気を保てた私を誰か褒めてくださいよ」
今思い出しても心臓止まりそうですよ、と胸を押さえてフィルバートが呆然としている。
「・・・・政治臭しかしないけど。いいのかい?」
「所詮、王族の結婚なぞ、こんなもんだろう?」
少し、案ずるようなシヴァの様子に、平然とスフィルカールは返す。
「皇帝や、他の者が持ってくるだろう縁談よりましだ。・・・まぁ、最初は皇帝が持ってきた縁談だが」
「あの"お見合い"を目撃した者にとっては、驚き以外無いと思いますよ?」
はぁ、とフィルバートはため息をつく。
「まぁ、貴方がそれでいいなら、もう仕方ないですね」
「・・・悪くないとおもうぞ? 実際、イライーダ殿は美しいし、ツンケンしているが、根は素直で他人の言い分にも耳を傾けるような懐の深さもあるしな」
「は?」
「では、帰国の用意は頼む」
フィルバートのいつにない動揺を前に。
そう言って、少し気張らしにウルカと街に出たいと言い出し、出て行ってしまった。
「な、ナージャ、私の聞き間違いでしょうか」
「女王陛下は好みの範疇だと聞こえたが?」
フィルバートとシヴァの震えるような声に、ナザールはまぁ、仕方ないよと頭をかく。
「・・・あいつ、限定的だけど所詮面食いだしな」
「そうなの!?」
「お前と、あとは師匠か、同じ顔だしな。それとフィルの母ちゃん、そして姫さん。堂々と綺麗とかあいつが公言するのはそれだけだぞ?・・・そして、好みの顔の奴には結構弱い」
「まぁ、ちょっと顔に意識すると割りに言うこと聞いてくれるような気はしていましたけど」
「わかっててやってりゃ世話無いな」
何はともあれとナザールは苦笑いをした。
「姫さんに結婚祝いを考えないと。女王陛下への贈り物なんて想像つかねぇよ」
それより、とナザールは納得がいかない表情も見せる。
「フィルはわかるよ。元々背が高いし、騎士っぽい体躯になったし。だけどさ、カールはなんであんなに体格良くなったの? 腕とか胸板とか、そもそも身長とか。俺納得いかないけど?」
「ナージャは魔術師だから仕方ないだろう?」
「そうなんですよね。前は一見すると華奢だったんですが、一年で華奢な感じがまるでなくなってて」
あれ?ナージャ。お前縮んだ?
一年ぶりのスフィルカールの発言はまぁまぁ失礼だった。
行方不明の間に荷役と薪割りばかりしていたということで、体格の変化はそれが要因らしいと判断できる。
以前は自分より低かった筈なのにと、いまや身長は頭半分程度追い越されてしまったナザールは鼻白んだ。
「ちょっとリュスラーン様ぽくて悔しいんですけど」
武人としては華奢だと父方の伯父に言われたことを少し気にしているフィルバートも少し恨みがましいらしい。
「あぁ、後ろ姿が似てるよね。たまに声とか笑い顔とか似てんなぁって思うのが不思議。小さいころから面倒見ているとそうなるのかな」
ナザールは無邪気だ。
他意がなさ過ぎる発言に、フィルバートもシヴァもどう反応して良いかわからなくなる。
「うん・・・まぁ」
「そうですね・・・・・」
流石に、本人の口以外からは聞かせられないので、二人はそれ以上の言及を差し控えた。
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「・・・・・・それ、本当?」
明らかに腰の引けた表情のナザールに、スフィルカールは最早どうでも良いという顔を見せる。
「確信があるが、話すとさらに幻滅されるから言わないと言われた」
「うわぁ・・・・・・・」
それっきり、蒼い顔で黙り込んだ様子に、ある程度医療知識のあるナザールにはリュスラーンが何をしたかが想像出来たらしい。
「ごめん、お前の親父ってわかってても、ちょっと・・・・」
「うむ。聞きたくないので言わなくて良い」
「うん、聞かない方が良いと思う」
移動中の馬車のなかで、そんな会話が繰り広げられて。
一同は、一年以上ぶりに城に戻ることが出来た。
東方王国の王城に比べたら、貧相だと人は言うだろう。
だが、これほど美しく思えて、懐かしい姿は無い。
「・・・殿下、ご無事でお帰りで」
出迎えたフェルナンドの声がそれっきり止まってしまったので、スフィルカールも流石に胸に去来するものがある。
「うむ・・・・心配、かけた」
「本当に、ようございました」
「不在の間、よく耐えてくれた。ありがとう、其方とロズベルグ翁には頭が上がらぬ」
暫く、湿っぽい雰囲気で空気が支配された所で。
「しかし・・・いきなり結婚とは、驚き以外無いのですが・・」
ロズベルグ翁の発言に、そっぽを向くしか無い。
「まぁ、そんなところだ。帝国やら北海領域やらが片付いたら、ちゃんと華燭の典も挙げるし、フィルバートを騎士に叙勲しなければならぬ」
「あれ?お忘れでなかったので?」
からかい半分のフィルバートのセリフに、したり顔で返してやった。
「わたしの正式な署名で叙勲されたいのであろう?小っ恥ずかしいこと甚だしいことはもう覚悟の上だろうが。おとなしく首打されろ」
「はい、はい」
とりもなおさず、とスフィルカールは顔を引き締めた。
「帝国と北海領域とは決着を付けねばな」