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ラウストリーチ家の未熟者  作者: 仲夏月
9."アーサー"
118/135

9-07



 草原の民を統べる可汗ハーンに保護されたのか拘束されたのか。

 イマイチ明瞭でない状況にスフィルカールははてさてと思案に暮れた。


 ただ、可汗は特に自分を害するつもりはないらしい。


「其方に無体を強いたり、剣を向けようものなら、孫から盛大に報復されるのを覚悟せねばならんでな。そんなつもりは毛頭無い。ただ、儂の納得が行かなければ、孫を返して貰う」

「それが其方の一存で可能なら、そうするが良い。わたしは今や王ですら無いからな。フィルバートが私に膝をつく理由はなかろう」


 草原の民が寝起きする天幕の内側で対峙して。


 可汗とスフィルカールは双方腕を組んでいた。


「ほお、お前は自らが王たる意味も持ち合わせぬと?」

「此の状況で、王と名乗れる方が阿呆だろう」


 久方ぶりにふんぞり返った態度で可汗に自慢にもならない事を言い放つと、相手はふふと不敵に微笑んだ。


「まぁ、良い。領都まで暫し時間がある。馬の世話でもやるが良い」



 翌朝から、早速彼ら一行の馬の世話を担当することになった。

 可汗と行動を共にすることになった初日である

 こちらの馬は、西のそれより一回り小さいが、俊敏で力も強い。

 一通り、世話や馬装も済ませて、道具を片付けていると、少し年下とおぼしき少年が近づいてきたことに気がつく。


「おはよう」

「・・・・・」


 挨拶をしてみても、ぎろりと睨まれただけである。

 少年は、装備を済ませた馬を一頭一頭確認している。


 どうやら、粗が無いか監査されているようである。


「・・・なにか、不都合があったか?」


 一応、習ったとおりの手順で装備を調えたはずである。

 少年は、ぎろりとにらみつけたまま、吐き捨てるように言う。


「何処で覚えたんだ。これは西側の方法ではない。我らの方法だ」

「何処でって、フィルバートに習った。・・・・お前達が"バトゥ"と呼んでいる者だ」


 少年の鼻の頭に皺が寄る。随分機嫌が悪い。


「バトゥはバトゥだ!そんな変な名前ではないっ」


 言い捨てると、他の者のところへ走って行く。

 狐につままれたような気持ちで、その背中を目で追う。


「・・・なんだ?」

「完全に嫌われちゃってるね」


 後ろから、声をかけられた。

 振り向くと、少し年上らしい青年がニコニコと人好きのする笑顔で近づいてくる。

 肩をいからせている少年の姿を同様に目でおって、スフィルカールに友好的な様子を一応は見せた。


「爺様の孫の一人でね。兄のようにバトゥに懐いていて、彼も可愛がって馬の乗り方や剣を教えていたんだよ。バトゥが遠い所に養子にやられたって聞いてすっかりお冠だ。君は大分恨まれてるね」

「フィルバートの養子の件については、私のあずかり知らぬ所で進んだ話だ。そもそも、彼の養子縁組については、ハルフェンバック家とライルドハイト家、そして東方王国の間できちんと話がついて手続きされた話だ。それがどうして実の祖父とは言え、他家で他国領の者がしゃしゃり出てくるんだ」


 はぁ、と軽く頭をかくと、青年はそれはそちらの都合だなと笑う。


「草原の者には、あまり意味が無い。バトゥが爺様の孫であることは揺るぎようが無いからだ。そして、彼は西側の孫の中では最も将来を約束された"ハルフェンバック子爵"。爺様のもくろみでは、数年後には自分の近い親戚からそれなりの娘を彼の許に嫁にやるつもりで、婆様に候補の者を教育させているだろうからね。東方王国の他家ならともかく、全く別の国の侯爵家の養子になられては、全部おじゃんだ。その国の王である君には恨み骨髄、ってところでしょう?」


 随分とべらべらと内部事情を喋る者だ。

 少し、不審そうな顔を見せると、青年は未だ自己紹介をしていない失礼を詫びた。


「俺はね、可汗の親戚でも何でも無い。可汗が可汗となるまでにあまた滅ぼしてきた部族のうちの一つの長の子供ってところかな? 名前はジュチだ」

「そうか。わたしはスフィルカールだ、好きに呼べ。随分とよその家の騒動を面白がっているな」

「東側と比べて、西の方はあまり目論み通りに行ってないところが中々興味深くてね」

「東と西?」


 首をかしげると、ジュチは軽く目配せをした。


「領都まで先がある。俺が色々教えてあげるよ」


 ジュチは、何故か移動中ずっと隣で馬を並べていた。

 先頭の可汗に続いて、より彼に近い者から順番に馬で続き、最後列にジュチとスフィルカールが並ぶ形である。

 夜も、天幕の使い方等を教えるといって、結局相部屋のような形になった。

 その中で、草原の部族の内部を面白そうに語る。

 それはそれで、有益な情報ではあった。

 大変疲れる内容だったが。


「可汗には、正室が二人居てね」

「・・・うむ」

「西側はバトゥの御婆様でハーリヴェル家の令嬢だ。東側は滅ぼした部族の中で最も力の強かった族長の娘、その他2名の側室に妻や妾が何人か。西の正室の娘の中で最も優秀だとして公爵家に養女に出されたのがアニーシャ様、バトゥの母だね」

「・・・・仕組みがもう、わたしの理解を超えそうなのだが」


 妃事情は帝国の皇帝程度かそれ以上だということしか理解がおいつかない。


「可汗は、東側のフェルヴァンス国と、西側の東方王国、そこと政治・外交上の関係性を築く上では婚姻も重要だと考えているらしい。東側は俺もよく知らないけど、フェルヴァンスの公爵令嬢を母に持つ孫がいて、彼があちらの国との外交関係を取り持っていると聞く。東側の親戚の中には、フェルヴァンスで役人になった者もいるみたいだよ。で、西側だけど」


 そこでジュチは至極楽しそうに肩を揺らした。


「可汗はアニーシャ様を最初ルドルフ王の側室に挙げるつもりだったらしい。しかし、当のルドルフ王は側室自体を拒否した上、アーニャ様が実際夫にと選んだのが爵位も無ければ騎士でも宮廷魔術師でもない、一介の侍官でしかもフェルヴァンス人だった。幸い、リオン様が宮廷魔術師以上に魔術に長けていたのが爺様のお眼鏡にかなったので結婚を認めたらしいけど、抑もリオン様が公爵家の女婿となるのに、爺様の許可は要らないから。そこで、次はもっと上手くやろうとおもったんだろう。バトゥが魔法使いでなかったからリオン様もあまり強くでられないことを良いことに、彼にはかなり力を入れて"草原仕込み"の教育をしたようだよ。ところが、手塩にかけて育てた"孫"は最終的に西のトンビに攫われた。聞いたこともないラウストリーチとかいう国の、ライルドハイトとか言う全く聞いたことも無い家の男が、自分の知らないうちに養子にしていた・・・・って聞いてまぁ怒る怒る。何処の誰だ!リュスラーンてのは!ってアーニャ様からの手紙握りしめて怒鳴ってたよ。アーニャ様もアーニャ様で、全部手続き終わった後に手紙一枚ぽっきりの事後報告だからね。可汗の親戚連中はまぁ青ざめてたけど、俺は結構愉快だった。全く知らない西の男が可汗の鼻を明かしてやったって、こんなに胸のすく事がここ近年あったろうかと思ったよ」


 リュスラーン、もう少し調べてから養子にしろ。


 と強く思う。


 なんだってそんな厄介爺の孫を養子にしたんだ。

 で、今その尻拭いをさせられているわけか、わたしは。

 あいつと会ったら、フィルと一緒に恨み言を言わせて貰わねば。


 つくづく、ため息しか出てこない話である。


「それに加えて、クラウスやルドヴィカは魔法使いだからね。魔力はリオン様譲りで相当なものだし、そもそも魔法使いでない爺様はあれこれ教育方針に口が出せない。本当に"タダの孫"として可愛がるしか出来ない存在だ。・・・さらに今は結構遠い都市にある学校に、アーニャ様が二人を入れちゃった。彼女もあれでなかなか腹に一物あるタイプだからね、爺様の良いようにさせないように上手くやったよ。きっと子爵家相続の際も、爺様に口を出させないつもりだな」


 そんなこんなで、とジュチは天幕の内側で腕を組み、ふふんと何故か挑戦的な笑みを見せる。


「爺様は頗る機嫌が悪い。しかも当の孫のバトゥは、君に剣を向けるならたとえ爺様であろうとも報復すると、堂々と宣言したらしいからね。・・・誰がスフィルカール殿下を見つけてもバトゥに連絡する前にまず儂のところに連れてこい、ってさ。本当は君のこと、ウッカリ殺して、"死んでたゴメン諦めろ"ってやるつもりだったのかも知れないけど、それだときっとバトゥは納得しない。君に手をかけた者を何処までも追いかけて報復する、と爺様は理解している。・・・では、それだけの者なのか、スフィルカール殿下とは、っていうのが現在"儂に試させろ"っていう趣旨」


 つ、とジュチの指先がこちらを向いている。


「爺様との問答、俺は楽しみにしているよ?」



 大変愉快そうな表情に

 スフィルカールは冷たく返した。



「情報提供感謝する、とだけ言っておく」











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