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ラウストリーチ家の未熟者  作者: 仲夏月
9."アーサー"
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9-06



 そろそろ、春が見えてくる頃合いだった。

 ようやく、寒さが緩み始めてきたことを感じて、朝起きる度に、同時に苦しさも覚える。


 騎士の妻が亡くなって、居候先は火が消えたような様子だった。

 夫人は勿論、亭主や子供達も消沈して、それぞれのやるべき事を淡々とこなすだけの日常を過ごしている。

 スフィルカールも、同様に市場と家の往復だけで過ごし、酒場の親父共も体よくあしらう毎日である。


 部屋は結局元納戸のままである。元の部屋、つまり騎士の妻が使用していた部屋に移動しても良いと言われたが、そんな気になれずに今に至っている。


 そんな日に、居候先の亭主が一つの情報を持ってきた。


「北側の都市へ行く行商人の荷役?」

「ああ、ウチの工房の出入りの商人から知り合いで誰かいないかと聞かれたので、お前の名前を出しておいた」


 夕食後に亭主から話があり、スフィルカールは少し思案をする。

 その躊躇に対して、亭主は補足の情報を出した。


「今、戦争が小康状態で、北側の都市への旅程も安定しているらしい。ここのところ、ウチの工房がらみの物流がすこし動きはじめていたから、ひょっとしたらと思っていたんだけど。港へ商売に行くという商人が出てきていて、いくつかの商人がまとまって行動することになりそうなんだ。荷役とかで北に行ける人間を探しているらしい、皆やはり危険だと思っているからあまり集まりが良くないそうなんだ」

「北側に行きたいんじゃないの? 友達の故郷に行くんだろ?」


 港に行けば、船でなくてもそこから東側に回って山岳地帯を避けて東方公国に入れるかも知れない。


 そう思い立ち、スフィルカールは覚悟を決めた。


「・・・うむ、行こうと思う」

「わかった。話を通しておく」


 話が決まると、あっという間に出立することになった。

 商人には、北側の港湾都市への片道だけの荷役であることと、場合に依っては船の状況も知りたいので、知り合いの商人が居たら紹介して欲しいと告げている。

 工房勤めの亭主の口利きもあってか、商人はどちらも快く引き受けてくれた。

 市場である程度せっせと真面目に働いていたせいか、仕事の関係者は一様に残念がってくれると共に激励してくれたり、中にはいくらか餞別をくれる者も居た。おかげで結構懐が暖かくなった。

 酒場の親父共は軒並み寂しがってくれた、まぁ、それはどうでも良い。結局、彼らが言う美味い酒とやらは一切理解が出来ないままである。

 居候先の子供達は、不満そうだった。

 なんで居なくなるの?ずっと居れば良いじゃないと口々に言う様に、かつてフィルバートの弟妹が一緒に国に帰らない兄に口々に不平を言っていた様を思い出し、急に胸の奥が締め付けられたが、ごめんとしか言えなかった。


「どうしても、行かなければならないところがあるから」

「再た会える?」


 かつて、初めて孤児院に泊まった日に同様にそう尋ねられて、頷いた日を思い出した。

 しかし、今回は安請け合いは出来なかった。

 スフィルカールは少し腰を落として、彼らの頭をそっとなでた。


「・・・私を見つけたら、真っ先に声をかけてくれよ。次に会う頃は君たちはもうずっと大きいはずだから、私が気がつかないかも知れないし」


 そして、出立の朝。

 今まで日々暮らした家を前にして、旅装を整えたスフィルカールの姿がある。

 少し工房へ行く時間をずらしたという亭主や夫人、子供達が見送ってくれた。


「・・・今までありがとう。世話になった」


 礼を述べるその手に、夫人が細長い箱を持たせた。


「あのね、あの子の荷物にあったの。・・こういうのって、家の紋章とかなんだろ?」

 

 箱を開けると、ペーパーナイフが入っている。

 由緒のありそうな文様が柄に彫り込まれていた。


「・・・あの子の旦那さんに会える日が来たら、それ渡してあげてくれない?」

「うん。わかった」

「体に気をつけてね。変なのについてっちゃだめだよ?」

「大丈夫」

「戦が、無くなったら、お友達も連れて遊びにおいで」

「勿論」


 夫人は、スフィルカールを抱きしめた後、何かをこらえられなくなったようで背中を向けてしまった。

 亭主は、早く行きなさい、と促す。


「集合時間に遅れるぞ」

「わかった」


 軽く手を上げて、数歩歩き出し、一度振り返る。

 亭主も夫人も子供達も、手を振っていた。


「では!」


 もういちど大きく手を振って、スフィルカールは駆け出す。

 振り返ることは無かった。



----------------------------------------------------------


 荷役として、商人の一行に加えて貰い、数週間の旅路を経て港町についた頃には、新緑が芽吹く良い季節になっていた。

 荷物を所定の場所に運び込んで、一連の業務が完了すると、スフィルカールは御役御免となる。

 依頼主の商人が、この港から出る船の情報を教えてくれた。

 東方公国の領内、ハルフェンバック領の北側に位置する領地の港まで航路があるという。

 そこで、東方公国が独立したことと、今は帝国にも北海領域にもどちらにも与していない事を知った。

 その航路に出る船で何か仕事がないかと聞いてみると、商人の口利きで荷役として商船に乗せてもらえる事になった。

 商船には、一月ほど乗っていた。最初船酔いで難儀をしたが、後半は波も穏やかで何とか凌ぐことができた。

 東方公国・・・いや、今は東方王国だが、そこに到着した頃には、自分の誕生日が過ぎていた事に気がついた。

 もう一年、放浪している事になる。


 港から南側に位置するハルフェンバック領の最初の街までは乗合馬車を乗り継いで到着出来た。今まであちらこちらで働いていたので、旅費は工面出来た。


 ハルフェンバック領のある街について、領都への旅程を確認しようとしたところ。


「・・・・・・道が無い」

「あぁ、ハルフェンバック領全体が草原地帯にあるからね。皆移動したかったら草原の民に依頼するとか、方角がわかる人と一緒に行くんだよ」


 領内の各都市は草原で繋がっている・・・とは良い言い方だ。

 普通の領地にある街道がない。

 いや、あるにはあるのだが、草原の民や土地勘がある者でないと遭難する確率が高いらしい。

 自慢では無いが、この一年で単独行動について才能が全く無い事は嫌というほど自覚している。

 一人で行けば遭難必至である。


 フィルバートの阿呆

 肝心な情報が全然足りてないではないか


 元領主に悪態をついても仕方がない。


「は、半分は東方王国人が住んでいるではないのか?」

「住んでいるけど、皆、草原生まれの東方国人だからね。慣れてるよ?」


 宿屋の主人にあっさりとそう言われ、がっくりと肩を落とす。

 建物を出て、どこかで領都に行く商人を探そうかと思ったところで、声をかけられた。


「お前、領都に行きたいのか?」


 声の聞こえる方に振り向くと、屈強な男が目の前に立っていた。

 今まで見たことがない服装なので、一見して草原の民であることがわかる。

 年の頃がよくわからない。随分老成しているようにもみえるが、立派な体躯といいキビキビした動きといい、あまり老いている様にも見えなかった。

 ぎろりとした目力が、少しこちらの肝を冷やしたが、スフィルカールは動じる風でも無く、正面から見返す。

 髭に覆われた顔から太い声が放たれた。


「・・馬の扱いは?」

「一通りは習った」


 そうか、と男は頷く。


「馬の世話を手伝うなら、領都まで付いてきて良いぞ?」

「良いのか!?」


 話に飛びつきかけて、一旦落ち着く。

 一瞬足が止まったのに、相手が気がついた。


「ん? 領都に行きたいのではないか?」

「うむ、都合の良いタイミングで都合の良い申出を言ってくる者は何かあるから、すこし警戒する事にしている」

「ほお」


 男は、つかつかとスフィルカールの前に近づき、耳打ちした。


「白皙の肌、黒い髪に青い瞳。蒼黒の龍の鱗の武具。スフィルカール殿下であろう?」


 ぞわっと肌が粟立つ。数歩下がったところで再度距離を詰められた。


「フィルバート・ハルフェンバック・・・今はライルドハイトか。このあたりの草原の民の間では"西域のバトゥ"で通っている者からお前の捜索を頼まれている」


 男は、にやりと笑みを見せた。


「何という僥倖。儂が自ら見つけるとはな」

「・・・お前は・・・何者だ?」

「バトゥからは"御爺様"と呼ばれておる者だ」


 可汗ハーンか!!

 こんな所にぷらっといるものなのか?


 あんぐりと口があいた顔をまじまじと見つめて、可汗は不敵な笑みを見せる。


「・・・だが、儂は納得しておらぬ。何故、バトゥはお前を選んだ?・・お前をバトゥの許に帰すか否かは」


 少し、試させて貰おう。


「だから、付いて参れ。領都に連れて行ってやる」


 これはつまり。


「草原の民に捕まった、と言うことか?」


 安全なのかそうでないのか。


 スフィルカールは頭を抱えた。



 


 




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