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ラウストリーチ家の未熟者  作者: 仲夏月
9."アーサー"
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9-01



 艶の無い、ささくれの目立つ木のテーブルの上に、綺麗とは言えないカード類が並んでいる。

 四人の手元近くには、それぞれのグラスに深い色の液体が揺れている。

 お互いの手札が見えぬように絶妙な距離を保ち、緊張感が漂っていた。


「ほれ、俺の勝ち」


 へへ、とあまり品が良いとは言えない笑い声が漏れて、男が宣言する。さらりと机の上に広げられたカードが、最高の内容であることをひけらかすように灯りに照らされると、すかさず向かい側の指が相手をさした。


「懐に入れたカードを出せ。3枚は隠しているだろう?」

「・・・・えーーーーー、結構上手くやったつもりなんだけどなぁ」


 指摘され、悔しそうに男は懐に隠した手札を出す。

 興がそがれた、と言った風情で他の参加者も勝負を放棄した。


「いい加減諦めろよ。アーサー相手にイカサマなんて通用しないって散々わかっているだろうに」

「勝つことより、如何にイカサマを隠し通すかが目的になってるんじゃぁな」


 机には特にコインなどもなく、一見して純粋にカードゲームに興じているだけのようだが、幾分様子が違っている。

 イカサマを指摘したアーサーと呼ばれる者は、いつもと同じく詰まらなさそうな表情で、腕を組み、男を見下ろした。


「進歩が無くて詰まらん。酒も不味い」

「えー、不味いかぁ? 結構工夫してみたんだけどなぁ」


 四人がつくテーブルの背後にあるカウンターから、そんな声が聞こえた。

 カウンターの向こう側に聞かせるように、少し大きめの声が冷たい。


「第一、酒を密造出来る余裕があるなら、食べる方にまわすべきだろう。いい加減にしろよ」

「市場で廃棄寸前のクズみたいな材料を使っているんだ、有効活用と言え」


 いずれにしても、時間の無駄だ、と言って彼は立ち上がった。


「たまには付き合ってやろうと思って寄ったが、本当に時間の無駄だった。帰る」

「また新酒が出来たら声かけてやるよ。お前に一回くらいは美味いと言わせたいからな」


 背を向けたまま、彼は軽く手を上げて、部屋を後にした。



--------------------------------------------------


 一応、酒場と呼ばれている場所から外に出て、スフィルカールはどんよりとした雲に覆われた空を見上げた。

 息が詰まるような空間から、ようやく外に出て大きく息をつく。

 少し冷えた空気が肺に入り込んで、胸を冷やした。


「あの親父共、面倒くさいと言ったらないな」


 ようやく解放されたと、片方の肩を軽くもんで彼は歩き出す。


 ナザールとフィルバートが心配していたことは半分当たって半分外れていた。

 妙な輩によく絡まれているのは事実である。

 ただ、スフィルカールの不本意な状況にはなっていない。


 リュスラーンと離れて別行動をとったものの、それまで単独行動らしいことをしたことがないスフィルカールには、どの方角にどのように行けば目的地につくのか、皆目見当がつかなかった。

 とりあえず、一番最初に到着した街で馬を売り払い、旅程を確認しようと思っていたが、近い街ではすでに軍人らしき姿が目に入るようになっていて、良馬を売り払う姿は目立つだろうと判断し、断念した。結局、馬の装備を解き次の主人に恵まれるようにと願って野に放った上、街に入った。

 お披露目前であったことが幸いして、帝国の王侯貴族のほとんどはスフィルカールの姿を知らないし、結果として姿絵のようなものも出回っている様子はない。あまり目立つ行動をしなければ、当面捕らえられることは無いだろうと少し気楽にすることにした。名前を偽る必要はあまり感じなかったが、カールという略称には双方の軍幹部の中に勘が働く者もいるやもしれぬ、ということで「アーサー」を名乗ることにした。少し北側の響きだとは思ったが他に思いつく名は無かったし、最初で最後にあった母は、自分と思い込んでいる人形をそう呼んでいたのを思い出してそうしている。


 街で、現在の位置を把握し、ハルフェンバックへの道程を確認しようと思っていたら、帝国と北海領域の両軍の抗争に街が巻き込まれ、住民達に交じって街から避難する羽目になってしまった。

 戦火に焼け出され、路頭に迷う住民に繩で繋がれたように行動して、なんとかこの街に到着したのは一週間程度後のことである。

 どうやら、帝国軍と北海領域軍の最前線からは外れているらしいこの街は、緊張感はあるものの、まだ比較的落ち着いているようだった。戦渦に巻き込まれた周辺の街からの流入もあり、雑多な街へと変貌している。そこでようやくある程度の位置関係を把握することができて、スフィルカールはほっと胸をなで下ろすことができた。


 しかし、路銀はほとんど無いし、どうやら東側には国境沿いに峻嶺な山岳地帯が広がっており、そちらから東方公国側に入るのは無謀のようだった。北側に向かえば港街があるかもと思ったが、街の外の様子は全く情報が無く、港は海船に優れた北海領域軍の手が伸びているかも知れないと思うと、すぐに行動するのはあまり得策とも思えない。

 まずは生活基盤を整え、情報を収集して北に向かう準備をすることが先なのでは無かろうか、とスフィルカールは思い立った。仕事、と言ってもとりあえず市場の荷役しか思いつかなかったのでそこで細々とした小銭を得ていたら、妙な輩に目を付けられたらしい。


 仕事を紹介してやるという言葉は信用は出来なかったが、どうもある程度の情報を持ち、街の住民への影響力もありそうな連中であったので、ついて行ってみることにした。

 そこで、酒場らしい所で少し遊びを教えてやろうと勧められたのがカードゲームである。今思えば、博打に巻き込んで借金でも背負わせるつもりだったのかも知れない。

 博打そのものは知らなかったが、まずはルールを覚えると言って他人の勝負を側で見ていると明らかに挙動がおかしい者が居た。どうも不正行為をしている様子が見て取れて、それを指摘したら勝負相手の他の客が怒り出し、双方乱闘騒ぎになってしまったというわけである。スフィルカール自身はその隙に酒場を抜け出し、素知らぬ顔でまた市場の仕事に戻った。


 数日後、またもや連中がやってきたので、お前達は信用ならんと言ってやったら、イカサマを見抜けられたら商売あがったりなので、お前が見抜けぬように上達するまで付き合えと言われ何故か時々掛け金無しの純粋なゲームに興じる仲になってしまった。そこで出された酒が不味かったのでほとんど手を付けなかったら、それも気に食わない店主が何やら酒の密造に手を出し始めたらしく、時折味見役として呼ばれる始末である。


 多分、リュスラーンが聞いたら怒るし、フィルバートが聞いたら蒼くなる。


 と容易に想像が出来る程度の連中との付き合いではある。

 しかし、基本の生業はあまり碌な商売では無いが、たまに真面な仕事を紹介してくれることもあるのと、根は悪くない連中なので、スフィルカールはそこそこの付き合いを続けることにした。


 そんな日々で、もうすぐ数ヶ月が経とうとしている。


 とっくに、フィルバートの18歳の誕生日も過ぎてしまった。

 本来なら、フィルバートを騎士として叙勲し、ナザールの留学を見送っている筈だったのだ。


 これから、寒い季節がやってくるはずだというのに。

 北側へ向かえば確実なのか、東側に何か最短のルートがあるのか。


 それすらわからない。


 スフィルカールは、とりあえず、生きている事だけで精一杯であった。





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