1-11
リュスラーンに到底およばないのはは当たり前だと思っていた。
フェルナンドに何時もあしらわれるのは当たり前だと思っていた。
だがしかし。
だが、しかし、である。
それは、彼らが大人だからだ。
同年代の子供に、あからさまに手加減されているのを感じるのは正直、正直腹が立つ。
しかも、それが大人にわからないように、巧妙にごまかされているのに気がつくと、本当に、本当に腹が立つ。
スフィルカールは、今日の日の屈辱は多分一生忘れないだろうと心に刻んだ。
「御手合わせ、ありがとうございました」
剣の鍛練場の中央で、息切れ一つ見せない少年の黒い髪の束がふわんと動いたのを確認して、スフィルカールは口元がひきつるのを覚えながら頭を垂れた。
「・・・こちらこそ」
その様子を見て、満足げにフェルナンドは手を叩く。
「いやぁ、お二人とも御見事でした」
「殿下は、なかなか力のある剣筋でございましたな」
「いやいや。それにしても、子爵は随分御身がかるうございますなぁ」
フェルナンドと公爵がにこやかにお互いをほめちぎっている。
大変外面の良いことである。
やさぐれた表情を隠すように顔の汗を布でぬぐっていると、にやにやとリュスラーンが笑みを見せながら隣にちかづき、ぼそぼそと囁いた。
「・・・まるで小さな子供に対する扱いだったねぇ・・」
「うるさい。気がついているなら、その笑顔くらい隠せ。見てるだけでむかっ腹が立つ」
リュスラーンの笑顔がますます憎らしい。
ちらりと、少年を一瞥すると、実に涼やかな澄まし顔で練習用の剣を軽く振っていた。
「お国許では、子爵はだれに剣の師事を?」
「国許では、南方軍総司令官のランド伯爵の指導を受けておりまして」
「ほう、あの剛の者で知られた・・」
筆頭騎士のフェルナンドとしては、少年の剣が誰の指導によるものかは気になることのようだった。
「何せ、華奢でしてな。身軽なだけが取り柄で、まだまだと言われておりますよ」
「ランド伯?・・・サミュエル・ランド伯爵ですか?」
フェルナンドと、公爵の会話に、急にリュスラーンが割り込む。
「はい、そうです」
「それそれは・・。俺は、是非一度ランド卿にお会いしたいと思っていたんですよ。あぁ、すみません。もしよかったら、彼にわたしとも一つ御手合わせ願えますか?」
「リュスラーン様?」
「ライルドハイト侯とですか? それはまたもったいないことで。フィル、折角です、御胸をお借りしなさい。剣豪で御名が通っていらっしゃる方だ」
まずいぞ。
リュスラーンがやる気だ。
フェルナンドとスフィルカールは少しだけ背筋を凍らせた。
「・・・なんでリュスがやる気なんだ」
「先ほどから、ちょっとうずうずしていらっしゃいましたのはわかりましたが・・。ランド伯のお弟子さんということで火がついたんでしょうな」
フェルナンドの隣に移り、ひそひそと小声でかわしていると、少年の声が響く。
「はい! 喜んで」
その快諾に、二人はがくりと肩を落とした。
「受けて立つなよ・・」
「子爵、生きて帰れますかねぇ・・・」
鍛練場の中央で、笑みを浮かべたリュスラーンとやや緊張気味の少年が対峙する。
「では、何時でもどうぞ」
「はい・・。よろしくお願いします」
すらりとした剣を構えた瞬間、動き出したのはリュスラーンの方だ。
「げっ」
「いきなり全速力」
二人は顔をこわばらせる。
強く床を蹴り、横一線になぎ払おうと大きな剣が少年の胴を狙う。
その先に、少年はいない。
剣先からわずかに距離をとって後方に移動すると、床に弾みをつけ、一気に懐近くまで間合いを詰める。
・・・・は、速っ!!!
スフィルカールは顔をしかめた。
先ほど、自分と相対した時とは比べ物にならない。
ギンという金属が触れあう音が響き、互いの剣が押し合う。
「なかなか、良い脚してるけど・・」
ぐいっと、リュスラーンの力が少年の腕の均衡を崩す。
「剣が軽いっ!」
「!!」
少年を力任せに跳ね飛ばし、そのまま真上から剣を振りおろそうとする。
その時。
少年の体が宙を舞った。
「はぁ!?」
「・・・なんと身の軽い・・・」
後方へ、弧を描くように跳躍する。
身を低くし、床を蹴ってリュスラーンの足元を狙う。
「っと!」
「わっ」
少年の剣をわずかによけ、後頭部にめがけ、剣を払う。
さらに身を低くした少年は、転がる前に片手で体をささえ、方向を修正し、さらに剣を振るう。
しばらく、カンカンと剣戟だけがあたりに響く。
「動きは早い、太刀筋も結構・・・でももう疲れたかな!?」
「うわっ!!」
わずかに力が抜けたところをリュスラーンが見逃すはずはない。足でひっかけバランスを崩す。
そのまま背中の服地を掴み放り投げると少年の体は勢いよく壁に叩きつけられた。
カン、と剣の切っ先で石の床に叩く。
「腰の入り方が甘いかな。まだ握力も弱いね。気が抜けると剣がすっぽ抜けてるよ?」
「・・・痛・・・・」
「もう降参する? ちょこまか動くばっかりで、俺は遊び足りてないけどねぇ?」
リュスラーンはにこりと笑って、少年を見下ろす。
軽く、汗をぬぐい、少年はむっと歯をかみしめ、剣豪を見上げた。
「まだまだです!」
その負けん気の強そうな顔に、リュスラーンの顔が喜色満面、となった。
「よーし、その意気だ、フィル君。俺、そういう根性ある顔好きだなぁ」
その様子に、フェルナンドは天を仰ぎ、スフィルカールはため息をついた。
「あーあ・・・フィル君って略称で呼んでしまいましたよ。・・・・完全に気に入りましたね、リュスラーン様」
「フェルナンド、ハルフェンバック子爵が死ぬ前にリュスを止めるぞ」
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・・・で、結局半刻ばかり。休みなし。
東方公国の若い騎士はリュスラーンにみっちりとしごかれた。
ぜいぜい、と肩で息をし、剣を支えにやっと体をおこした少年の前で、息一つ乱さずに、リュスラーンは笑みを見せる。
「もう終わりかな?」
そこで、とうとうスフィルカールは声をあげた。
「そこまでだ、リュス」
「リュスラーン様、少々やり過ぎです。・・・・・・・・・・・・公爵が見ておられます」
フェルナンドの声に、リュスラーンははっと我に還り、急に顔色が悪くなった。
完全に立場を忘れていたと見える。
リュスラーンは慌てて外務卿に頭を下げ始めた。
「すみません、すみません、すみません!」
「手加減しろ、まったく・・・」
「いやぁ、見事見事。フィルにも良い経験となりました」
公爵が一応満足そうなのが幸いである。
リュスラーンは、少年に駆け寄り、身を起こそうと肩に手をかけた。
「ごめん、ごめん。大丈夫かい?」
「・・大丈夫です。御手合わせ、ありがとうございました」
「こちらこそ。・・いやぁ、久々に面白くってついつい・・」
少年はやっとのことで息を整えたようだ
片方の目をつむり、汗を軽くぬぐった少年の顔に、リュスラーンはあれっと顔を近づけた。
「・・・君、シヴァに似てるね?」
「はい・・? シヴァ・・様、ですか? ・」
「うん。あぁ、ほとんど顔見てないか。あいつ逃げ回ってるから。ウチの魔術師でねぇ。・・こう、目つぶってごらんよ」
両眼を閉じさせ、しげしげと眺める。
「似てるなぁ・・。あいつの若いころってこんな感じだったのかな?」
「・・・ほんとだ。シヴァを10歳くらい若くした感じだ」
「よく似ておいでですねぇ・・・」
いつの間にか、スフィルカールとフェルナンドが近寄り、しげしげと眺める。
「あの・・。わたしは何時まで・・?」
「あ、ごめんごめん」
少年の体を起こしてやったところでシヴァの姿が見えた。
「あ、良いところに来た。シヴァ、こっちこっち」
"何を遊んでいるんだ? 予定が過ぎても戻らぬし・・"
するすると文字が流れてきて、フィルバートは目を数度瞬せた。
「え・・・・?」
「あぁ、彼ね。魔力の影響で目も見えないし声も出せないんだ。ウルカってガキの口を借りるか、相手に触るか、こうやって文字に書くかして俺たちと意思疎通してるんだ。顔半分に文様あるけど、他人に影響はないから心配しないでくれよ? 公的な場ではいつも覆面かぶってたからわかんないだろうけど。城の内部では素顔で歩いてることが多いんだ。あぁ、シヴァ、ちょっと待て」
リュスラーンは部屋の入口近くのシヴァを制止する。
「お前、此処へはあまり来ていないから、足元馴れてないだろ?」
リュスラーンはシヴァの手を取ると、鍛練場の中央、フィルバートの前まで連れてこさせる。
「この子、お前の若いころに似てる?」
"わたしの若いころ? 何時の事やら"
「フィルバート・ハルフェンバックでございます、リヒテルヴァルト侯爵」
騎士の少年は挨拶を施すと顔を上げた。
魔術師は、声の方向に顔を向けると、丁寧な礼を返すと指で文字を綴る。
"シヴァとお呼び下さい。私はただの魔術師です"
リュスラーンが少年の顔とシヴァをそれぞれ見比べた。
「目が一番似てるのかもしれない」
「そうですか。似ていると言われるとそうなのかなと思えてきます。それに、私と同じ髪の色ですね」
やはり似ていると言われると気になるのか、騎士の少年の視線はずっとシヴァを見上たままだ。
「まあ、こういうのは当人同士は分かんないよね」
「そうですね、ですが、少し懐かしいような気も致します」
"あまりジロジロ見られると落ち着かぬ"
二人の視線にたまりかねたのをごまかしたいのか、ぽん、とフィルバートの頭に手乗せ、軽く髪を乱すシヴァをリュスラーンがとがめた。
「こら、シヴァ、むやみに子供の頭なでるなって。もう家督も継いでる立派な騎士なんだから、子供扱いはするなよ。・・・ごめんな、フィル君、顔赤くなってるぞ」
リュスラーンの言葉に、フィルバートは俯いた。恥ずかしそうな困ったような顔を見せる。
「い、いえ・・すみません。人に頭に触れられたのが久しかったものですから」
その言葉に、シヴァは少年の顔のあたりを見下ろし、すまなそうに指を動かした。
"これは大変失礼を、ハルフェンバック卿"
「並ぶと兄弟のように見えるね」
ひょいと隣に現れてシヴァの顔を覗き込んだのはハーリヴェル公爵である。
「伯父上まで」
「いやぁ、わたしも初めて御尊顔を拝したが。何せ、貴方は何時もいるのかいないのかわからぬし、いても覆面姿でいらっしゃったからな。うんうん、国許のこの子の母が見たら面白がるだろうに」
「伯父上、失礼ですよ」
「いや、失敬。リヒテルヴァルト卿」
"なにやら、皆にまじまじと見られると落ち着きませぬな。リュスラーン、手ごたえのある相手でわくわくしているのはわかるが、もう次の予定だ"
そうさらさらと指で文字を流し、シヴァはすたすたと退散した。
その背中を見送り、リュスラーンはからからと笑う。
「あはは。あれは相当照れてるな」
「・・・またお話しできたらいいな」
「今度はウルカにも会わせよう。きっと驚くぞ。おっと、あまりグズグズしているとシヴァに叱られる。フィル君、今日はどうもありがとう」
「はい。こちらこそ、ありがとうございました」
少年騎士はにこやかに礼を述べたが、リュスラーンのニコニコした視線と次のセリフに、途中で笑顔を凍りつかせた。
「滞在中、また稽古しような?」
「・・・・・は・・・・・はい・・・・」
至極楽しそうな顔に、ハルフェンバックの笑みがひきつっている。
リュスラーンは剣を片付け、少年二人に軽く手を挙げた。
「じゃあ、俺たちは行くけど。カールはフィル君とそこらで遊んでなよ」
「はぁ?」
「え?」
少年二人の素っ頓狂な顔に、一瞬真面目な表情を見せる。
「ちょっとばかし、大人の御話をしたくてね。あんまり君たちには聞かれたくないから、そこんとこよろしく」
次の瞬間には、またにこやかな笑顔で、リュスラーンはその場を背にする。
「とはいえ・・」
二人きりにしてどうせよと。
スフィルカールは眉根を寄せ、リュスラーンの背中をかるく睨んだ。