8-11
正直に言おう。
極東の剣術は大変面白く、そして大変優雅だった。
ツァイ武官との手合わせは、使用する剣も、相手の動きをかわす動作も、全てがフィルバートにとって刺激的としか言い様がなかった。
最終的にフィルバートは、いつもスフィルカールが何も言えなくなる程度のきらきらしい表情で武官に迫ることになる。
「ツァイ武官殿! わたしが此の都にいる間、ご都合の良い時だけで良いので、その武器の扱い方を教えてください!」
「・・・・お前、その顔わかっててやってるだろ」
しょーがないなぁ、と武官は得意げな顔でジヴァルを一瞥する。
「ふぃるばぁと、に俺の武具をお下がりであげていい? 家から幾つか使い易そうなものを持ってくる」
「"フィルバート"だ。他所ではバトゥと呼べよ? ・・・ほんと、リーフェイは剣士に甘いな」
「だって、リオンが付けた名前は正しく覚えておきたいし? 飲み込み良さそうだし?」
庭の一角で剣をおさめ、軽く汗を拭う。
少し心配そうな表情で、ジヴァルはフィルバートに注意を促す。
「バトゥ、変な癖を付けて国に戻ると、フェルナンドにギチギチにされるよ?」
「時と場合と場所によって剣技を使い分けよというのがリュス様の教えですので、そこは抜かりなくやります!」
「うん・・・君がそう言う顔したら、もう頑張りなさいとしか言い様がないな」
好奇心で満ちた顔つきに、ジヴァルもそれ以上の小言は無用と諦めた。
国に戻る、という言葉に、ツァイ武官の顔が幾分引き締まる。
「そういや、どうするつもりなんだ?」
「後始末を付けなければね」
声色自体は事もなげである。
宮の向こう側、大きな建物のさらに奥の方向に目を向け、ジヴァルは片方の肘を軽く掴んだ。
「国皇に会う」
「会ってどうする?」
武官の言葉に、"飼い殺しの第二皇子"は自分の役割を明言する。
「もう、貴方の思い通りになることは決して無いのだと引導を渡す」
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さすがに、年に一度の行事ごとを前にしておいそれと国皇に会えるかと言えばそうではない。
ジヴァルの部屋付の役人はなんとかしますと言いながらも、年が明けてからでもよいのでは?とやんわりと国皇との面会が難しいことを告げている
そのたびに彼はにこやかな顔で「いやいや、君ならなんとかするでしょう? よろしく」とかわしていた。
なるほど、「どうにかせよ」という代わりに、「君ならなんとか出来るよね?」という手で相手を圧迫していくのか。
そういえば、講義の時間に泣き言を言いかけて「おや? この程度なら、君は答えられるよねえ?」と言われてきたあの感じである。
少しだけ、役人に同情したが助け船を出すつもりは無かった。
ジヴァルは元々侍従や側付の役人を近くに置くのをあまり好まないタイプらしい。
守り役のツァイ武官ですら、四六時中側に控えていたわけでは無かったとのことである。
王城にて最初に呼び出した役人は二十年来の付き合いとのことで、ジヴァルのその性格をよく理解しているようだ。食事や身の回りの必要な事以外ではめったなことでは部屋に近づいてこない。
久々に配置された護衛は、ジヴァルの部屋の遠く要所要所を護っているそうである。
ジヴァルはその分、茶の準備や着替えや入浴など、本来なら侍従達が行う身の回りのことも含めて大概のことは自分でこなすことができる。食事についても毒味役もおかず一人でとるか、昔は極まれにツァイ武官が相伴役として同席していた程度らしい。
私を殺しても益がある者がいないからね、とその理由を語った。
一人きりで、一日の大半を東西の書籍や魔術書と共に過ごし、偶に学問や魔術師の教授と会うか、守り役のツァイ武官と外に出る程度、そんな生活が15歳から東方王国に向かう27歳まで続いていたそうである。
国皇からの呼び出しを待つ間、フィルバートは時折記憶を確認するかのようなジヴァルの話を聞きながら、スフィルカールとは逆だと何故か思った。
15歳までほぼひとりだったスフィルカールに。
15歳からほぼひとりだったジヴァル。
もし父が出奔なぞしなかったら、ジヴァルの生活もきっともう少し違ったのだろう。
"不在の皇太子の代わりにもならない、中途半端な第二皇子だね"
ほんの小さな棘が、だが的確に神経を直接刺激する、とフィルバートは思った。
金に飽かせて集めた膨大な書籍に囲まれてジヴァルが一人きりで過ごしていた間に。
父は紆余曲折あったにせよ彼には到底不可能な道を得ていた。
妻と、小さな子供。
共にあろうと思える君主
苦楽を共有した者達
どれほど小さく、鋭く、苦々しく、彼に棘として刺さったのか。
"君たちに叔父扱いしてもらえたら、少しだけその端っこにいる気になれるだろうか"
ちょっとした戯れ言だと思っていたのに。
急にずっしりとした重みを持って、フィルバートの胸に去来する。
ツァイ武官は、ジヴァルが東方王国に向かう直前に彼の守り役から外れており、現在は国内の軍事要職にあるとのことだ。毎日顔を見に来るが、そう長居せずに自分の職場に戻っていく。
実は、国皇に会えるように色々便宜を図れないか、彼なりに動いてくれているらしいとは部屋付の役人がそっと教えてくれた。
そして、ようやく、国皇からの呼び出しがあった。
四半時程度であるが、非公式に面会するとのことである。
「ま、さっさと後始末をしよう」
ジヴァルの飄々とした風情は、言葉だけであった。
その表情は、氷の様に冷たかった。