8-06
クラウスは、数日後にはもとのようにルドヴィカと一緒に登校した。
口元の痣は、ナザールが口腔内や顎の骨を確認して問題ないと判断した後で治癒魔法で奇麗に治した。
クラウスは、登校して直ぐに喧嘩をした帝国側や北海領域側の者に謝罪したらしい。
東方王国の貴族の子弟ではあるが、どうやらラウストリーチ国の関係者が身近にいるらしいという話をどこからか聞いたのか、喧嘩相手も素直に謝ったことでむしろ学校内での派閥争いも下火になったということである。
クラウスは、進路希望の書類を出したらしい。出したら、またナザールは担任に呼び出された。
魔術師で医者、と書かれていたそうだ。
いや、それって治療師じゃ?
ナザールの疑問に、担任教師がクスクスと笑いながら言うには、クラウスは"僕の家庭教師は魔術師だけど医療魔術も扱えて、すごく格好良いんだよ。それに僕の父上もなろうと思えばすぐにでも治療師の資格がとれるくらいのすごい魔法使いだったんだって、父を知っている人皆が言うんだ。・・・・だから、僕も魔術師とお医者さんが両方出来る人になりたい"と言ったらしい。
いやいや、クラウス
お前どんだけ小っ恥ずかしいの
指先から耳まで真っ赤になってしまったナザールに担任の魔術師は、とりあえずは魔術師専攻ということで扱いますが、同時に治療師の資格が取れないか学内で考えてみますねと、ニコニコなのかニヤニヤなのか判断のつかない笑みでそう言った。
近くに憧れの魔術師さんがいるのは、大変良いことですから貴方もご精進なさってね、とついでに激励され、ますます恐縮するやら恥ずかしいやらである。
喧嘩のことも含めて双子の母には手紙で報告することにした。
どうやら、兄が他家に養子となったことで子爵位に対する重圧を感じているらしい、自分である程度はフォローができたと思うが、帰省の際には是非時間を取ってお話いただけたら、ということでまとめた。
そのうち、治療院の仕事場の見学ができればと思い治療師に聞いてみたところ好意的な反応があった。
しかも、どうせなら次の治療師認定試験を受けたらどうだ、その子供にちょっとばかり大人の力ってものを見せてやれ。あたしが受験の面倒見てやるよ、と言われて何故か次の試験を受ける事になった。受験資格を確認してみると、治療師課程のある学校で所定の単位を取っているか、補助としての実務経験が数年あれば良いらしい。実務経験なんて無いよと首をかしげたら、スフィルカールの健康管理を担当していたことも含めてよいらしい。ラウストリーチ国のロズベルグ翁に証明書が出せるかとたずねたら、オズワルドからの孤児院時代の実績証明も加えた形で書類が来てしまい、いよいよ受験しない理由が無くなってしまった。
年も明けて、季節は巡る。
やがて春になろうかと言う時でも、まだ戦況は落ち着かず、スフィルカールに関する情報もなかった。
極東に行ったと思われるフィルバートやシヴァの様子もわからない。
中立都市は、中立なだけに戦争の緊張感とは無縁に思えた。
いや・・・思っていたのはナザールくらいだったのかも知れない。
双方の陣営の経済力を背景に、毎日のように武器や物資が港からそれぞれの地へ送られていた。
特需だと都市の人々は言う。
北方の戦争が厳しさを増すほどに、この都市は潤っていた。
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その日、研究所の広場ではいつにない賑わいがあった。
数人の研究員が興奮気味に話をしている。
「何かあったんですか?」
ナザールの質問に周囲の一人が言うには、最近大口の助成金が取れたのだと言う。
「最近羽振りの良い商家からの出資金を得た人が出たんだよ」
「へえ、それは良かったですね」
「帝国側が資金源みたいだけどね。強化魔法の研究だってさ」
その言葉に、え?と表情が固くなるのがわかる。
「俺は、北海領域側の息がかかった商会から魔法具の研究助成金が出たんだ」
「そうか、それはすごいな」
「馬鹿高い材料費も、実験道具の購入資金も遠慮なく言ってくれって」
「お互い、忙しいけど頑張らないと」
研究所内では、北海領域側も帝国側も関係なかった。
関係なく、高い効果が得られる研究であればお眼鏡にかなった方の陣営から資金が出るらしい。
中立って、そういうことだよな。
ザワザワする気持ちを抑えて、ナザールは他の者と違和感のない表情につとめた。
「北方の戦争さまさまって所だな」
「そうだな、もう少し続いてくれると、研究も進むな」
取り巻きの誰かが、言ったことが耳をつく。
「唯一残った帝国の王子ってのが見つからない内はこんな感じかな」
全身粟立つような感覚に、ナザールはその場に立ち尽くした。
「もう、生きてないだろうよ。そろそろ一年経つぞ」
「まぁ、どっちでも良いんじゃないかな」
むしろ、見つからない方が、俺達には都合が良い
それ以上は、聞いていられなかった。
そっとその喧騒から離れて、2階の個室に入る。
ガタガタと震える腕を押さえ、仮眠用の寝台に膝を立てて踞った。
「・・・だから、他人の研究に首突っ込んじゃ駄目だって言ったでしょ?」
いつの間にか、所長が部屋に現れていた。
「あの子達も、燥ぎすぎた。自分の研究のことを広場で言うものじゃないって常々言っているんだけど。・・・流石に大口助成金がでたら浮かれちゃったかな」
ことわりなく、机の椅子に座り込んで、所長はため息をついた。
「ロズベルグがちょっと心配してたことになっちゃったねぇ」
「じっ様が・・?」
ちょっと、昔話していいかな?
所長はすこし寂しい笑顔を浮かべて、ひとり言のように話を始めた。