8-03
エドモンドの研究は、精霊や魔法生物の研究とのことだった。
「どちらかというとね、召喚方法よりは彼らの生態とか周辺環境とか、そういうのを研究するのが主でね」
年齢は28歳でこの研究所では中堅、と行ったところらしい。
どうやら都市内の商家の次男坊だか三男坊で、まぁまぁ金持ちのようである。
と言うことで、外部資金には頼らず、個人資金で研究を進めている。
召喚術は必要だから研究しているが、本来は精霊が多く集まる場所や魔法生物が住まう湖畔や森林、山岳部に籠もって彼らの普段の生態を観察したり、話ができるものがいれば話を聞いたりするのが主な研究スタイルとのことである。
「最近ね、ちょっと北側が不穏でしょ?野外調査もままならなくってさ。暫く行けない間に召喚術の魔法構文のブラッシュアップでもしようかなって」
こんな所に、北海領域と帝国の戦争の煽りを食っている人がいた。
「野外調査だとその辺で会えるんだけど。召喚となると、それなりに声質が良くないと力の弱い精霊にはあまり聞こえないって言ってたからさ」
渡された魔法構文と魔方陣のサンプルを読み込んでいると、何か間違っている?とエドモンドがいぶかしげな顔を見せた。
信用していないと思われたかと思い、慌てて説明をする。
「あ、ううん、失礼なことをしていたらごめん。エドさんを信用していないわけじゃ無くて、自分がやろうとしている魔術が何処にどういう影響を与えるか、全部読み込んで理解してからじゃないと発動させてはいけないって国の師匠達からこっぴどく言われているんだ」
少し決まりが悪そうに白状する。
「昔、ウッカリで厩を焦がしちゃって、大目玉食らったんだ」
「あぁ、そういうこと。・・・ここの人たちには大体身に覚えがある話だね」
気になった所があったら言ってよ、と言うので早速質問をしてみる。
「あの・・・俺、召喚術は全然わかんないから教えて欲しいんだけど。・・・ここの文言の意図が良くわからなくて」
「・・? 研究書の事例で頻出する言い回しだけど、違う意味に読める?」
「えっと・・・、あ、これだ」
手近な工具書を引っ張りだし、目当ての用語を引く。
「確かに現代の魔術言語としての意味はそれでいいんだろうけど。・・・・古典ではちょっと違う意味になることがあって・・。この構文の場合は、こっちの方が言いたいことの意味が伝わらないかな」
「古典か・・・」
ナザールの手元の辞書に目をやり、エドモンドは少し考える様子を見せた後、目を細めた。
「うん、ナージャ君の提案を採用しよう。あと、古典とか典拠事例が見たいなら此の辞書じゃ少し不足だ。あとで図書室に行こうよ、古代語とか古い魔術言語も網羅している辞書のセットがあるんだ。古いし、何冊もあって検索が面倒だからって皆あまり使わないけど、君きっとそういうの好きでしょ?」
「それは是非みたいです!」
その後、エドモンドと一緒に実験室で魔方陣を書き、彼の指示にそって呪文を詠唱したところ、彼の旧知の精霊がちいさい力の持ち主からそこそこの魔力を持つ者までわらわらと集まってきた。
精霊はほぼ始めて目にするナザールに、エドモンドは嬉しそうに旧交を暖めながら精霊達を紹介してくれた。精霊達も、ここ最近姿を見せない人間の友人に近況を伝え、新しい人間の知り合いに、どこかで見かけたら宜しくと友好的な様子を見せてくれた。
「よかった、やはり君の声は皆に聞こえやすいみたいだなぁ。しばらく様子がわからなかったから、安心したよ」
「・・エドさん、龍の召喚ってやったことある?」
精霊達を返した後に、恐る恐る聞いてみると、やり方はわかるけどさ、と返ってきた。
「けど僕、龍の知り合いいないよ? 第一彼らは警戒心が強いからね、よほど信用のある人間で、しかも何か自分の一部・・鱗とか牙とか、そういうのを自ら渡した相手でもないかぎり呼びかけても応じないよ?」
「・・・・一応、龍の知り合いがいて。今回の留学とか色々説明してないまま国を出てきちゃったから連絡したいんだけど・・・・鱗もあるよ」
何それ。
龍の知り合いいるの?
ねえねえ、どういう経緯で?
鱗もあるの?
ねえねえ、是非僕に紹介して!
興味関心のあることには距離感を見失うタイプらしい。
ずずっと距離を詰めてきた魔術師と少しづつ距離を取りながら、以前ウッカリで召喚した話をすると、何それ、と最大限呆れられた。
「龍って、ウッカリで呼べるものなの?」
「俺が聞きたいよ・・。魔術師の暗号パズル解いていたら、魔法使いでもない友達二人が悪ノリして落書きしちゃったんだよ。それを、俺が誤爆させたら・・・厩は焦がすわ、龍は出てくるわで・・」
「・・・それは怒られるわけだ」
上手くいくかわかんないけど、呼び名がわかって鱗もあるなら、何とかいけるかな。
折角だから、自分で魔法構文と魔方陣を書くと良い、僕が教える。
エドモンドの指導で、魔法構文と魔方陣のサンプルをかき上げる。
彼の指導のもとで、慎重に実験室内に魔方陣を描き、呪文を詠唱した。
ゆるりとした、通りの良い声が部屋一杯に響き。
朗朗とした呪文が謡うように流れていく中で、ゆっくりと白い姿が二人の前に現れる。
「・・・・・わーおーーー」
白く美しい姿に、エドモンドは思わず声をあげ。
「よー、ナファ、久しぶり」
ナザールはお気楽な様子で久々に会う龍に軽く手を振る。
そのあまりに脳天気な姿に、白い龍はむうっと首をもたげたかた思うと、怒髪天をつく大声を降らせた。
「お久しぶりではございません事よっ!!」
「待って、ナファ。魔方陣から出ないで。座標ずれて元の場所に返すの難しくなるから!」
勢い余って魔方陣から飛び出そうとする龍を制し、ナザールはまずは何も言わずに国を出たことを詫びる。
「連絡もろくにしないで、国から出ちゃってごめんよ。君がいつ城に来るかわかんないから、じっ様に言付けだけしたんだけど、聞いた?」
「聞きましてよ! お城に行ったら、ロズベルグの御爺様から、ナージャ様は暫く国には戻れない、危険だからテリトリーから出ないようにしなさいっとしか聞いておりませんわ。なーんにもわからないし、ご連絡しようもないし、あたくし本当に心配したんですから!!」
「ごめん、ごめん。この通り」
ひたすら謝るナザールの隣で、ワクワク顔のエドモンドがその肘をつついた。
「ねえねえ、このお姐さん紹介してくれない?」
「あ、ごめん。・・・ナファ、俺今魔術の研究で国を出ているんだ。この研究所で暫く勉強する。で、エドさんは召喚術とか勉強していて、俺に龍を呼ぶ方法教えてくれたの。だから、連絡取れたんだよ」
「あら、まぁそういうことでしたの? お見知りおきを。ナファでございますわ。でもあたくし、ナージャ様の龍になるべく、お待ちしているとこですから、すでに予約済みでしてよ?」
「うん、"君"に手を出す阿呆はいないよ。よろしく、僕はエドモンド。エドで良いよ」
少々意味深な言い回しに気がつかず、ナザールは顔をしかめる。
「俺は別に予約なんかしてねぇよ」
「あらぁ、修行したら、あたくしを御側においてくださるんでしょ?」
「修行してどうするか考える、って段階なの。もうー、この件はともかく、ナファは暫くテリトリーから出ちゃダメ。あと、君の知り合いにもそう言ってくれよ。密猟者とか増えてない? 大丈夫?」
一番心配していたことを聞くと、ナファは心配ないと答える。
「ええ、あたくしの周辺は大丈夫でしてよ。・・・北の方が騒がしいのか、あちらの龍が少しこちらに避難していますわ」
「できるだけ助けてあげて。それから、密猟者が増えるようなら、その時だけはテリトリーを出て城のじっ様に助けを求めてね」
「はい、承知いたしました」
「もう少し勉強して慣れてきたら、時々連絡するから」
「はぁい、お待ちしておりますわ。エド様、ナージャ様をしっかりご指導してくださいませね」
あまり長い時間はナザールが疲れるからとそこで召喚は終了し、ナファは元の場所に返された。
「まー・・・通常営業ってとこなのは安心したかな」
まったく変わらない押しの強さにいささか疲れたと肩の力を抜いたナザールに、ずずっとエドモンドが距離を詰める。
「なんで"あんなの"にベタ惚れされてるの?」
「ベタ惚れって・・・・知らないよ。なんか魔力の相性が良いんだろうって師匠が言ってたけど」
「何時召喚したの? その時君何歳?」
「3年位前だよ。俺は元孤児だから正確な年齢わかんないけど、15歳くらい」
「声変わりしていた?」
「ううん、その頃はまだだったと思う。第一俺、呪文詠唱でナファを呼んだわけじゃ無くて、魔方陣の誤爆操作で連れてきちゃったから、どうやったかなんて全然覚えてないよ」
距離感無しのエドモンドの詰問に、近いからとすこし身を離しながら答える。
「その頃は、俺がまだ契約云々考えられるレベルじゃ無いってことで、ちゃんと修行してから結論を出すことにしているんだ」
「で、時々あの龍がラウストリーチ城に遊びに来る仲ってところ?」
「うん、でもあの調子だからさ、まぁまぁ押しが強くって。師匠の龍とは相性悪いからそこでいつも喧嘩している」
「まだ他に龍の知り合いがいるの!?」
「あ・・・・うん。俺を保護してくれた魔術師の龍で。子供の頃から一緒に暮らしてた」
「人間社会になじんで生活しているって事?」
「あいつ、十年以上は人間の姿でいることの方が多い生活しているよ。リンゴのお菓子が好きで、師匠から許可が出るとすっげー嬉しそうに食べるの」
エドモンドは、しばらくナザールを見つめ、今までに無い真剣な顔を近づけた。
「君、魔法生物の保護に興味ある? あるよね? さっき密猟者のこと気にしてたもんね?」
「あ・・・・うん。ナファも密猟者につかまったことがあるし・・」
その表情に強い圧を感じながら、肯定すると、よし決めたとエドモンドは手を打った。
「当面僕が面倒見るから、共同研究者になってよ」
「・・・・助手みたいなものってこと?」
そうそう、とエドモンドは再度距離を詰める。
ナザールも再度のけぞる。
エドモンドはついとナザールの胸に指を置いた。
「僕が君に召喚術を教える。君はより効率的で効果的な魔法構文と魔方陣のあり方を研究したまえ。精霊や、龍を含む魔法生物の保護についても僕が研究指導する。・・・もちろん、途中で君が違うことに関心がでたら、そこで共同研究はお終い、でどう?」
研究に関して大きな費用は僕が出す。
君は図書や辞書など必要な工具書を準備する。どれも一生物だから借り物じゃない方が良い。
まだ、自分には何が出来るかわからない。
なんだか流されているような気もしなくはないが、これも巡り合わせ、という奴かもしれない。
これは、乗っておこう。
「わかった。頑張ってみる」
ナザールは顔を引き締め、頷いた。