「今ならあの時の冤罪も晴らせるのになぁ」と言った場所が、王宮の大衆の前だった。
「エーファ・フォン・フレンツェル! お前との婚約を破棄する!」
王立魔法学園。
大勢の生徒が集まる広間で私は当時の婚約者ライマー・ボルネマン侯爵令息からそう言い放たれた。
彼の後ろには隠れるようにして立つフィリッパ・コルヴィッツ男爵令嬢がいる。
「お前は可憐で大勢から好かれるフィリッパに嫉妬し、数々の嫌がらせを行った。ただ恐怖を与えるだけでは飽き足らず、怪我まで負わせた! それも下手をしたら死すら招きかねない方法で!」
全く身に覚えのない話だ。
……いや、正確に言えば心当たりはあった。
突然私の前で階段を転げ落ちたり、何もしていないのに悲鳴を上げて座り込んだり……そういうフィリッパの様子を私は何度も見てきた。
側から見ればそれは、私が彼女を害したようにしか見えなかっただろう。
だけど私は本当に何もしていなかった。
そしてその事実を信じてくれる者が……少なからずいるものだと、私は期待していた。
だからこそ私は大勢の視線が突き刺さる中、私はただただ困惑したのだ。
私に集まる視線の中に同情や心配の色は一つもない。
その全てが嫌悪や蔑みに染まった、鋭いものばかりだった。
誰もがライマーやフィリッパを信じた。
二人は偽りの言葉に信憑性を孕ませるのも、そして他者の心象を操る事も上手かったのだろう。
気付いた時には私の味方は周りからいなくなっていた。
ライマーとフィリッパが次々と、偽りの罪を私に着せる。
私も必死に違うと弁明した。
けれどその声はライマーの気迫や周囲の視線に負けて消えていった。
多数派の見解に打ち勝つには、それだけ明白な証拠が必要だった。
けれどこの時の私にはそれをすぐに用意する術などなくて。
また、婚約破棄や悪女としての冤罪、汚名……それらを押し付けられた自分の行く末が過って、それが恐ろしすぎて……私は反論する勇気すら失った。
愚かな話だ。
この場では諦める事こそが最も愚策であったというのに。
この日から、私は居場所を失った。
***
数年後、私は家を出て魔法塔と呼ばれる機関に就職した。
王宮の敷地の端辺りに位置する魔法塔は魔法の進化を目的とし、国中から優秀な魔導師を集めて研究を進める、所謂研究施設だ。
婚約破棄後。
社交界では笑いものになり、生家である伯爵家では愚かな出来損ないとして嫌われるようになった私に居場所などなく。
私はそんな環境から逃げる為、周囲から蔑まれながらも学園に通い続け、必死に勉強をして……そうして、魔法塔へ就職した。
魔法塔内には様々な研究道具の他、衣食住は殆どが揃っており、外を出歩かずとも生活が完結する。
外との関係を断つにはうってつけという点が、私にとってとても都合が良かった。
また、私の悪評はあくまで噂……前科がついたわけではない事も大きかったのだろう。
魔法塔は実力主義。悪評によって私が弾かれる事もなかった。
そんなこんなで魔法塔に就職した私はすっかりこの巨大な塔の中にある自室と研究室を行き来するだけの生活を送るようになり……早二年が過ぎていた。
「魔法の才がある方だったのも幸いでしたね。あの環境から逃げる為とはいえ、魔法が嫌いだったり、無理矢理詰め込んでなんとか就職できるレベルだったなら、きっとここでの生活も苦痛だったでしょうから」
研究室のビーカーにコーヒーを二人分淹れ、そのうちの一つを客人に差し出す。
さらさらとした黒髪に金色の瞳を持つ美青年。
彼は魔法塔に引き篭もるようになった私の元を訪れる物好きであり……私の友のような存在でもあった。
「どうも」
彼はビーカーを受け取ると、思いの外熱くなっていたそれをローブの袖で包む。
彼の名はディートハルト・キルンベルガー。
魔法塔の先輩であり、また私の母校の先輩でもある。
そして……我が国有数の大貴族、キルンベルガー公爵家の嫡男でもあった。
「君が学園の話をするのも珍しい。漸く吹っ切れたという事か」
「そうですね。笑い話にできるくらいには」
ディートハルト様の言葉に私は肩を竦めて笑う。
婚約破棄から三年弱。
魔法塔という新しい環境でそれなりに良好な人間関係を築けるようになり、おまけに魔法の腕も塔へ入る前とは段違いに上達した。
入所時に定めた研究課題も既に結果が出て、丁度最近論文を発表したところ。それに対する世間の評価は謙遜しきれない程に大きいものだった。
自分に自信がついたのもあるのだろう。
私は漸く、過去の苦い思い出を振り返るだけの心の余裕が生まれつつあった。
「しかし、歯痒いものだな。俺がその場にいれば、助け舟くらい出せたかもしれないのに」
「ディートハルト様はその時既に卒業していたでしょう。それに、公爵家の名を使えばあの瞬間の騒ぎは収まったかもしれませんが、それでは根本的な解決にはならない。遅かれ早かれ、私は同じ結末を迎えていたはずです」
学生時代。ディートハルト様とは学年が違っていたものの、魔法に対する熱意の高さから意気投合し、親しくなったのだ。
だからこそ、当時の彼の実力も私は知っている。
魔法塔に入ってからの私やディートハルト様はみるみる内に大きな成長を遂げたが、学生時代の私達は学生の中では上澄み……研究員としてはどこにでもいるだろう程度の知識と技術しか持っていなかった。
故に、仮にあの事件がディートハルト様の卒業前に起こった事であったとしても、私の罪をその場で晴らすような事はきっとできなかっただろう。
「まぁ……今の君ならば、簡単に冤罪を晴らす事もできるだろうけどな?」
その事実を受け入れつつも、ディートハルト様は挑戦的な視線を私に向ける。
彼が言わんとしている事を理解した私は笑みを深める。
「それはそうでしょうね。なんせ、当時の私が立たされたあの状況は、今の私の研究課題とあまりに相性が良かった」
自信過剰ではない。事実だ。
仮に今の私が時間を遡り、過去の私の立場となった場合……どう立ち回るべきかのイメージが詳細に湧いていた。
私は過去を思い出し、目を細めながらコーヒーを飲む。
淹れたてだったはずのそれは、いつの間にか飲みやすい温度になっていた。
「冤罪を晴らそうとは思わないのか? もしくは自分を陥れた奴らの罪を暴こうだとか」
「興味ありませんね。もう終わった事ですから」
「ふぅん?」
何かを見透かしたような視線が私を見つめる。
私はそれに気付いていないフリをする。
「俺としては十二分に興味があるけどな」
「私が実際にあの魔法を使うところにですか?」
「それもそうだが……単純に、大切な人が不当な扱いを受けたまま泣き寝入りしている状況は面白くない」
『大切な人』。
そんな直接的な言葉が彼の口から出るとは思っておらず、私は驚く。
ディートハルト様は聡明だが、同時に皮肉屋だ。
基本的に遠回しな言葉を使うし、相手を素直に称賛するような事の方が少ない。
だからこそ、彼の言葉が意外でもあり……少し、嬉しくもあった。
「光栄ですね」
「本当に思っているか?」
「どうでしょう」
「全く。……おっと、そろそろいい時間だな」
二つのビーカーが空になった頃。
ディートハルト様はビーカーをソファ近くのローテーブルに置き、懐中時計で時間を確認してから立ち上がる。
彼は魔法塔に所属しているものの、あまりここに長居する事はない。
公爵家の嫡男……次期公爵である彼は魔法塔の魔導師という称号と、魔法塔に好きに出入りする権利は持っているものの、本業は現公爵の補佐や、次期公爵としての引き継ぎ業務だ。
だから彼が私の研究室で寛ぐのは、コーヒー一杯を飲み終えるまで。
なんとなく、互いにそういう習慣がついていた。
だからこそ、今日もそろそろ帰るのだろうと思った私はディートハルト様を見送る為に彼に近づく。
すると彼は扉の前で足を止め、私の顔を覗き込んだ。
「折角だ。今の君ならば、過去の君をどう救って見せるのか――俺にくらい教えてくれてもいいだろう?」
「えぇ……」
「ついでに散歩にでも付き合ってくれ」
「私、外は嫌いなんですって」
「次期公爵命令だ」
「どうでもいい事に地位を振り翳さないでください」
文句を言いつつも、彼と過ごす時間は悪くないと思っている為に、私は彼の後に続く事にした。
外に出れば、薄暗い景色と空に散りばめられた星々、そして大きな月が私達を見下ろしている。
久しぶりに目の当たりにした外の景色に私が意識を傾けていると、隣に立っていたディートハルト様が杖を振るった。
彼の杖の先と足元に、四角形を掛け合わせたような魔法陣が形成される。
瞬間、周囲の景色が移り変わる。
背の高い塔や離れた場所に見える王宮などの輪郭が歪み、消えていく。
代わりに私達を取り囲んだのは真昼の太陽とその下に広がる広大な花畑だった。
無数の花々が風に揺れ、花弁を巻き上げて吹雪のように宙を漂う。
「うわ、ぁ……」
ディートハルト様の得意分野であり、魔法塔の研究課題として選んだのは幻影魔法。
本来その場に存在しないものを、あたかも存在するかのように見せたり、逆に存在するものを隠したりする魔法だ。
彼の幻影魔法は精錬されていて、思わず目の前の光景が幻である事を忘れてしまいそうになる。
「相変わらずすごいですね」
「そうだろう」
幻影魔法においては彼の右に出る者はいない。
それを自覚しているからだろう。
得意げでもなんでもなく、ただの事実として受け入れているような返事があった。
それから彼は私に手を差し出す。
「天才の魔導師が二人。ただの散歩なんてつまらないだろう?」
何をするつもりなのだろうと疑問に思いながらも、私は彼の手に触れる。
そしてディートハルト様は私の手を握った、次の瞬間。
ふわり、と私たちの体は浮き上がる。
「浮遊魔法なら私も使えますよ?」
「こういう時は黙ってエスコートされておけばいいんだ」
現在は魔法によって人も空が飛べるようになった時代。
長距離は難しいが、散歩程度の範囲ならば魔法を学ぶ者の殆どが浮遊魔法を使うことができる。
しかしながらディートハルト様は私に魔法を使わせる気がないそうなので、私はお言葉に甘えて彼の魔法に身を委ねる事にした。
それから私達は昼の花畑を上から眺めつつ、のんびり中を漂い……やがて花畑の終わりに見えた小屋へ私は招かれる。
「折角だから曲でも流そうか」
「ちょっと、嘘でしょう?」
そう言ってディートハルト様が杖を振るうと、思いの外壮大な……貴族の夜会で聞くようなオーケストラが聞こえ始め、その曲があまりにも周囲の光景とチグハグで、私は思わず吹き出してしまう。
ディートハルト様も釣られるように笑みを返しつつ、小屋の扉を開けて私を中に招き入れる。
それから彼は期待するように、私の顔を覗き込んでみせた。
「それで?」
「え?」
「先程の続きだ。エーファ・フォン・フレンツェルは学生時代、婚約者とその浮気相手にいわれのない罪を着せられた。当時の君は、人の圧に負け、上手く弁明ができなかった。けれど今の君がもし、その現場に居合わせたとしたら……一体、どうやってその場を切り抜けるんだ?」
「ああ」
そういえばそんな話だった、と私は思い出す。
別に減るものではないし、ディートハルト様は先に素敵な幻を見せてくれた。
ならば私もお返しとして、彼の望みを叶えてあげよう。
そう思った私は、ポケットから王立魔法学園の校章を取り出した。
なんとなく、それを持ち歩き続けてしまっていたのは……もしかしたら今日のように、私の努力を誰かへ伝える為だったのかもしれない。
「私の研究課題が『時』に纏わる魔法である事はご存知ですよね?」
「ああ。既に論文でも充分な根拠と結果を認められている」
「はい」
ディートハルト様の返事に私は頷きを返す。
「時間を巻き戻すとか、未来を見るとか、そういう次元の事は現在の魔法の技術では難しい。けれど――過去の出来事をその事実のままに再生する。それを私は可能にしました」
私は校章に魔力を込める。
そして再生する過去の光景を強く思い浮かべた。
すると、校章を握る手のひらに小さな円形の魔法陣、そして私の足元を中心に、形は手のひらのものと同様だが、より大きな魔法陣が出現し、光を帯びる。
視線の先では満足そうに微笑むディートハルト様がいて、私も釣られて笑顔になった。
「映し出したい過去の光景を再生するには、そこに存在したものを媒介にする必要があります。そして、複雑な魔力回路を構築し、複数箇所から同時に魔力を放出すると――こうして、媒介を中心として当時の光景が再生できる」
私とディートハルト様の前に、半透明の幻が浮かび上がる。
突然嬉々とした様子で私に近づくフィリッパ。
彼女は私の傍をすり抜ける時、勝手に地面に転ぶフリをする。
「こうして時間を停止する事もできます。……おかげで、私が彼女に触れていない事も、彼女が自ら転ぶフリをした事も……そしてその時に醜悪な笑みを浮かべている事まで全て丸わかりです」
私は幻影を一度止めて、転びかけているフィリッパを杖で指し示す。
「なるほど、これは確かに」
その後、再び再生される幻影の中でフィリッパは私に転ばされたと泣き真似を始め、周りの同情を買い始める。
私はそれを尻目に杖を振るった。
「それに、魔力を余分に消費すれば時間を飛ばす事もできます」
目の前の光景が変わる。
階段を一人で転がるフリをする(ちゃっかり受け身はとっている)フィリッパ、自分の持ち物を自分で汚しておいて私を名指しするフィリッパ、自分の帰りの馬車に細工をしておいてそれに偶然気付いたフリをし、先ほどまで私が馬車の前にいたのを見たなどと言い出すフィリッパ……。
そんな彼女の姿を次々と映し出し、最後に私はあの日の婚約破棄の現場を幻影に出す。
「この時、フィリッパだけではなくライマーも私を見て笑っていたんです。きっと私を陥れるのは二人の計画だったのでしょう。二人にとって私は、真実の愛を阻む邪魔者のようでしたから」
絶望する過去の私を見て勝ち誇ったような笑みを浮かべるライマーとフィリッパ。
その光景で幻影を停止させた私は肩を竦めた。
私は知っている。
婚約破棄直後に二人は婚約を交わした事を。
私への冤罪は、元々、二人が結ばれる為の材料でしかなかったのだろう。
「……と、いうのを、婚約破棄の現場で見せつければ良いだけです」
「君のこの魔法は既に魔導師界隈では認められているし、君が今出している魔法陣の形と論文に提出された魔法陣の形が一致する事も簡単に証明できるだろうから……これを見せられたとて、偽りだと騒げる者は確かにいないだろうな」
魔法陣の形は使う魔法の種類に依存する。
例えば、幻影系と時間系の魔法は根本の性質が異なる為に魔法を行使した際に現れる魔法陣の形は大きく異なり、だからこそ、今私が生み出した映像が幻影魔法によって生み出された偽りではないという証明になる。
「確かにこれなら、君を疑う者はいないし、寧ろ君を陥れようとした者達の浅ましさや愚かさが目立つようになるだろう」
「……そうですね」
ディートハルト様の言葉に返事をしながら、私は苦笑する。
少しだけ、惜しいような気がしてきたのだ。
「あーあ」
久しぶりにライマーとフィリッパのこの醜悪な笑みを見て、少しだけ腹立たしさを取り戻していた。
だから私は、自分の中に生まれつつあった悔しさを誤魔化す為にディートハルト様へ笑い掛け、冗談混じりに呟いた。
「今ならあの時の冤罪も晴らせるのになぁ」
私の声を聞いたディートハルト様が笑みを深める。
「そうだな」
彼は口元をローブの袖で隠し、くつくつと声をもらす。
「しっかり、晴らせただろうさ」
そして杖を大きく一振りし――
瞬間。
私の前に広がる光景が瞬きのうちに掻き消された。
小屋の内装も、真昼の太陽も、花畑もない。
代わりに広がっていたのは――シャンデリアと絵画、インテリアなどに彩られた煌びやかな大広間と、そこに集まるドレスやタキシードに身を包んだ貴族達。
「……………………へ?」
突然の事に私は呆然とする。
数え切れない程の貴族が私達を見つめている。
どこからか、パーティーの為に演奏しているオーケストラの音楽まで聞こえていた。
真っ白になる頭。
しかしその中でもはっきりと理解する事があった。
――私はこの場所を知っている。
貴族令嬢として生きていた時代、数度だけ訪れた事がある。
国一番の規模の夜会に参加したときのことだ。
ここは――王宮の大広間だ。
そう気付き、周囲を見てみれば、なるほど確かに王太子殿下や国王陛下らしき人物の姿も遠目に見られた。
そんな高貴な立場の方々ですら、驚いたような顔で私達を見ている。
私は驚きのあまり開いた口が塞がらない。
はくはくと動かしながらディートハルト様を見れば、彼は何故か得意げにサムズアップしている。
今の彼の杖の先には魔法陣が浮かんでいない。
……今、目の前に広がる光景こそ現実であると、知らしめられる。
なるほど、と私は理解した。
ディートハルト様は私を嵌めたのだ。
散歩と銘打って幻影を見せ、それとなく王宮の大広間まで誘導し――私自身に大衆の前で冤罪を晴らすよう仕向けたのだ。
心臓が飛び出るかというほど暴れ回り、冷や汗が大量に吹き出す。
そんな中、王宮のパーティーに参加していた大勢の視線は私から別の方へと移され……
「ち、違う! こんなのは嘘だ!」
そう喚くライマーと、顔を青ざめながら震えるフィリッパへ向けられる。
その視線の鋭さ、冷たさを私はよく知っている。
誰も信じてはいない、軽蔑の視線。
「この魔法の存在が既に認められている事実は先ほど話した通りだ。これを偽りだというのならば、彼女のように年単位で魔法の研究を繰り返し、証明する材料を見つめるしかないな。根拠のない主張が認められる時期は、もう過ぎたというわけだ」
ディートハルト様は声高らかにそう言った。
瞬間、フィリッパはワッと泣きじゃくって崩れ落ち、ライマーは顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりと忙しなく表情を変えたまま、言葉を失うのだった。
「何の未練も、興味もなくなったと言うのなら、そんなクソみたいな過去の象徴である校章なんて毎日持ち歩く訳ないだろう?」
そんなカオスな光景を遠巻きに見つめながら、ディートハルト様が笑う。
(……そっか)
その言葉で漸く、私は自覚した。
諦めたフリをしていた。
自分の失った評判を取り戻すには、もう一度大勢の視線に立ち向かわなければならない。
けれどあの過去が、あの時の視線が、あまりにも悲しくて恐ろしかった。
……二度と浴びたくはないと思うほどに。
だからこそ私は未練がましく、過去の自分を救うような方法を研究課題に選びながらも、手に入れた手段を使う事を諦めようとしていた。
けれど私はきっと認められたかったし、自分が無罪だと言う事を正しく理解して欲しかった。
そしてきっとそれに、ディートハルト様は気付いていた。
だからこんなめちゃくちゃな手段で、彼は私を人前に引き摺り出したのだろう。
「ディートハルト様」
私は、誰も自分を責めない光景を目の当たりにしながら、静かに涙を流した。
それから傍に立っていた彼に笑い掛ける。
「ありがとう、ございます」
「……いいや」
ディートハルト様はゆっくり目を見開いた後、優しく微笑んだ。
「俺は、俺の為に動いただけだ」
そう言う彼の表情はとても優しくて、彼の瞳は私だけをまっすぐ見つめていて。
私はそんな彼に目を奪われるのだった。
***
それからすぐに、フィリッパの家は爵位の返上を命じられたとか。
男爵家という下級貴族が平然と伯爵家を陥れようとしたのだ。当然の事だった。
また、フィリッパが貴族でなくなった事で婚約者を失ったライマーへの風当たりも当然強く。
彼はあの後も必死に自分達は間違っていない、全てはエーファの企てだと主張したらしいが、誰も聞く耳を持ちはしなかった。
結果、いつまでも惨めにホラを吹く彼を煩わしく思い、また家の評判を下げる要因でしかないと判断したボルネマン伯爵夫妻は彼を領地の辺境へ送り、二度と社交界へ出さないと決めたらしい。
因みに家族からは謝罪の手紙などが魔法塔に届き、面会の申し出もあったが……それは全て突っぱねた。
多少の情はあるけれど、一番に助けて欲しかった時に見放したのは家族の方だ。今更全て元通り……という訳にはいかなかった。
ただ、少しでも罪悪を覚えているのであればと私はある願いを書面で送った。
簡単な願いだ、
後日送られてくる書面に、同意のサインをしてくれ……というものなのだから。
***
それから一年が経ち。
私は魔法塔の寮を出る事になった。
これからも魔法塔の魔導士としての研究は続ける。
ただ、住む場所を変えるというだけの話だ。
私は片付いた部屋から鞄を持ち出し、魔法塔を出る。
そして馬車を停めるロータリーまでやってきたところで……ある馬車から一人の男性が現れた。
「エーファ」
「ディートハルト様」
ディートハルト様は私に近づくと、何とも自然な動きで私の鞄を持った。
「様、はもうやめないか」
「あ」
彼は苦笑しながら私に手を差し出す。
「すみません、まだあまり慣れなくて」
「婚約から一年経ったのに、いまだに敬語も取れない、と」
「……大目に見てください」
「まあ、その辺りは追々だな」
私は彼の手を取る。
それから私達は互いに見つめ合い、笑い合った。
「何せこれからは――嫌と言うほど同じ時間を過ごす事になる」
「……そうですね。これからも、よろしくお願いします。ディートハルトさ……」
「ディート」
ディートハルト様が私の声を遮り、にっこりと微笑む。
その促しに従うように、私はもごもごと口を動かした。
「でぃ、ディート……」
「はい、良くできました」
ディートは私の額に口付けを落とす。
それから私は彼に手を引かれて馬車に乗り込み、魔法塔を離れる。
その馬車は、私の新たな家――キルンベルガー公爵邸へと向かって走り出すのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました!
もし楽しんでいただけた場合には是非とも
リアクション、ブックマーク、評価、などなど頂けますと、大変励みになります!
また他にもたくさん短編をアップしているので、気に入って頂けた方は是非マイページまでお越しください!
それでは、ご縁がありましたらまたどこかで!




