8話 呪いと「真実の愛」④
馬車が揺れながら、街へと続く道を進んでいた。
窓の外を見ていた私は、ふとヴィクター様の方を振り返った。
「友達いないんですね」
「うるさい」
ヴィクター様は即座に返した。
「でも、寂しくないんですか?」
「別に。一人の方が楽だ」
彼はそっぽを向いたまま答える。けれど、その横顔はどこか寂しそうに見えた。
私は少し考えてから、ぽんと手を叩いた。
「私が友達になってあげましょうか」
「誰がお前と友達になんかなるか!」
ヴィクター様が勢いよくこちらを向いた。頬がほんのり赤くなっているのは、きっと怒っているからだろう。
その時、遠くから賑やかな音楽が聞こえてきた。太鼓の音に混じって、笑い声や歓声も聞こえる。
「……今日はお祭りですか?」
私が聞くと、ヴィクター様は少し間を置いてから答えた。
「街の復興祭だ。3年前にこの街――ノスウィックは魔獣に襲われて壊滅したんだ。死者も沢山出してしまった」
私は今朝のオリバーさんの言葉を思い出した。エレノア様が行方不明になったのは、きっとその魔獣の襲撃事件なのだろう。
ヴィクター様の言葉から、かなり大きな被害だったことがわかる。
(エレノア様は行方不明って言われているけれど、たぶん、もう――)
私は思わず目を伏せた。
「俺が、もう少し早く到着していれば」
ヴィクター様の声が、少しだけ沈んだ。ぎゅっと拳を握りしめている。
私の両親も魔獣に襲われて死んでしまったから、彼の気持ちは痛いほどわかった。自分に力が無いことをどれだけ恨んだかわからない。
ヴィクター様の場合なんて、自分に力があるのにも関わらず間に合わなかったのだ。その後悔は計り知れない。
私は思わず身を乗り出した。
「せっかくなので、見ていきませんか!」
「は?」
「お祭りです! きっと楽しいですよ」
ヴィクター様は面倒くさそうな顔をした。けれど、私が食い下がって見つめていると、小さくため息をついた。
「……少しだけだぞ」
もしかしたら、ヴィクター様は意外にお願いに弱いのかもしれない……などと思った。
◇
ノスウィックの大通りに入ると、色とりどりの旗が飾られていた。
通りには出店が並んでいて、焼き菓子やパイの良い香りが漂っている。この前、私がオリバーさんと来たときに屋台が出ていたのは、祭りの準備段階だったのだろうか。
子どもたちが走り回り、笑い声が響いていた。音楽隊が演奏する陽気な曲が、街中に響き渡っている。
私は嬉しくなって、きょろきょろと辺りを見回した。こんなに賑やかなお祭り、初めてだったのだ。
だが、なんだか周囲の視線がこちらを向いている気がする。
「領主様だ……」
「相変わらず、怖いお顔……」
すれ違う人々が、ヴィクター様を見て小声で囁いている。
(そうか、「グランハート公爵」だもんね……)
そりゃあ、領地では有名人のはずだ。
しかし、ヴィクター様は気にした様子もなく、淡々と歩いていた。背筋を伸ばして、真っ直ぐ前を見ている。
その時、私の視界に何かがふわりと飛び込んできた。
「わっ!」
それは小さな、毛玉のような生き物だった。ふわふわの白い毛に、黒い丸い目。鼻先がぴくぴくと動いている。
「小さい魔獣だ。害はない」
ヴィクター様が手を伸ばすと、魔獣は彼の手にちょこんと乗った。ふわふわの毛がヴィクター様の手のひらに収まっている。
まんまるで毛玉のような姿に、思わず触りたくなってしまう可愛さだ。
「こんなに可愛いのに、魔獣なんですもんね」
「まあ、大きくなると凶暴にはなるが」
そう言いながら、ヴィクター様は魔獣を森の方へ逃がしてやった。魔獣は一度だけこちらを振り返ると、木々の間に消えていった。
私がその様子を見ていると、ヴィクター様が何かに気づいたような顔をした。赤い瞳が、じっと私を見つめている。
「そうか。お前は魔力が全く無いのか……」
「え、ええ」
私が頷くと、ヴィクター様は少し考えるように黙った。眉間に皺を寄せて、腕を組んでいる。
「魔力が無いと、魔獣に襲われやすい。それに、今みたいな小さいのでも、運が悪ければ怪我をする」
「そうなんですか……」
あのふわふわ毛玉ですら触れないのかと思うと、なんだか情けなくなってくる。
グランハート領は魔獣だらけだというのに、私はこれから生きていけるのだろうか。
「危ないから、一時的に魔力を送る」
「えっ……」
そう言って、ヴィクター様はおもむろに私の手を取った。ぎゅっと彼の両手が私の冷えた手を包む。
突然の出来事すぎて、どきんと心臓が跳ねる。
「おい動くな。集中できない」
ヴィクター様の手は、私の何倍も温かかった。
長くてごつごつとした指が、私の手をしっかりと覆っている。女性とは明らかに違う手の大きさと手の形に、なぜか逃げ出したいような気持になってしまう。
(わっ……!)
その後、じんわりと、身体の中に何かが流れ込んでくる感覚があった。少しだけ痺れるようだけれど、まるで、身体の中に光が灯ったみたいな不思議な感じだ。
「これで、少しは魔力が宿った。さっきの魔獣くらいなら対処できるだろう」
ヴィクター様がそう言って手を離そうとしたけれど、私は思わず握り返していた。
「じゃあ、大きな魔獣が来たら……?」
「知るか。走って逃げろ」
ヴィクター様は興味無さげにそう言った。
「あの、このまま手を繋いでいた方が、安全じゃないですか」
「は?」
「私、死ぬのは、困りますし!」
私は真剣だった。せっかく快適な生活がはじまったばかりだというのに、魔獣に襲われて死ぬのはまっぴらごめんだった。
「……厄介な女め」
ヴィクター様は呆れた顔をしたけれど、手を繋いだまま歩き出してくれた。
(ヴィクター様って、なんだかんだ、優しいような)
私は繋いだ手を見つめて不思議な気持ちになった。
(手、大きいな……)
ヴィクター様の手は、少し硬い。魔法使いなのに、剣でも握っているのだろうか。指はすらりと長くて、綺麗な形をしている。
私はそっと、繋いだ手に視線を落とした。
思えば、こんな風に誰かと手を繋ぐなんて、初めてだったのだ。
「何をニヤニヤしてるんだ」
「し、してません!」
慌てて顔を上げると、ヴィクター様が怪訝そうにこちらを見ている。その距離が近い気がして、私は思わず顔を背けた。
(し、心臓に悪い……)




