9話 呪いと「真実の愛」⑤
◇
ちょうどその時、前から走ってくる子どもの姿が見えた。
この前、ヴィクター様に助けられた子だ。その後ろには、母親らしい女性もいる。
「領主様、先日はありがとうございました!」
母親が深く頭を下げた。
「礼なんて良い。子どもから目を離すなよ」
ヴィクター様は相変わらず素っ気ない。邪魔者でも追い払うかのように、少し早歩きになって通り過ぎようとする。
しかし、子どもというのは恐れ知らずなものである。
「わ! 怖いお兄ちゃんと――隣は、お嫁さん?」
子どもが目を丸くして、私たちの繋いだ手を指さしたのだ。隣でヴィクター様が息を飲む音が聞こえる。
私は、慌てて彼の手を離した。
「あっ、こら! し、失礼しました……」
母親が慌てて子どもの手を引っ張るが、子どもはその場を動こうとしない。
「なんで? お嫁さんでしょ? さっき手つないでたよ?」
「~~~~っ!」
ヴィクター様の方をちらりと見れば、なんと耳まで赤くなっているではないか。
(恐るべし、子どもの力……)
その子はヴィクター様が羞恥に駆られているとはつゆ知らず、無邪気に手を振って去っていく。
「じゃあね! 領主さま! お嫁さん!」
無邪気すぎる姿が可愛くて、私は思わず、去っていく親子に手を振った。
「おい、手を振るな! 変な勘違いされるだろうが!」
ヴィクター様が、私の手を掴んで無理矢理下げようとする。
「で、でも、せっかく挨拶してくれたので……」
「余計なことするな!」
ぷいっとそっぽを向いたヴィクター様の耳は、まだ赤いままだった。よほど、恥ずかしかったらしい。
その後もしばらく出店が並ぶ通りを進んでいると、ふと目に留まるものがあった。
小さな店先に並べられた、アクセサリーだった。
(私、アクセサリーなんて持ったことなかったんだよね……)
母のアクセサリーは全て叔父と叔母に売り払われてしまったし、服以外の不要な装飾品なんて私に買って貰えるはずも無かった。
いつも着飾って出かける叔母とベアトリスを羨ましく眺めていたものだ。
アクセサリーをじっと見ていると、その中に三日月の形をしたネックレスがあった。銀色に輝いていて、その中に色とりどりの宝石が埋め込まれている。
陽の光を浴びてキラキラと輝いているそのネックレスに目を奪われた私は思わず足を止めた。
「それが欲しいのか?」
「えっ、いや……」
ヴィクター様の声がして、私は慌てて首を振る。
よく見れば、見たことの無い桁数が並んでいて、顔が青ざめる。
「買ってやる」
「えっ」
思いもしなかった言葉をかけられて思わず、私は固まってしまう。
私が混乱して目を白黒させていると、ヴィクター様は店主に声をかけているではないか。
「あの、本当にいいです!」
「お前、さっきからずっと見てただろ」
「で、でも……高いです」
「仮にも公爵の婚約者が、ネックレスごときに『高い』なんて言うな」
ヴィクター様はネックレスを買うと、「ほら」と私に手渡した。
私は、恐る恐る受け取ると、きらきらと輝くそれをぎゅっと握りしめた。
彼にとっては気まぐれで買ってくれただけなのかもしれないが、誰かからプレゼント貰うことがこんなにも嬉しいことだとは思わなかったのだ。
「……ありがとうございます」
「喜ぶほどのものじゃない」
ヴィクター様はそっぽを向いたあと、大股の早歩きで馬車まで戻っていく。
乗り込む前に、ヴィクター様が小さく呟いた。
「……今日は、悪くない休日だった」




