白い結婚だと言われたので、推し活に全振りしたら夫と愛人が崩壊した話
◆宣伝
12月17日公開予定
『婚約破棄? 喜んで♡相談女と元婚約者の末路』
2000文字ざまぁショートストーリー
「これは白い結婚だ、君を抱くつもりはない」
結婚初夜の寝所で夫アリステルがそう宣言した瞬間、私は内心で両拳を突き上げた。
「……あ、ありがとうございます——!」
(神よありがとう! 彼、イケメンだけどタイプじゃないし! 子作りキャンセルとか最高の待遇じゃん!)
アリステルは驚いたように瞬き、薄く笑う。
「……遠慮がないな。いや、それでいい。互いに自由にしよう」
(互いに自由…!? 神なの?)
この結婚は、彼の領地の鉱山と、うちの領地の運送路を一本化するためのもの。
形だけでも夫婦でいなければならず、離縁など論外。未来に絶望していたというのに――
まさかこんな甘いご褒美が待っているなんて。
「わかりました! どうぞ私の事はお気になさらないでください! 私は私の部屋で休みますので!」
そう言って、私は自室へと引っ込んだ。
そして翌朝。
「奥方、朝の挨拶を——」
「おでかけ行ってきまーす!」
侍女たちは口を開けたまま固まる。
だが私は馬車に飛び乗り、鼻歌で領地へ繰り出した。
(家にいない。夫の愛人に屋敷を譲る? なんて気が利く私!)
初めて歩く夫の領地。
市場を散策していると、家具の工房が目に入った。
(あの部屋、インテリア微妙すぎ。お小遣いで模様替えしちゃお♡ あら、この家具素敵……!!)
そこにいたのは——
鍛えられた腕、黙々と木を削る真剣な横顔。
落ちた髪が光を掠めるたび、胸がチリッと弾けた。
(ウホッ……いい男……!)
彼はふと気づき、こちらを見る。
「奥方様、木屑付いてますよ」
(声まで良いじゃん!)
真剣な顔で仕事する姿が素敵すぎて、そのまま魅入ってしまった。
だけど、時間は無限なので何も問題はなかった。
一方その頃、屋敷では。
「なぜ私が帳簿を? どうして茶会に? これ、奥方の仕事なのでは!?」
愛人ルシアが叫び、侍女が震える声で言う。
「あ、奥方様が……ルシア様にしていただいてと……」
「はあ!? 奥方の仕事を妾の私が!?」
ルシアは青ざめた。
夕方、私が帰宅すると、ルシアが血走った目で迎えに来た。
「奥方! やっと戻られましたか。もう大変で——」
「頑張って! 真の奥方はあなたなのよ! 旦那様もお喜びになるわ!」
私は笑顔で押し付け、部屋に逃げ込んだ。
だって私それどころじゃないし。
「奥方様、また例の工房へ行かれるのですか?」
「そうなのよ! 凄く腕のいい職人がいるの♡」
あの日以来、私は毎日工房に向かっている。
——実は私には前世の記憶がある。
前の人生でも推し活に財と精神と時間を捧げていたのだ。
私は素材代はもちろん、
新しい工具や職人の雇用費まで肩代わりした。
前世で培った営業経験も総動員し、
夜会では試作品をわざと中央の台座に置き、
茶会では「これ、私の秘蔵の工房よ」と囁いて興味を煽った。
『奥方様の紹介の工房のお品、
侯爵夫人が十脚も買われたそうですわ!』
『奥方様が推した瞬間、
市場で品切れになったとか!』
「ありがとうございます♡」
(ほほほ。社畜で鍛えたマーケティング力が合わされば、推しの繁栄など造作もないわ!)
工房は瞬く間に大繁盛。
雇い手が増え、商人が流れ込み、領地に金と活気が回り始めた。
それで領民が感謝を伝えに屋敷へ来るほどになった。
(推し活に全て時間を捧げるなんてありがたすぎ…愛人様ありがとう!)
一方その頃、ルシアは——
「……奥方の名で寄付?
……また茶会の段取り?
……孤児院の視察?」
日々削られていた。
「奥方様の仕事をなぜ私が?」
私は満面の笑みで答える。
「何言ってるの? 真の奥方は……以下略」
その頃からだろうか、ルシアは嫌がらせをしてきた。
侍女を使って陰口を焚きつけたり、
私の不在中に家具の配置を変えて混乱させたり。
でも私にはほぼ影響なし。
殆ど外出していたので気づきもしなかった。
そうこうしていると、領地では噂が広がった。
「奥方様は領地の救世主よ!」
「社交界でも人気なんですって!」
「奥方様の推し工房の商品が品切れだぞ!」
アリステルは領民の反応を聞きながら呟いた。
「……どういう事だ?」
「俺が無視していたはずの妻が……
なんで領民の支持なんか得てるんだ……?」
彼の困惑は小さな苛立ちへ進化していく。
さらに追撃イベント。工房の祭りで——
「この繁栄は奥方様のおかげです!」
「奥方様——!」
花束、拍手、祈祷、贈り物。
視線のすべてが私へ向けられていた。
アリステルの視線が鋭く揺れた。
「……俺より人気がある? 何故だ……」
対してルシアは完全崩壊した。
「もう嫌っ! 私は愛されているはずなのに、
なんで雑務と苦労ばかりなの!?」
泣きながら逃走したらしいが、私は気づかなかった。
推し活が忙しかったので。
ある日、帰宅した私を廊下でアリステルが待っていた。
珍しく真剣な顔だ。
「戻ってこい。
奥方として——俺の横に立て」
(……何言ってんのこいつ)
「はぁ?」
私は虚無の目で首を傾げた。
「頼む。戻ってきて……ください」
夫、まさかの敬語。
私は肩をすくめ、工房の方向を見る。
「工房の新作の納期があるの。そっち優先だから」
彼の胸が、しくっと音を立てる。
そんな夫を尻目に、私は晴れやかに笑って歩き出した。
その笑顔が残像のように廊下へ漂い、
彼はしばらく動けなかった。
(白い結婚最高〜♪)
その背を、寡黙な職人ライルが見送っていた。
木屑の付いた手の中に、私から贈った新しい工具が光っている。
「……レイナ様は本当に、風のような人だ」
どこか嬉しそうに、彼は呟いた。
——これが、相手がいつの間にか崩壊していった私の話である。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
もし「こういう短めテンポの物語、好き!」と感じていただけたら、ぜひ反応やコメントで教えてください。
今後の方針の参考にさせていただきますし、
反応をいただけると、続編や新作を書く励みにもなりますので、よろしくお願いします!




