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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第十章

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第一話 日課


 趙靖が動くと、やはり話が早かった。

 亮から話を通そうとしても、聞く耳すら持たない様子だった王が、早々に認めたらしい。いとこと実兄の違いもあるのだろうが、亮自身をよく思っていない王としては、至極当然だったのかもしれない。


 おれへの当てつけのつもりもあるのだろうが、まぁよかったな。

 内心は複雑ではあっただろう亮も、祝福めいた言葉をくれもした。


 王が認めた縁談に、否やを唱える者はいない。まして独裁の王に対して命知らずの進言をするものなど、皆無だった。


 ただし、今すぐ婚姻が叶う訳でもない。公主の相手として、月龍の地位は低すぎる。

 趙靖はなんとでもしてやろうと言ってくれた。だがそれは、私情で官位を与えることには直結しない。

 実力以外での出世に関与すれば、今まで築き上げてきた趙靖の人望を損ないかねず、彼自身はもちろん、月龍としても望む結果ではなかった。


 けれど実力で地位を得てからなどと言っていては、いつ蓮と一緒になれるかわからない。今までと変わらず通いで会っているのでは、月龍の不安は解消されなかった。

 結婚の話を急いだのは蓮を逃がさないためだったのに、それでは意味がない。


 だからこそ、趙靖に頼みこんだのだ。片時も離れたくない、正式な婚姻の前ではあるが、蓮を月龍の邸に住まわせてほしい、と。


 非常識な申し出にもかかわらず、趙靖は快諾してくれた。聞かない話ではあるが、貴官の気持ちは理解した、そこまで想われるとは蓮も果報者だと。


 ――おそらくは、想われたが故に不幸なのだろう。

 わかってはいても、自らを律することはできなかった。


 二人で暮らすにしても、本来であれば数人の家人、従者を入れるのが当然である。だが月龍は、それすらも断った。

 他人が邸内に居るのは耐えられない。まして蓮と月龍の関係性が破綻していることを知られるわけにはいかなかった。


 否、まだ壊れてはいない。これから、修復していくのだ。


 蓮が居を移した初日、月龍はおそらく浮かれていた。

 今までは食事を終え、気まずい時間を過ごしたあとに蓮を送って行っていたが、今夜からは傍を離れずにすむ。

 送って行くとき、別れるとき、一人で帰るとき――いつも感じていた無性の孤独感に襲われずにすむと思えば、それだけで嬉しかった。


 食事のあと、蓮はいつものように月龍を寝所に誘う。今日は首を振って卓の前に居座る必要はなかった。誘われるまま、共に臥牀へと横たわる。

 蓮の顔は翳っていた。緊張のためか、体も強張っている。

 伸ばした月龍の手に、より身を固くする蓮に構わず抱きしめた。


 結婚を前提にしただけでは、誠意は伝わらない。ここに至る過程で脅迫めいた言動をしたことも暴力を振るったのも事実だ。

 恐怖で縛りつけるしかないと考えていたけれど、本当は愛されたい。また笑いかけてもらいたい。

 だからただ、柔らかく抱きしめる。頭を、背中を、そっと撫でた。

 出来得る限り優しい手つきで、怖がらせないように。


「――あの」


 警戒を解いて、少しでも安心してもらいたい。できるならば穏やかな眠りへと共に落ちたい。

 蓮の体温に酔い、意識を手放しかけたときに声をかけられる。


「私は今宵、ご入用ですか?」


 控えめな問いかけは、訪れかけていた眠気を完全に吹き飛ばした。


 忘れていたわけではない。信用など欠片もないことや、蓮にとっては恐怖の対象ではないことは自覚しているつもりだった。

 だからこそ優しく接しようと思っていた。

 なのに、未だ抱かれなければ必要とされていないと蓮が思いこんでいる事実を突きつけられただけで、胸が痛むとは。


 咄嗟に言葉が出てこなかった。力ずくで抱きしめるわけにもいかない。

 驚きのために緩んだ腕の中で、物言いたげな蓮の瞳を見る。

 見つめ合ったのはほんの数瞬、蓮は軽いため息を落として俯いた。そしてそっと、月龍の胸を押し返す。


「――待ってくれ」


 身を起こし、臥牀を抜け出す蓮の手首を掴む。

 振りほどくつもりはないのか、力ずくで引き戻すわけでもない月龍の手でも、蓮は足を止めた。


「何処へ行く」

「客間へ」


 必要でないのなら部屋を移る、そういう意味なのだろう。


「ここに居てほしい」


 何処にも行かないで、おれを一人にしないで――続ける懇願に、不思議なものを見るような視線が降ってくる。

 嫌だとは言われなかった。抵抗もせず、戻ってきてくれる。


 ――それが、日課となった。


 臥牀に入る前に入用かと訊ねられる、必要と答えて横になる。なにもしようとしない月龍を残して去ろうとする蓮を引き留める――


 毎夜、蓮の肩を抱いて眠ったふりをする。目を閉じていても、頬に蓮からの視線が感じられた。

 不安なのか不信なのか、静かな負の感情をぶつけられていては、いくら無粋な月龍と言えども熟睡できるはずもなかった。


 それでも疲労がもたらす浅い眠りに包まれる。不意に目が覚めたとき、悲しげに見つめてくる蓮と目が合えばまた、眠れなくなった。


 そのような日々を、どれだけくり返しただろうか。とうとう耐えきれなくなって、月龍は薬に手を出すようになった。

 以前使っていた、あの薬だ。そもそもあれは、眠れぬ月龍のために処方されたものだった。このようなときこそ、使用するべきだ。


 蓄積された疲れが、冷静さを見失わせていたのだろう。

 忘れていたのだ、あの薬が安らぎだけでなく、酩酊感を伴って理性を薄れさせることを。

 久しぶりに服用した薬の威力に逆らえず、誘われるままに蓮を抱いた。

 そのことに気づいたのは、ことを終えて眠った、翌早朝のことだった。


 最初に考えたのは、失敗した、という後悔。けれど次の瞬間には、蓮の寝顔と肌に直接感じられる体温の心地よさへと感覚が引きずられる。

 もう、これでいいのではないか。安逸へと逃れる気分になった。


 抱いても抱かなくても、蓮は信じてくれない。少しは愛してくれているのか、単純に怖がっているのかもわからないけれど、それでも傍には居てくれる。月龍の気に入るようにと、細心の注意を払って接してくれる。

 だから抱けば役に立ったと考えて、月龍の腕の中で安心したように眠られるのだ。


 ――もっとも、月龍の望みとは程遠い結果ではあった。

 蓮との結婚を許してもらいに行ったときは、とりあえず逃げられないようにとしか考えられなかった。

 だがその中には、初めは恐怖で絡めとってはいても、いずれは信じてほしいという願いを捨てきれていなかった。


 今でもその想いに変わりはない。変わりはないのだけれど――諦めが半分ほどを占めている。


 だから月龍はまた、薬に溺れるようになった。

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