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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第九章

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第五話 脅迫


 以前は、ほんのりと朱に染まっていた蓮の頬は、今ではただ青白い。

 日にも当たらず、なによりも心労が顔色に表れているのだろう。

 手を伸ばして、蓮の頬にそっと触れる。


「――約束を違えたな」


 劣情を抱きかねないからと、触れることさえ極力控えてきた。

 久しぶりの柔らかな感触は、感動よりも虚しさを助長する。


「言ったはずだ。二度と別れ話はするなと」


 自分は役に立たないから、二言目にはそう言う。本当に役立ちたいと思っているのならば、ただ笑いかけてくれるだけでいいのに。


「役に立ちたいと言ったな。ならば利用してやる」


 頬に当てていた手をそのまま後頭部に回し、髪を鷲掴みにする。


「――!」


 痛みと驚きと恐怖と。

 複雑に歪んだ表情を見たくなくて、目をそらす。髪を掴んだまま、引きずるように寝所へと向かった。

 臥牀の上に投げ捨てる。掴んでいた髪が切れ、あるいは抜けて、ぶつぶつと嫌な音を立てた。

 蓮の目に浮かんだ涙の理由は、痛みだけではないのだろう。頬を強張らせた顔が、感情を物語っていた。


 恐怖よりも強い、嫌悪。


「――いやっ」


 身を乗り出す月龍から逃れるため、臥牀の上を這う。

 捕まえるのは容易だった。四つん這いになった蓮の上に体重を乗せるだけで、支えきれずに倒れ込んだ。

 そのまま体で押さえ込み、乱暴に着物の裾をまくり上げ――ただ、犯す。


 上げられかけたのは、悲鳴か絶叫か。どちらも聞きたくなくて、蓮の顔を寝具に押しつける。

 苦痛と苦しさのためか、唸る声だけが月龍の耳に届いた。


 負の感情を抱えているのは、蓮ばかりではない。月龍も、蓮への不信感を拭えなかった。


 嫌いなら――月龍を恐れるのなら、さっさと逃げ出せばいいのだ。そうすればこうやって汚されずにすむのに。

 傍に留まっては怯えの色を見せ、月龍の神経を逆撫でする。まるで嫌がらせでもしているかのようだ。


 もしかしたら、実際にそうなのかもしれない。

 嫌わせ、月龍の方から別れを切り出させようとしているのではないか。


 ――浅はかなことだ。蓮を手放すなど、ありえないのに。


 暴行を終えて、立ち上がる。不貞腐れてでもいるのか、蓮はうつ伏せで倒れたまま、身動ぎもしない。


「――近いうちに趙公とお会いしたい。時間をとって頂けるよう、取り計らってくれ」


 ぴくりと、蓮の肩が震える。

 怯えているのだろうか。ゆっくりと――おそるおそるといった様子で肩越しに振り返るも、表情を確認できるほどにはこちらを向いてもくれない。

 それでも、戸惑いの気配だけは充分に伝わってきた。


「――どうして、ですか?」


 質問がまた、神経を逆撫でる。不安げに震える声が、理由をまったく思いつかないことを示していた。

 何故、気づかないのか。眉間による皺を自覚する。


「恋仲の男が親族に会いたいと言っている。理由など、ひとつしかないだろう」


 身分が目当てだと思われたくないから、結婚にこだわるつもりはない。月龍は確かに、そう伝えていた。

 けれどもう、悠長なことは言っていられなくなった。このような愚行をくり返していては、いずれ蓮は訪ねて来なくなる。

 そうなる前に、逃げられぬように縛りつけておかなければならない。結婚は、そのための手段でしかなかった。


 さすがに理解したらしく、蓮ははっと息を飲む。半身を起こして振り返った蓮の顔に浮かんでいたのは――絶望、だろうか。

 悟った瞬間、手を伸ばしていた。


「余計なことは言うな」


 半ばうつ伏せていた蓮の胸倉を掴み上げ、引き寄せる。


「反対されたら、趙公を殺す」


 低く発した脅し文句に、蓮の目が大きく見開かれた。

 瞳孔が開いている。左右に揺れる瞳から、輝きが失われていた。


「趙公だけではない。亮や嬋玉(センギョク)殿――婚姻が成らなければ、全員殺す」


 できるわけがない。一笑に付されかねない言葉だった。

 むしろ、ばかなことを言うなと笑ってほしかった。


 だが蓮は、露骨に顔色を変える。

 すなわち、信じたのだ。

 月龍ならばやりかねないと――蓮の中で、月龍という男は欲のためには殺人すら厭わないのだと思い知らされる。

 気取られてはならない。月龍にそれだけの度胸などないことを。


 ――蓮に捨てられるのを恐れているだけの、ただの小心者であることを。


「嫌ならば、認められるよう尽力することだ」

「――はい」


 引きつった口元が、小さく了承を口にする。

 その瞳に輝きが戻っていた。表面を覆う、涙によって。

 見ていられなくて、目をそらす。


 背けた横顔が冷酷に見えることは知っていた。さらに酷薄な男だとの印象を植えつけると理解していても、蓮の涙などもう、たくさんだった。

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