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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第九章

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第四話 菓子


 干した棗を入れた、甘い焼き菓子。

 亮は好んで食べていたが、月龍は見るだけでも胸焼けしそうだと嫌っていた。


 そもそも、甘味は貴重である。高位とはいえ、宦官の養子如きがおいそれと口にできるものではない。食べ慣れない珍味はどうしても、舌になじまなかった。

 単純に味覚の問題かもしれない。けれど旨そうに口に運ぶ亮を見るにつけ、育ちの違いを見せつけられている気分だった。

 無論、それを作る蓮も同様で――


 理性は、苛立ちを抑えられなかった。卓に歩み寄り、菓子の乗った皿を手で払いのける。

 陶器の割れる音が、既視感を呼び起こした。蓮に別れ話を切り出された、あの日のことを。


「――月龍――?」


 驚きと恐怖に瞠られた蓮の目も、あの日と同じ。


「おれは亮と違って、甘いものは嫌いだ。目にするのも嫌なくらいにな」

「――え?」

「初めは仕方なかった。公主に差し出されたものを断れるか?」


 まだ付き合い始める前、亮へと持ってきていた菓子を月龍にも勧められた。

 躊躇いながらも手を伸ばしたのは、「公主の勧め」だったからではなく、蓮との接点を持ちたいがためだった。

 案の定、口に入れたとたん広がった甘さに吐き気すらする。思わず口を押えた月龍に、「お口に合いませんか?」と邪気なく蓮が訊いた。

 そもそも嫌いだと言えるはずがない。「もうひとついただいてもよろしいか」と再度手を出し、横で見ていた亮に呆れた顔をされたものだ。


 ――思い出すのは、楽しかった時間。

 けれど今はどうだ。


「ごめんなさい」


 蓮は月龍を見上げ、悲しそうに眉をひずませる。


「私、気づかなくて。いつも召し上がって下さるから、お好きなものだとばかり――」


 対応が違うのではないか。公主に取り入るためだったのかと、月龍を非難するべきだろう。せめて、非道だと泣いてくれればいいのに。


 卑怯だと思う。蓮がこのような対応しかしないのならば、月龍は撤回することも自己弁護することもできない。誤解は蓮の中で真実となる。

 曲解させる物言いをしたのは月龍だ。わかっていても、逆恨みの感情に支配される。


「――もういい」


 割れた食器を片づけるため、床に膝をつく蓮に向けて、嘆息と共に言う。


「あとはおれが片づける。――もう帰ってくれ」


 陶器の破片で手を切ってはいけないから。

 髪飾りを――月龍を否定されて、苛立ったままでは優しく接することができないから。


 ――これ以上、心にもない言葉をぶつけて、蓮に嫌われたくないから。


 そう口にしたら、少しは信じてくれるだろうか。


「わかりました」


 ため息交じりに言って、蓮は俯く。


「――あの」


 落ちた沈黙は、さほど長いものではなかった。躊躇いがちな呼びかけが、蓮の口から洩れる。


「それは……今日だけ、ということでしょうか」

「――どういう意味だ」

「私がお役には立てないから……もうここへは来るなと」

「それは別れ話か」


 蓮を遮る声が、自分の耳にも低い。ぞっとする響きに、蓮の顔色が目に見えて青くなる。


「もう随分と触れられることもなく――お戻りが遅いのも、私に会いたくないからではないのですか?」


 怯えた様子ながらも、蓮は続ける。

 ――「別れ話」を否定してはくれなかった。


 会いたくないのでも、触れたくないのでもない。大切に思うが故にできないのだと、幾度口にしたことか。

 それでも蓮は、決して信じてはくれない。


「――約束を違えたな」


 そっと、蓮の頬に手を伸した。

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