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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第九章

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第二話 必要


 涙を拭い衣服を整えた蓮は、床にかがみこんで払い落された料理と陶器の破片を、無言のまま片づけ始める。


「――すまない」


 顔が歪むのを自覚した。呟く声に顔を上げた蓮は、月龍の沈痛な表情を確認したはずだ。しかし感銘を受けた風もなく、再び床に視線を落とす。


「このようなつもりではなかった。昨夜のことを謝って――許して欲しいと、傍に居てほしいと、頼むつもりだった」


 月龍の声は届いているのだろうか。蓮はもう、顔も上げない。


「別れ話などされて――君が、いなくなってしまうかと思うと我を失った。傷つけるつもりはなかった。暴力を振るうつもりなど、なかった」


 許してくれ。自分の耳にも、声が震えているのがわかった。

 それでも蓮は、振り返りもしない。俯いた横顔が拒絶を如実に物語っているようで――とうとう、堪えきれなくなった。

 蓮の正面でがっくりと膝を落とし、両手で顔を覆う。


「――どうしたらいいの」


 月龍の異変を察したのだろうか。それでもこちらに顔を向けぬまま、蓮がぽつりと呟く。


「あなたは私に、なにを望んでいるの? 私がどのようにすれば――あなたの気に入るの?」


 蓮がどのように振る舞えば嬉しいのか。考えるまでもない質問だった。


「笑ってくれ」


 蓮の肩を抱き寄せる。乱暴にならぬよう、細心の注意を払って優しく抱きしめた。

 ――それでも、蓮の体は硬直していたけれど。


「君の泣き顔はもう、見たくない。見たいのは、君の笑顔だ」


 花すら霞むあの柔らかな微笑みがあれば、月龍は幸せになれる。逆を言えば、蓮なしでは幸せなどあり得ない。


「――もう二度と、別れるなどと言わないでくれ。言われても、別れてなどやれない」


 月龍の嘆願にも、心を動かされた様子はなかった。

 当然だ、暴行の直後なのだから。むしろ、「別れてなどやらぬ」という宣言を、「逃がさない」とでも受け止めたのではないか。

 身が竦んだのはおそらく、恐怖のためだろう。


「私は――必要ですか?」


 抱きしめて、頬が接した状態では、蓮の表情は確かめられなかった。ただ声だけでも、悄然としているのがわかる。

 ――蓮は何故、このようなわかりきった質問をするのだろう。


「必要だ」


 何度言わせれば気がすむのだろう。それほどまでに月龍の言葉は信用ならないのか。


「君を手放すつもりは、毛頭ない」


 もし月龍が蓮から離れることがあるのなら、それは命を落としたときだけだ。蓮を失って生きていけるはずなどないのだから。


「――わかりました」


 沈黙を破ったのは、静かに告げる蓮の声だった。


「傍に居ます。あなたの、お役に立てる限りは」


 役に立つ、立たないの話ではない。蓮だからこそ必要だと言っているのに。

 けれど一安心ではあった。月龍が蓮を必要としない日など、来るはずがない。ずっと一緒にいると約束してくれたに等しかった。

 無論、手放しで喜べる状況ではない。とりあえず共に居られるのだから、信じてもらえるように努力するだけだった。


 ――それでも、やはり辛い。月龍を恐れ、媚びるための笑みで迎える蓮の姿を目にするたび、心臓がきりきりと痛む。

 見たいと言ったのは、幸せそうな笑顔だ。媚びるために作られた悲しげな笑みになど、用はない。


 体を重ねるつもりもなかった。なのに蓮は、訪ねて来ては誘うのだ。食事をして、その後当然のように寝所へ向かう。

 そのようなことは必要ない、君と会えるだけで充分だ――何度も繰り返し伝えているのに、蓮は一向に信じようとしない。不思議そうな顔で見上げ、挙句すぐに帰ろうとする。

 なんとか引き留めても会話はない。月龍は元から口数は多くないし、話しかけてくれていた蓮が口を噤むのだから当然の成り行きだ。


 無理もない話だとは思う。

 以前のように亮や嬋玉のところや、それ以外の外出もしていない。自宅と月龍の元を往復するだけなのだから、話題があるはずもなかった。


 月龍も、努力はしたのだ。蓮が話さないのならば月龍が口を開けばいい。

 だが月龍とて状況は同じだ。訓練と自宅、あとは蓮を送って帰るだけ。

 途中蓮のためにと市場にも行くが、渡した贈り物に関心を示してもらえなければ会話は広がらない。


 またあの、気まずいだけの時間が流れるのか。

 護衛の立つ門を過ぎて、嘆息する。

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