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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第九章

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第一話 蛮行


 仕事を終えても、月龍が真っ直ぐに帰宅することはなくなった。

 蓮への手土産を探すと口実をつけては、菓子や水菓、装飾品などの小物を求めて市場をさまよう。

 無論時間をつぶすだけでなく、本当に蓮が喜んでくれはしないかと好みそうなものを探すのだけれど、今のところ一度も成功したことはない。

 今日も、なにか花の形をあしらった髪飾りを買い、邸で待つ蓮に思いを馳せては重い足取りで帰途につく。


 否、本来であれば待ってくれていることに感謝しなければならないのはわかっていた。

 あの夜、心身ともに苦痛を与えた。あれ以来愚行をくり返しているのだから、とっくに愛想を尽かされても無理はない。


 ――蓮を犯した晩は、一睡もできなかった。朝になりかけてはいたが、一刻ほどの猶予はあるのに妙に神経が冴えて眠れなかったのだ。

 腕の中で眠る、というよりは意識を失ってぐったりしている蓮の青白い顔に、犯されて泣き叫ぶ顔が重なる。狂気に傾いた自らの蛮行を思い出せば、呑気に睡魔に身を委ねていられるはずもなかった。


 翌朝は蓮が目覚めるのを待たずに仕事へと向かった。蓮を気遣ったのではなく、逃げたに過ぎない。問題を先送りにするだけでなんの解決にもならないけれど、どのような顔で蓮に会えばいいのかわからなかった。

 けれど、不意に気づく。顔を合わせづらいどころではない、そもそも会えない可能性もあるのだ。

 怖いのはおそらく月龍よりも、暴力を振るわれた蓮の方だ。再び乱暴されることを恐れて、逃げ出しているのではないか。


 蓮が本気になれば、月龍から逃げるのは容易だった。二度と会いたくないと思うなら、月龍がどう画策したところで叶わない。


 二人の関係はいつも蓮次第だとわかっていたはずなのに。


 背筋を駆け下りた冷たいものは、恐怖だった。


「――蓮!」


 邸に駆け込み上げた声は、不安のために必要以上に大きかった。怒鳴りにも似た声に、蓮は濃い怯えの影を貼り付けて振り向く。

 門前に護衛が立っていたから、おそらくいるだろうとは思っていた。けれど姿を実際に目にして安堵が込み上げてくる。


「はっ――いた」


 いてくれた。

 片手で口元を覆ったのは、唇に滲んだ自分勝手な笑みを隠すためだった。

 安堵がもたらした呟きでさえ、蓮の耳には忌々し気な響きに聞こえたのかもしれない。元々怯えの浮かんでいた顔が、さらに沈む。


「ごめんなさい」


 今にも泣き出しそうな顔に、月龍は眉をひそめる。

 ――何故謝るのだろう。おれは、嬉しかったのに。


「不快にさせるつもりはありませんでしたの。ただ、あのまま別れるのが心苦しくて――せめてご挨拶だけでもと思ったのですけど」


 今、蓮は別れの挨拶と言ったのか。

 耳を疑いたいのに、聴覚の正しさを既に脳が理解していた。

 ふと、蓮の肩越しに食卓が見える。そこに並んだ料理は、月龍の好物ばかりだった。

 けれどそれらが一人分しかないことにも、気づかされる。


 蓮がいてくれた。喜ぶ月龍とは裏腹に、蓮はただ居ただけだった。挨拶を済ませると、一緒に食事もせず出て行くつもりでいたのか。

 二度と会うことはない、言外に告げる蓮の声が聞こえた気がした。


「――なにが挨拶だ」


 ギリ、と噛みしめた奥歯の間から洩れたのは、低い声。

 蓮が作ってくれた、しかし別れの決意を端的に物語る料理を、苛立ちに任せて卓の上から薙ぎ払う。

 床に落ちた皿が奏でる激しい破壊音に、蓮の身体がびくりと竦んだ。


「何故だ。何故信じない。幾度言わせれば気がすむ? おれは、これほどまでに愛しているのに――」


 身をこわばらせる蓮の腕を掴まえて引き寄せる。乱暴に空間を開けた卓の上に押さえつけ――あとは、前日の反復だった。

 犯しながら、ずっと蓮を責め続けた。


 何故おれの想いを認めない、信じてくれさえすれば問題は解決する、おれがこのようなことをしているのではない、君がさせているのだ、すべては君の責任で、悪いのは君だ――


 蓮はもう、抵抗しなかった。閉じた目の端から涙を溢れさせ、静かな嗚咽と低い呻きを洩らしながら、ひたすらに耐えている風情だった。

 それがまた、癇に障る。どうせならば嫌だと泣き叫べばいい。泣いて懇願すれば、月龍とてほだされてやめるかもしれない。

 そうしないのは、抵抗が無駄だと思っているから。月龍がそのようなことで心が揺れるとは思っていないから――月龍に優しさなどないと、人格を否定しているから。

 苛立ちに任せれば、暴力性は増す。蛮行がさらなる誤解を与えるとはわかっていたが、歯止めが効かない。


 蓮から離れたのは、結局体だけが昇りつめた後だった。

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