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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第八章

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十四話 悲嘆


 春とはいえ、夜の空気は冷たかった。身を刺すような寒さが、月龍を襲う。

 けれど、これくらいでよかった。火照った身体を覚ますためには、芯まで冷え切った方がいい。

 目を閉じ、瞼に降りかかる月光を浴び――やがて、ふっと目を開けた。

 おそらく、心も体も平静に戻ったはずだ。冷え切った身体を確認して、邸の中へと引き上げる。


 寝所にはもう、戻らなかった。蓮の寝姿など目にしては、再び欲情する恐れもある。結局は居間に腰を落ち着け、盃を傾けた。


 考えてみれば、一人で呑むのは久しぶりだった。かつての習慣ではあったけれど、今では蓮が付き合ってくれる。二人で呑む楽しさに慣れた今となっては、味気なくも感じられた。

 救いは月の光。明かりを灯さずとも、手元を見るくらいの明るさはあった。風情とはこういうものだろうかと、つい、酒量も嵩む。


 時刻はもう、深夜だった。いくら酒に強くとも、深酒をすれば眠気にも襲われる。初めは盃を手にしたまま船をこぎ、次第に深くなり、とうとう卓に額を落ち着けた。

 知らぬ間に意識を失い、心地よいとは言えないまでも眠りの世界に落ちる。


 ふと気づいたのは、どれくらい時が経った後か。疲れがさほどとれていないことから、長くとも半刻ほどかもしれない。


 目が覚めたのは、首筋になにか、生暖かいものが触れたからだ。

 風のようにも感じられた。外気が吹きこんだのかもしれないと思ったのは、わずかな間だった。すぐに、外からの冷気ならば温かさが感じられるはずもないと気づく。


 とはいえ、深く考えもしなかった。酒がもたらす酩酊感もある。思考を続けるより眠気に身を任せていた方が楽だった。

 夢なのだろうか。背中に人肌のような温もりを感じる。夜着を通さず、直接胸元に触れられている気もした。

 耳元に口づけの感触すら覚えて、くすぐったさだけではなく、自嘲の苦笑が洩れる。


 夢の中にまで、情欲の強さを示すような感覚が追いかけて来るとは。平静に戻ったつもりではあったが、まだ名残があったのかもしれない。

 だが夢ならばいい。蓮の肌でも思い浮かべていようかと、半ば開き直る。


「――蓮」

「はい」


 無意識に呟いた名に、答える声が重なった。

 耳元で聞こえた声に、はっとなる。いくらなんでもできすぎていた。重い頭を、卓から持ち上げる。

 無理に瞼を押し上げると、身を寄せてくる蓮の姿が見えた。


「夢――ではないのか」


 まだ半分睡魔に意識を奪われたまま、呆然と呟いた。

 蓮の指が、胸元をするすると撫でながら下りていった。その指を目で追って、自分の帯がすでに解かれ、夜着はただ羽織っているだけの状態になっていたことに気づく。

 蓮が、自分の膝元に屈していた。月龍と同じく帯を解き、開いた夜着の間から白桃のような膨らみがのぞいている。

 白い肌に目を奪われ、反応が遅れた。蓮はさらに身を沈めて月龍の下腹部に触れると、そのまま手の中のものに口づける。


「な――」


 羞恥のために、頬が熱くなる。

 女にそうされたのは初めてではない。けれど蓮が相手だと思えば、考え難い状況だった。

 慌てて、蓮の両肩を掴んで引き離す。


「なにをする、蓮――」

「こうすると、男の方はよくなると」


 月龍の焦りをよそに、蓮は落ち着いた様子で首を傾げる。

 それを教えたのは、亮だ。ならば亮にも――浮いてきたのは、理不尽な嫉妬だった。


「――しなくていい。このようなことは、必要ない」


 怒鳴りつけず、なんとか怒りを飲みこんだのは、自責の念があるからだった。月龍のせいで、蓮は亮の元へと行ったのだとはわかっている。

 けれど、物言いは無愛想になった。これが蓮を勘違いさせるのだとは知っているが、無骨な言葉は口から飛び出したあとである。


「でも!」


 珍しく声を上げた蓮が、月龍の乱れた襟元を掴む。

 ぎゅっと、すがりつく動作だった。

 以前にはよく、こうやってすがってくれた。別れ話をする月龍を、泣いて引き留めてくれた。

 様態としてはよく似ているが、状況は違うはずだ。月龍は別れ話など、持ちだした覚えはない。


 ――否、蓮はもしかしてそう思っているのだろうか?


「抱いて頂けないのならせめて――でないと、私は――」


 涙を溜めた上目遣いで月龍を見上げ――俯き、固く目を閉じた拍子に、滴が蓮の頬を伝った。

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