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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第八章

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第十三話 懐疑


 蓮の方から口づけてくるなど、かつてあっただろうか。月龍を襲ったのは、焦燥感だった。

 反射的に、彼女の両肩を掴む。おそらく引きはがすべきなのだろう。欲求を持て余しているというのに、この状況で我慢できる自信はない。


 腕に力を入れかけて、けれど、と思い直す。力ずくで引きはがしたりしては、それこそ拒絶していると思われかねないのではないか。それでは意味がないどころか、逆効果だ。


 躊躇が、行動を鈍らせる。蓮の肩に手を当てたまま、抵抗らしい抵抗もできず、ただ低く呻くことしかできない。

 そのうちにも、口づけは濃厚さを増す。蓮の唇と舌の柔らかさに誘われ、愕然と見開いていた目も閉じた。

 いけないと思うほどに、気分も高揚する。自覚のないままに片手で蓮の頭を押さえ、残りの片方で髪をかき上げては夢中で口づけを返していた。


 月龍の情動を察したのだろうか。蓮は貪るような口づけからわざとらしく身を引く。


「蓮、頼む、もう少しだけ――」


 抱かない、けれど口づけくらいならば許されるのではないか――甘くなった規制が、蓮への懇願になる。

 せがむ月龍に、蓮の顔が近づいてくる。だが口づけは唇ではなく、首筋だった。耳の裏を舐められて、びくんと身が竦む。

 蓮の指が、衣服の上から月龍の身体を撫で下ろしていく。あからさまな誘惑だった。


 何故急に。疑問が浮かばぬはずがない。

 だが同時に、希望も湧いた。月龍の気持ちを信じてくれたからこそ、身体を許す気になったのではないか。


 月龍にとって、都合のよすぎる解釈は危険だ。以前も、自分が望んだ答えを真実と思いこんだ結果、蓮を傷つけた。


「いいのか」


 熱い吐息に、声を乗せる。蓮が質問に答える前にも、彼女の肩から背、背から腰へと撫で下ろす手付きが荒くなっていた。


「このままでは――我慢できなくなる。それでもいいのか」

「――いいの、もう。あなたの好きにして」


 返事と共に、唇が重ねられる。


 ようやく気持ちが通じた。信じてくれた。努力が実を結んだのだと思えば、嬉しさが込み上げてくる。

 今度こそ迷いなく蓮を抱きしめ、そのまま転がった。蓮の身体に体重を乗せ、熱烈な口づけをくり返す。夜着を開いて触れた胸が柔らかく、月龍をまた恍惚に誘った。

 隆起の先端に触れると、蓮の口から甲高い声が洩れた。耳元に口づけ、反応を耳だけではなく目でも確かめたくて、薄く目を上げる。


 瞬間、動きを止めざるを得なかった。

 何処か冷めた光を放つ、様子を窺う鋭い蓮の目を見てしまっては。


 慌てて目を伏せ、蓮の頬に頬を接する。柔らかな髪に顔を埋めて、先程までとは違う意味で早くなった自分の鼓動を感じていた。

 信じてくれたわけではない。あの蓮の目を見てもなお楽観でいられるほど、鈍くはなれなかった。


 ならば何故誘うのか。疑問への答えは、かつての月龍の言動の中にあった。


 試しているのだ。

 月龍は別れ話をしては蓮を泣かせた。そうやって縋ってくれることで、蓮の気持ちを確かめていた。


 蓮もそうなのではないか。蓮のために月龍が我欲を抑えられるのか、確かめようとしているのではないか。

 だとすればこうやってすぐに挑発に乗る月龍に幻滅しているかもしれない。


 ぞっとした。

 今蓮を抱けば、一時の満足は得られる。刹那の幸せに耽溺した結果、今度こそ本当に愛想を尽かされて捨てられるのではないか。

 正直、名残惜しさは禁じ得ない。それでも意を決して身を離し、蓮の夜着の前を合わせた。


「――月龍?」


 突然離れたことが訝しかったのか。臥牀の端に座り直した月龍に合わせて、蓮も体を起こす。首を傾げ、不思議そうに見つめてくる蓮の目が、痛かった。


「――おれを試して楽しいか」


 肩ごしの問いかけに、蓮の表情が凍りつく。

 質問が正しいことの証明だった。苦い笑いが込み上げてくる。


「相も変わらず正直なことだ」


 嘘でも「いいえ」と言ってくれればいいものを。口には出さぬ恨み言を考える。


「月龍――」

「責めているわけではない」


 そこまでの心情に追い込んだのは、月龍だった。自覚があるから、責める権利などないことはわかっている。

 わかってはいるが、それでも愚痴が洩れた。


「だが――さすがにこういうのは辛い」


 片手で頭を抱える。乱れて落ちてきた前髪を掴む手にも、力が入った。

 蓮がふと、眉をひそめる。月龍が見せる憔悴に、心配してくれたわけではなかった。


 辛いのならば我慢などせずに抱けばいい。

 蓮で欲求を満たして、ろくでもない男だと証明して見せてくれたらいいのに。


 無言であるのに、脛に傷持つが故の責言が聞こえる。懐疑の眼差しに耐えきれなくなって、立ち上がった。


「先に休んでくれ。おれは――少し、外の風にでも当たってくる」


 言い捨てると、後も見ずに歩き出す。蓮の表情を確認するのが怖い。

 逃避にすぎなかったけれど、蓮を、そして自分を傷つけないための方途は、これしか思いつかなかった。

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