第七話 逢瀬
空は、爽やかな夏晴れだった。
暑くもなく、寒くもなく、頬を撫でていく風も心地よい。
本当は迎えに行きたかったのだが、訪ねて行ったとしても、月龍の身分では門前払いされるのは目に見えていた。
蓮もわかっているから、待ち合わせの場所を王宮の中庭にしたのだろう。
宮殿には頻繁に出入りしている。亮に会うためだが、そういったときに従者は宮殿まで送り届けると、引き返すそうだ。帰りは亮の衛士に送られる習慣らしい。
その役割を月龍がすればいいだけだ。
だからこそ蓮もそう提案したのだろうと言われて、納得した。
中庭には桃の木がある。
嘘か真か、初代王である禹の頃から、遷都の度に植え替えられて今に至るとさえ言われた大木だ。
今の季節花はすでに落ち、膨らみかけた青い果実が葉の間から覗いている。
その下で待つ蓮の姿に、月龍は瞬いた。
待ち合わせていたのだから、蓮がいるのは当然である。
けれど姿を見るまでは、誘われたのが都合のいい夢だったような気もしていた。
否、実際に蓮を目にしてさえ、幻を見たのではないかと思うほどだった。
それからのことを、実はよく覚えていない。緊張のせいか、度を越した喜びのためかは自分でもわからなかった。
ただ共に乗馬し、後ろから抱く格好になった蓮の、髪から漂う花の香の鮮やかさに、意識を奪われていた気がする。
花畑に着いてからの蓮は、楽しそうに見えた。常以上にも思えるにこやかな笑みを刻み、亮に贈るための花を摘む。
月龍も初めのうちは、夢見心地のまま手伝っていた。
けれど、不意に気づいてしまったのだ。自分は何故、惚れた女が、他の男を想ってすることを手伝っているのかと。
蓮はしきりに話しかけてくれたが、話題はすべて、亮のことだった。
唯一の接点だから当然だとわかっている。
月龍が無口な分気を遣ってくれているのも、亮といるときにはない饒舌さを見れば気づいていた。
それでも、こうも亮のことばかり話されては興醒めするのは事実だった。蓮の中にある亮の存在の大きさを思い知らされる。
あまり期待はするなと言われた通りだった。
喜びが大きかった分、襲ってきた切なさが急激に胸を冷やす。
「そろそろ戻りますか」
月龍から声をかけたのは、今日初めてのことだった。
花を摘む手を止めて振り返る蓮の顔に、驚きが浮かぶ。
「でもまだ、一刻も経っていませんけど」
もう少しここにいたい。
言外の甘えが愛らしく、かえって悔しかった。眉間に寄ったしわを自覚する。
「これだけあれば、花束としては充分でしょう」
右腕に抱えた花に目を落とす。蓮が摘んだ分と合わせれば、いつも用意されているよりも多いくらいだ。
首を傾げた思案顔が、月龍を見つめている。視線を合わせづらくて、顔を背けた。
「お送りするのは邸か、それとも亮の元ですか」
沈黙が落ちるのを恐れて発した声は、愛想のないものだった。
もっと他に言い様がないのかと自らの性格を呪う。
頬に感じられる視線が痛いほどだった。
はっ、と洩れたため息は、どちらが早かっただろう。
「では、邸へ。花束は、月龍さまが届けて下さると嬉しいのだけど」
「承知した」
宮殿へと言われるのを覚悟していただけに、安堵する。望みがないことに変わりなくとも、亮との親密さを目の当たりにさせられるよりはまだよかった。




