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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第一章

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第六話 友

 蓮が訪ねてきたのは、昨日のことだ。毎日来ることはまずないので、おそらく今日の来訪はないだろう。

 それを承知で待つ自分自身を、おかしく思う。


 昨日亮が言ったのは、明らかに余計なことだ。

 幼い頃から、妻になるのだと言い聞かされてきた蓮が、亮を慕ってくれているのは知っている。その亮にああ言われては、蓮も複雑だろう。

 昨日も、笑顔は見せてくれたものの、すぐに帰ってしまった。顔を合わせづらく思っているのかもしれない。

 四、五日経っても訪ねて来なければ、理由をつけて呼び出してみようか。


「亮」


 呼びかけられて、落としかけたため息を飲み込む。

 衛士は、月龍に対してはほぼ無防備だった。彼らにとっての上官であるし、亮もそれを許可している。帯びた刀を渡せば、勝手に入ってくることが多かった。

 月龍の顔を見た途端、無性の苛立ちに襲われる。


「待っていても、今日は来ないと思うが」

「そう、だな。これから嬋玉殿のところへ行くと仰っていた」


 何処か呆然とした表情も声も気にならなかった。

 はっと息を飲む。


「会ったのか、蓮に」


 胃に痛みが走る。

 今日は、亮も蓮に会っていない。こちらに向かう途中で会ったのなら月龍と一緒のはずだが、それもない。

 考えられる理由は一つだった。


「どうも、おれの鍛錬が終わるのを、待って下さっていたようだ」


 亮の予想を裏付けたのは、淡々とした声だった。

 蓮が亮にも顔を見せず、月龍に会いに行ったという事実はなにを意味しているのか。

 推測など必要ない。

 胸を圧迫する程の勢いで走る鼓動に、眉を歪める。


「よかったではないか。それで? 何処に誘われた」

「――は?」


 息苦しさをごまかすように吐き捨てた亮への返答は、訝しげなものだった。

 しかめた顔には、喜色らしきものはない。


「なんだ、違うのか」

「いや――やはりあれは、お誘いいただいたと思っていいのか」


 複雑そうな色を瞳に浮かべたまま、難しい顔をしている。

 歯切れの悪い物言いだった。


「次の休みに、予定がなければ、花畑に連れて行って欲しいと言われたのだが」

「阿呆」


 呆然とした月龍に、反射的に吐き捨てる。


「それが誘い以外のなにに思えるのか、お前は」

「そうか――やはりお前もそう思うか」


 そう思うもなにもない。

 同時に納得した。突然我が身に起こった幸福に、現実味を感じられなかったのだろう。

 亮にも断定されて、ようやく確信に到ったらしい。みるみるうちに頬が紅潮する。


 後押しをしてやるつもりならば、喜んでやらなければならないはずだった。

 けれど、言い様のない苛立ちが胸を襲う。ふんと鼻を鳴らした。


「あまり期待はするなよ」


 寝そべっていた臥牀(がしょう)から身を起こす。片眉を上げて腕を組み、座った状態から月龍を見上げた。


「あれは幼い娘だ。花畑に連れて行けと言われたなら、ただそれだけの意味かもしれぬ」

「だが、それならばわざわざ、おれにお声かけくださるとは思えん」


 月龍の目が、花瓶に活けた花を見る。

 確かに今までも、従者を伴って何度も通っていた。別に頼まずともいいのだから、月龍の言い分は理解できる。

 そうだなと応じてやるべきなのに、何故か認めたくない。


「いつも従者と一緒ではつまらぬだろう。車で行くより馬の方が早いしな。そう思い立ち、従者ではなくて頼めそうな人物ということで、おれの友人であるお前を思い出したにすぎん。期待をしすぎると、あとが辛いぞ」

「だがな亮、期待するのが人情ではないか。あのように愛らしく笑われては、なおのこと」

「よくいるのだ。あの笑顔が自分にだけ向けられていると勘違いして、舞い上がる莫迦が」

「それがおれだと言いたいのか」


 喜びのために弛んでいた頬が凍りつく。

 毒舌に怒ったのではない。不安なのだ。怒気を含みながら、弱さを宿す眼光に呆れる。


 否、呆れたのは自分自身に対してかもしれない。

 さすがに意地悪が過ぎた。自嘲を苦笑に紛れさせ、軽く肩を竦める。


「おれが言ったのは一般論だ。お前に関してはまぁ、脈がないわけではなかろう」

「気にかかる表現だな」


 心配げに歪む眉を、鼻先で笑う。


「ともかく、お前が別格なのは事実だ。なにせ、この亮さま直々のご推薦なのだからな。感謝しろ」


 意味が理解できているのかいないのか、返ってきたのは惚けたような眼差しだった。


「鈍い男だ。だからな、昨日おれが蓮に言ってやったのだ。月龍はお前に惚れているのだから考えてやれ、とな」

「それでは」

「昨日の今日だからな。すぐにあれの気持ちが動いたとは思わんが、少しは考えてみる気になったのは確か」


 だろうな、とは続けられなかった。

 駆け寄ってきた月龍に抱きすくめられる。勢いを支えきれず、臥牀に押し倒される格好になった。

 亮の耳元で、囁きが聞こえた。


「感謝する。やはりお前は、無二の友だ」


 普段の月龍からは到底考えられない言動だった。

 単純なことだと呆れるも、感情を表すのが苦手な男が示す大げさな感謝に、悪い気はしない。

 だが一方で、違う感慨も湧いた。人の気も知らないでいい気なものだ、と。


 人の気とは――亮の気持ちが何処にあるのか、自分でもわからないくせに。


「わかったからやめろ。気色の悪い」


 湧き上がった疑問と月龍の体を押しのけて、亮はひっそりとため息を落とした。

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