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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第七章

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第九話 逆上


 悪びれもせず、むしろ誇らしげな蓮の笑みが月龍を絶望の底へと叩き落とした。


 誰に、と問いかけようとして、愚問だと気づく。蓮が頼み事をするのは――親しくしていた男は、一人しかいないではないか。


 ここでようやく、今までの謎も違和感も氷解した。


 逆に言えば何故今まで気づかなかったのか。己の鈍さに腹も立つ。

 いくらでも思い当たる節はあったのだ。

 亮の影響なくして、今の蓮はない。悔しくはあっても、認めざるを得ない事柄だった。

 その蓮が、亮の話題を持ち出すことがなくなった。以前は、二言目には亮の名を出していたのに。


 亮の態度にもおかしいところはあった。蓮との別れを撤回しに行ったときの、辛辣さ。皮肉な口調で、痛烈な非難をされた。

 態度が軟化したのは、月龍が別れを決意した経緯を吐露したあとだった。少しは、月龍の気持ちが理解できたからだったのだろうか。


 ――否、もっと悪辣な考えかもしれない。


 思い出すのは、近いうちに后をもらう、との言葉だった。人のものを奪う、血統的に問題もない――それは、蓮のことではないか。


 ならば、今でも二人は会っているのかもしれない。


 だとすれば、香油の件も怪しかった。二人で抱き合った移り香をごまかすために使い始めたのではないか――否、香油など使っていないのかもしれない。亮の香りは、すでに蓮の肌に染みついているのだろう。


 嫣然とした笑みで亮が言っていたではないか、肌の相性はいいと……


 かっと、頭に血が上った。

 力任せに蓮を引き倒すと、馬乗りになって押さえこむ。


「――それほど、亮はよかったか」

「月龍……?」


 痛みと恐怖に顔を引きつらせながらも、蓮の声には何処か甘さが残っていた。


 この声が、好きだった。幼く、けれど涼やかで、愛を語られるまでもなく名を呼ばれるだけで幸せだった。

 愛らしい声に色香をのせて、嬌態を晒していた姿が瞼の裏に浮かぶ。

 同じ悦びを分かち合っているのだと思いこんでいた。月龍を満足させるためだけの演技だと、気づけなかった。

 月龍のために――房事を学ぶために、亮に抱かれた。


「違う」


 蓮の耳朶に、歯を立てる。痛いという小さな悲鳴が、聞こえた。

 衣服を、乱暴にはぎ取る。勢いで避けた布が、文字通りの裂帛を響かせた。

 荒々しく髪を撫でつけるというよりは、もはや髪を掴んで床に押さえつける、といった方が正確だった。両の掌で蓮の顔を挟み込み、唇に噛みつく。


「おれのためだと? ふざけるな。君は亮に惚れているのだろう。今も――昔からずっと変わらずに」

「そのようなことは――」

「ただ、自分の想いを遂げただけだ。おれの命令に従う、その言い訳を盾にして。――そうだろう?」

「違います、私は」


 少しずらした唇で問い、蓮が否定を口にするよりも早く、再びふさいだ。

 蓮の考えが、まるでわからなかった。


 月龍に抱かれるのは、泣くほどい辛いのか。ならばなぜ、毎日のように誘う? 嫌だと言うなら、無理強いなどするつもりはないのに。


 亮に惚れているのならば、何故戻ってきたのか。あのとき、月龍は別れを決意していた。そのまま亮の元に留まっていればよかったではないか。


 そうすれば、月龍も諦めがついた。蓮が戻ってくれたから、二度と手放すことはしないと心を決めたのに――もう蓮のためにと別れてやることもできない。


 たとえ蓮の気持ちが月龍になくなったとしても、亮へと移ってしまったのだとしても。


「亮が好きか」


 当然だろう。月龍と亮、女がどちらを選ぶかなど、考えるまでもなかった。


「たしかに亮はうまいだろうな。何故だかわかるか? 地位にあかせて、毎晩女と遊んでいるからだ。あれだけ様々な女を抱いていれば、上達もしよう。お前が知っている亮など、ほんの一部だ。優しいお兄様だと思っているかもしれんが、違う。本性はおれと大して違わぬ――いや、おれ以上に」

「やめて」


 ろくでもない男なのだぞ。言いかけた月龍を、蓮の涙声が遮った。


「お願い、亮さまを悪く言わないで」


 両手首を床に縫い止められたまま、蓮が懇願する。


「――庇うのか、亮を」


 蓮にとって、今の状況がどれだけ怖いものかは、月龍にも想像がつく。その上でなお、蓮は亮を庇おうとした。

 蓮の気持ちが、亮に傾いているようにしか思えなかった。


 二人は、今も続いているのか。――もっとも信頼する二人に、裏切られていたのか。


 腹の底から沸き上がる激高を、鎮める気にもなれない。感情と衝動に任せたまま、涙目で見上げてくる蓮の胎内に自分を押し込んだ。

 突然の異物の侵入に、拒絶のために筋肉が萎縮する。驚きと痛みのためだろう、蓮の息が一瞬止まった。


「やめて――いや、放して!」


 けれどすぐ、我に返ったように悲鳴を上げた。身をよじり、仰け反らせ、なんとか逃れようとしている。

 ささやかな蓮の抵抗に、月龍は眉を顰めた。


「嫌か」


 蓮を深く刺し貫いたまま、声に不快をのせて問う。


「何故だ。おれの命令だからと、好きでもない男に抱かれたのだろう。ならばそのおれが望むのだ。嫌なはずがない」


 力いっぱいに抱きしめる腕の中で、蓮の細い骨が軋んだ。耳の裏を舐め、耳朶を口に含み、鼓膜に囁きを吹きこむ。


「――本当は、亮に惚れているのでなければ」


 自分の耳にすら、ぞっとする響きだった。蓮の恐怖など、想像するまでもない。


 これでもなお蓮が抵抗するのならば、解放しようと思っていた。そうなっていたらおそらく、蓮の足元に伏して、別れないでくれと懇願していただろう。


 だが何処かで考えてもいた。蓮は自分を愛してくれている。でなければ戻ってくるはずがない。

 だから別れを示唆すればきっと、おとなしくなると。


 暗々裏の計算を裏づけるように、蓮ははっと息を飲んで、抵抗をやめる。

 深いため息は、涙の成分を追い払うためか。震える呼気に、悲しさが表れているようで胸が痛い。


 蓮が、月龍の背中に腕を回す。きゅっと縋りつくのは、愛しく想ってくれているのか――それとも、恐怖故か。


 月龍が不機嫌そうだから、いつも以上に悦ばせなければならないと思っているのだろう。とってつけたように上げられ始めた嬌声が、月龍の神経を逆撫でする。


「声を立てるな」


 蓮の口もろとも、顔の下半分を押さえ込む。

 今、この行為で蓮が感じられるはずがない。月龍とて、それくらいはわかる。

 なのに繰り広げられる嬌態はいつもと同じで――今までも、蓮がただ演じていただけなのだと思い知らされた気分だった。


 偽りの声など聞きたくない。蓮の真実を曲げたくはなかった。


 ギリ、と鳴るのは、蓮が噛みしめた奥歯。一度見開かれた目が固く閉じられ、涙がまた一筋流れ落ちる。

 誤解された。声を上げては亮と重ねられなくなるから――そう受け止めたのだろう。


「違う。そうではなくて――そうでは、なくて」


 弁明しようとするのに、それ以上言葉が出てこない。

 このような不毛な行為は、今すぐやめるべきだ。思うのに、体が言うことをきかない。


 体格差があるだけではなく、蓮の体はまだ未成熟だ。負担をかけぬよう常に気を遣い、優しく抱くよう心掛けてきた。

 理性を失った今、なんの制御もせずにただ腰を打ち下ろす。

 暴力的に組み敷いたことが支配欲を刺激してでもいるのか、異様なほどの高揚感と快感に見舞われていた。

 涙する蓮を哀れに思い、悲しいと感じているにもかかわらず、だ。


 我に返り、冷静になったのは、結局蓮の中に吐き出したあとだった。

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