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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第七章

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第八話 失望


「私と一緒になれば、身分だって出世だって思いのままよ。だから捨てたりなさらないでね?」


 項垂れた様子でため息を落としたのは、一瞬だった。すぐに月龍を振り返り、笑みを刻む。


 ことさらに身分や出世のことを持ち出したのは、あてつけではないのだろう。

 一層のこと、その方がまだいい。月龍を傷つけてやろうと、心にもない責言を吐き捨てられた方がまだ救われる。

 けれど蓮の顔を見ている限り、本気で言っているのはまず間違いなかった。


 まさか、と思う。

 趙靖に諭され、別れを決意した。嫌われようと酷い言葉を投げつけもした。


 だが蓮は、月龍を嫌わなかった。月龍の本心を察して、戻ってくれたのだと思っていた。

 ――許してくれたのだと。


 戻って来たとき、たしかに蓮の言っていた。別れたりしたら、亮に秋怨の念を吹きこむと。

 ふざけているのだと思ったのだ。傍にいたいと望んでくれる気持ちが嬉しくて、蓮を抱きしめた。

 決して、脅しに屈したわけではない。


「なに――なにを言っている、蓮」


 嘘だと思いたい。言ってほしい。「私を怖がらせたりするから、意地悪を言ってみたの」と、肩を竦めて笑ってほしい。

 そうしたら、そのような酷いことはしないでくれと、月龍も笑って言える。これからもっと大切にするから許してと抱きしめられる。


 笑いかけようとするのに、顔の筋肉が強張って思い通りにならない。辛うじて口の端をほんのわずか持ち上げただけで、到底笑顔と呼べるものではなかった。


 払われた手で、もう一度蓮の両肩を掴む。双眸を見つめようとするのに、目の焦点が合わず左右に激しく揺れるのを感じていた。

 不思議そうに月龍を見上げていた蓮が、ふっと笑う。


「わかっています。身分だけではいけないのでしょう? 亮さまにもっと似るよう、努力します」


 何故ここに、亮の名など出てくるのか。

 問うまでもなく、答えはわかる。蓮は、月龍が彼女の体に亮を重ねていると思いこんでいるのだ。


 だからかと、したくもないのに納得する。

 だから蓮は、亮と同じ香油を使い始めた。より亮に似せるため――「蓮の匂い」を消すために。


 それを月龍が望んでいると、勝手に誤解して。


「それだけ――おれが、それだけで君の傍に居ると……?」


 幾度、蓮に愛していると言っただろう。

 どれだけの想いをこめて、蓮を抱いていたと思っているのか。


 想いをすべて否定されているわけではないだろう。違うと思いたかった。政治利用のために近づき、亮の身代わりにするような卑劣な男に、蓮が惚れるわけがない。

 何処かで、月龍の想いを信じてくれているはずだと。


「もちろん、それだけではないと思っています。私のこと、気に入って下さっているのでしょう?」


 気に入る、とはなんだろう。

 それではまるで月龍が、道具を選ぶに等しく蓮に手を出したようではないか。


 するりと、蓮の腕が伸びてくる。

 頬に触れてきたのは、冷たい指先。唇をなぞるのはまるで、月龍を誘惑する仕草だった。

 蓮が目を細めて、艶っぽく笑う。


「そのために、学んできたのですもの。これからももっとお役に立てるように――もっと悦んで頂けるように、頑張ります」


 月龍が刻んだ、引きつった笑顔とは比べ物にならなかった。蓮は美しく嫣然と微笑んで――涙を一筋、頬に落とす。


 ――思い出さずには、いられなかった。あの日蓮にぶつけた中でも、もっとも酷い暴言を。


 口の中から、急速に水分が失われていく。喉の奥がひりつくほど、からからに乾いていた。

 ごくんと喉仏を上下させたが、飲みこめたのは少量の空気だけだった。


「まさか――他の男に、抱かれたのか」


 あのとき、月龍は言った。おれに抱いてほしければ、他の男で学んで来いと。

 その蓮が、戻って来たのだ。条件を満たしたからだと、何故疑わなかったのか。

 そうして今、「学んできた」と蓮は言った。


 痛みさえ訴える乾ききった喉で問いを振り絞ったあと、後悔する。訊いてどうするというのか。首肯されればただ、失望の念が強くなるだけなのに。

 細い肩を握りしめ、月龍は祈りをこめて見つめる。嘘でもいいから否定してほしい――たとえそれが、意味のないことだったとしても。


 月龍の目を見つめ返し、蓮が不思議そうな顔になる。

 なにを今更、そう罵ってくれる方がまだ良かった。

 なのに蓮は、今度こそ先程の作り物とは違う、本当の笑みを刻む。


「――はい!」


 褒めてもらえるとでも思っているのだろうか。努力が認められたとでも。

 嬉し気な微笑みの前で、月龍が感じた絶望は筆舌に尽くしがたかった。

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