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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第七章

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第一話 皮肉


 衛士に懐剣を提示し、部屋に入った月龍が見たのは、亮の後ろ姿だった。

 卓の前でだらしなく座り、酒を飲んでいる。まだ夕方に差し掛かったばかりではあるが、むしろ昼間から飲むことも多い亮のこと、珍しくもない。

 足音で、月龍の来訪を知ったのだろう。ちらりと後ろを振り返り、不機嫌そうな顔をする。


「――そうだ月龍、ちょうどいいところに来た。お前に話が……」


 言いかけたのを遮り、駆け寄って亮を抱きしめる。持ち上げられる勢いで立ち上がった亮は、驚きに目を瞠るも一瞬、じとりと据わった目を向けた。


「おれにその気はないぞ」

「おれもだ。おれはこれほどまでに蓮を愛しているのに」


 歌うように言って、身を離す。


「嬉しいことがあってな、つい」

「ほう」


 喜色を隠しきれない月龍に、亮は呆れとも感心ともつかぬ息で応じる。


「あれとは別れたのではなかったか」


 耳の痛さに渋面になるも、至極もっともな質問だけに「うるさい」と返すわけにもいかない。そもそもその説明をするために、亮を訪ねたのだ。


「蓮のためにはその方がいいと思っていたが――やはり自分の気持ちに、嘘などつけるものではない」

「というと?」

「昨夜、蓮が戻って来てくれた。傍に居たいと言ってくれたのだ。愛していると――」


 話しているうちに、蓮がくれた笑顔が蘇ってくる。再度沸きあがった感激に抱きつこうとするも、心底嫌そうな顔の亮に押し返された。


「それで結局は元の木阿弥か」


 口の端に見え隠れする皮肉には、気づいていた。けれど亮がこのような言い方をするのは、今に始まったことではない。気にもならず、首肯する。


「ならば夜もさぞ盛り上がったのだろうな」


 にやりと刻まれた笑みは、亮の美貌でなければ下品でしかなかっただろう。普段であれば不快な話題ではあったが、つい月龍も頬が緩む。


「蓮も応えてくれた。初めて、本当の意味で結ばれた気がする」

「――なるほどな」


 意味ありげに、ふん、と鼻を鳴らした亮は、元の場所へと腰を下ろす。


「しかしまぁ、どいつもこいつも女にうつつを抜かしおって。お前もあの色欲じじいと一緒だな」


 思わず顔を顰める。「色欲じじい」が王を指しているのは明らかだった。あのような昏君と一緒にするなと睨みつけるが、亮は構わず、平然と杯を口に運んだ。


「まったく、女とは恐ろしいものだ」

「悪いか」

「そうは言っていない。実はおれも、似たようなものだ」


 ひょいと軽い仕草で肩を竦める亮に、不愉快だったのも忘れて唖然とする。


「お前――好きな女でもできたか」

「いい女だぞ」


 ふふ、と小さな含み笑いが返ってくる。


「身を焦がす恋とは、こういうものなのだろうな。人のものを奪ってやるのだと思えば、余計ぞくぞくする」

「人のもの?」


 では、誰かの恋人や妻とでもいうのか。だとしたらまた、悪趣味極まりない。


「肌の相性も、おれとの方が良かったみたいだしな。おれのものになるのはまぁ、時間の問題だ」


 月龍が非難を口にするより早く、亮が言う。

 なんだ、もう抱いたのかと呆れる。同時に思う、その女の恋人なり夫なりも可哀想なことだと。亮が恋敵では、勝ち目などないに等しいではないか。


「血筋的にも問題ない。近いうちに、后に迎えるつもりだ」

「お前が后にしようなどとはな。堅苦しくていかんのではなかったか」

「あれは特別だ。あれが正宮になってくれると言うなら、他の女などいらん」


 王子である亮は、正式な妃だけでも三人は娶ることができる。まして王になれば、後宮に居る千人からの美女はすべて、亮のものとなる。

 それらを、いらんの一言で捨ててしまおうとは。

 よほど惚れているのか。好奇心が首をもたげてくる。


「おれの知っている女か」

「さて。いずれお前にも会わせることになろう。それまでのお楽しみだ」


 くくっと喉を鳴らす様は、意地悪な子供のようだった。

 まさか嬋玉殿などと言うのではあるまいな。冗談とはなしに思う。


「おれのことはともかく、お前の話だ」


 月龍の軽口を予測したわけでもないだろうが、亮が強引に話題を戻す。


「先程の口ぶりではまるで、蓮のために別れようとした、とでも言いたげだったが」

「ああ、実は――」


 話を始めようとした月龍に、亮が盃を投げてよこす。どうせ長い話になるとあたりをつけたのだろう。亮の目に促されて、向かいに腰を下ろした。


「実は、趙公に呼び出された」

「ほう、元譲殿に」


 月龍の盃に酒を注ぎながら、亮がすぅっと目を細める。


「武功を立てても、蓮との結婚は辞退してほしいと言われた」

「おれの言った通りだな」


 亮は面白くもなさそうに応じる。

 実際、そうなるだろうから屈してはならぬと忠告も受けていた。趙靖からの圧力に負けない自信はないと、情けない告白もした。

 その通りになってしまったのだから、本来であれば言い訳できる立場にはない。自覚があるだけに、口ごもる。


「で、いくら貰った」


 片眉を上げた問いかけに、顔をしかめる。質問の意味が、理解できなかった。

 月龍の愚鈍さに対してか、亮が刻んだ笑みには明らかな嘲りが浮かんでいる。


「蓮との別れを引き換えに、金でも貰ったのだろう。いくらであれを売り戻したのかと訊いている」


 発せられたのは、痛烈な皮肉だった。

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