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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第六章

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第十一話 偽り


 二人はそのまま、当然の成り行きのように流れて、褥を共にしていた。


 これまでとは違い、蓮は月龍の動きに合わせて身をくねらせ、規則的に甲高い声を上げる。半開きの唇から、ちらりと白い歯が覗いていた。

 甘い声が、月龍を官能の渦に飲みこもうとしているようだったけれど、ふと、不安になる。


「蓮――今日はどうした」


 不意に動きを止める月龍を、ゆっくりと上げた薄目で見上げる。


「どうした――とは?」


 乱れた息と、上気した頬。普通に見れば、蓮も歓んでくれている証に思える。

 だが上げられる嬌声は、どこか不自然だった。

 なにより、先日までとの違いに嫌でも気づかされる。

 目と鼻の先、正面から蓮を見つめた。


「もしあのとき、おれが言ったことを気にしているのなら――おれを悦ばせるために演じているのなら、必要ない」


 告げるのが、辛かった。先日の非道を、自分も蓮も思い出してしまう。

 けれど言わぬまま、有耶無耶にもしたくなかった。もし蓮に誤解を抱かせてしまっているのならば、なんとしても撤回しなければならない。


 ぴくんと、蓮の睫毛が震えた。

 微かに開かれた目に、半瞬ほどだったが、怯えの色が浮かぶ。


「やはりそうか」


 軽く嘆息するが、月龍が感じたのは喜色に近い感情だった。

 無理をおしてなお傍に居たいと願い、それほどまでの蓮に愛されているのだと思えば、自己満足を禁じ得なかった。


「いえ、私は――」

「無理な演技は必要ない」


 否定を遮り、蓮を深く抱きしめる。


「ただ、受け入れてくれるだけで、おれは充分――」


 幸せだ。続ける代わりに、そっと耳元に口づけた。


 月龍が作る精一杯の優しい声に、蓮の目が鋭くなる。

 かつて一度も月龍に――否、他の誰に対しても向けられたことのない、険しい表情だった。

 もしそれを目で確かめていたら、せめて感じ取れていたら、いかに月龍と言えども蓮の異変に気づいていただろう。


 けれど今、月龍は幸せだった。


 蓮の肩に顔を埋め、ぬくもりと自己中心的な愛情に酔いしれ、目を閉じている。蓮の様子に、気を配るだけの余裕はなかった。

 自分が幸せなのだからきっと、相手も幸せなはずだ。陥りやすい錯覚と誤解が、月龍の心に目隠しをする。


「――否、これだけでも望みすぎなのかもしれない。もしこうやって抱かれるのが嫌なら、寄り添うだけでもいい」


 月龍は想いを言葉にするのが苦手だった。きっと、言葉の選び方もうまくない。

 けれど伝わったはずだと思いたい。なにも語らぬ月龍からでさえ愛情をくみ取ってくれた蓮ならば、きっとわかってくれたはずだ。

 蓮の腕が、するりと月龍の首に巻きついてくる。


「私では――楽しめない?」


 やんわりと頭を抱きしめてくれる蓮の温かさが、心身に染み入ってくる。

 だが、柔らかな声音が告げた言葉は、無視できるものではなかった。はっとして、身を離す。


「それとも、口を噤んでいた方がいい? 嫌がる素振りをした方が、あなたは楽しめる?」


 すぐ間近で覗きこんだ蓮の瞳が、潤んだ光と含んで揺れている。教示を請う目つきに、戸惑いだけではなくいいようのない不安に襲われた。


「違う。なにを言っている、君は」


 不安が、語気を強くさせる。

 蓮を抱く理由は、享楽のためではない。月龍が楽しむとかどうとか、そもそも問題が違った。

 なのに蓮が、それを気にするとは。

 もしかしたら、伝わっていないのかもしれない。急激に、肝が冷える。


「言ったはずだ。おれを悦ばせるためになどと考えなくていい。我慢など必要ない。おれは――」

「月龍」


 そのままの君を愛している。


 焦って言い募る月龍を、蓮が遮る。月龍の頬を両手で挟んで、小さく笑った。


「私なら大丈夫。だからお願い。焦らさないで、続けて……」


 切なげな響きが、甘ったるい声に拍車をかける。月龍の顔をそっと引き寄せ、口づけてくれる蓮の柔らかさが、月龍の理性を奪った。


 蓮が大丈夫だと言っているのだから、それでいいはずだ。

 もう、なにも考えたくない。


 欲に流され、身に迫る快楽に追いつめられ、月龍はただ夢中で蓮の体を抱いた。



 ――月龍はこのとき、幸せだった。

 それが、偽りの彩りであることを知らずに――

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