第十話 脅迫
意を決した問いかけだった。
さすがに表情がかげるかと思ったけれど、蓮はにっこりと破顔する。
「いいえ。私はただ、考えさせてと言っただけです。考えた結果、やはり傍に居たいと思いました」
返答は、月龍の推測を裏づけるものに思えた。でなければ、このようなことを言ってくれるはずがない。
胸が熱くなる。目の表面を、涙が覆うのも感じていた。
嬉しさのあまり、笑みを刻むこともできない。眉根を寄せて目を細め、唇も真一文字に引き結ぶ。瞳が潤んでいなければ、怒気を含んで睨みつけているようにも見えるかもしれない。
否、それさえも鋭い眼光に見える可能性もあった。
だが月龍は元々、感情を――とくに喜びを表すのが下手な男だ。蓮も月龍の性質を知っている。
彼女ならばきっと、本当は嬉しいのだと理解してくれているはずだ。
都合のいい甘えを見せる月龍の期待に応えるように、蓮はふっと、唇の端を持ち上げた。
「嫌だ、なんて仰らないでね。私を捨てたら、亮さまに言いつけますよ。うんと、秋怨の念を吹きこんでやるんだから」
怖いでしょ? 拗ねた口ぶりの中に、ふざけた脅し文句があった。
けれど顔に刻まれた微笑が、本気ではないことを物語っている。――少なくとも、月龍にはそう思えた。
がたんと音を立てて立ち上がる。なにをするつもりだろう、とでも言いたげな視線が、月龍の動きを追っていた。
きょとんとした眼差しを受けながら歩み寄ると、月龍は力いっぱいに蓮を抱きしめた。
「――月龍――?」
引きずられるように立ち上がって、蓮は今日初めて、戸惑いの色を浮かべる。
「愛している」
低い囁きに、万感の想いを込めた。
ふと、蓮に会えなかった数日間が脳裏をかすめる。
世界は完全に、色を失っていた。あの限りなく黒に近い灰色の日々は、死を迎えてもなお、永劫に続くはずだった。
それが今、瞬時にして鮮やかな色彩を取り戻したのだ。
この幸せを、もう二度と失いたくない。
骨が軋むほどに強く抱きしめ、告げる声が震える。
「もう離さない。なにがあってもだ。だからどうか――ずっと、傍に居てくれ」
堪えなければと思うのに、嗚咽も洩れる。
蓮が、頬を月龍の胸に押しつけた。背中に回された彼女の手が、きゅっとしがみついてくる。
「――ごめん、なさい」
涙の成分を帯びた声が、ため息に乗る。
え、と問い返すよりも早く、蓮が続けた。
「でも――どうしても、あなたの傍に居たいの。愛しています、月龍」
背にしがみつく力が、強くなる。月龍と比べるまでもなくか弱い蓮の、必死さがわかる力だった。
何故謝るのか、何故「でも」などと続けるのか。
疑問に思わないわけではなかった。けれど、それ以上に幸せだった。
声に含まれる悲愴さにも気づいていたが、それほど蓮が真剣なのだと――寄せられた愛情の深さだと思えば、喜びが勝る。
なにより、蓮が「愛している」と言ってくれた。今までは精々、「大好き」だったというのに。
野に咲く花が好き、流れる風が好き、亮も嬋玉も大好き――月龍に対しても、その延長でしかないのではないかと、不安の種でもあった。
それなのに、あの蓮が。
胸が、震える。蓮の唇に口づけたとき、至福は頂点を極めていた。
肉体的な享楽ではない。蓮の暖かな真心に触れられたが故の、感動だった。




