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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第六章

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第五話 決別


 足音が、聞こえた。

 乱雑な足取りは――否、そうではなくとも、この部屋に声もかけずに入って来られる人物は、一人しかいない。


 慌てて体を起こして立ち上がると、臥牀の蓮を隠すために天蓋を引く。一番上の服だけを羽織り、かなり乱暴に帯を腰に巻きながら足を踏み出した。


「どうした、月龍。このような時刻に」

「このような時刻? 仕事が終わってすぐだが」


 怪訝そうに眉を顰める月龍に、おう、と内心で声を上げる。どうせ仕事を途中で抜けてきたのだろうと思っていたが、違ったらしい。

 蓮が訪ねて来たのは、昼を少し過ぎた頃だった。それからずっと、つい先ほどまで愛し合っていたのだから、押し問答を差し引いても一刻は優に超えている。


 まさかこれほど時が経っていたとは。

 驚きつつ、自分自身に呆れもする。時の経過もわからぬくらい蓮に溺れていたのでは、あながち月龍のことを馬鹿にもできない。


「悪いが、今は取り込み中だ」


 見ての通り、と両手を広げて見せる。髪や衣服が乱れているのは自覚済みだった。

 ちらりと思わせぶりに向けた亮の視線を追って、月龍の目も臥床の上、天蓋越しの人影を見たはずだ。

 月龍が、チッと舌打ちを吐き捨てる。


「また女か」


 人の気も知らないで、との色合いを濃く感じ取りながら、あえて無視する。亮はわざと大袈裟な仕草で肩を竦めて見せた。


「そういうことだ。用事ならば、後日出直してくれ」

「その必要はない」


 軽く首を左右に振った月龍は、笑みを刻んだ亮とは対照的な重々しい表情を崩しもしない。


「ただ、報告に来ただけだ。昨夜――蓮と別れた」

「ほう、別れた」


 早々に立ち去りたいのか。一方的に言い捨てた月龍の背中に投げた声は、面白がるようなものになった。

 唇には笑みを、瞳には冷厳さを刻みつけ、わざと嘲りを含んだ調子で言う。


「理由は、まぁあえて聞くまい。だがなぜ、わざわざ知らせに来た。よもや蓮をおれに返す、とでも言うつもりか? おれはそれでも構わんが」


 月龍に、機会を与えてやったつもりだった。

 あえて聞かないとは言ったが、裏を返せば、事情があるのならば聞いてやる、との意味に他ならない。

 理由を言わずとも、むきになって否定したり、感情的に想いを吐露するだけでも良かった。

 たとえば納得できる事情があったとする。そうであれば今までと同じ、血を吐く想いを抱えながら、二人を見守ることになろう。


 ――それを、期待していた。


 亮の声に、月龍は足を止めた。肩越しに振り返る鋭い眼光が、なにか言いたげにも見える。

 しかし、しばらく言葉を探していた様子の月龍は、重い沈黙の後視線をそらした。


「――おれはともかく、趙公がお許しになるまい」

「おれはともかく、か!」


 我知らず、大きな声になる。


「ではいいのだな? おれが蓮をもらっても。お前はそれで構わないのだな?」


 揶揄の響きを隠しもしないのは、願っていたからだ。


 否定してほしい。おれから蓮を奪っていくなと、怒鳴ってくれ。

 それを、蓮に聞かせてやりたい。月龍に想われていることを、自覚させてやりたい。


 わかっているのだ。月龍の答えがどうであれ、蓮は彼を選ぶことは。

 ならばせめて、亮が知る月龍の蓮への傾倒ぶりを、見せたかった。


 月龍の行った非道に怒りながらも、彼を信じたかった。なにか事情があったのだと――蓮への気持ちは決して、嘘ではないと。


 幼い頃から共に過ごした親友が、蓮のような純粋な娘を弄んで捨てる下衆だとは、思いたくなかった。


「――おれになにを言えと?」


 斜め後方からでも、月龍の頬に力が入っているのが見て取れた。音が鳴るほど、強く奥歯を噛みしめているのだろう。

 なにがそれほど悔しいのか。亮の方がよほど、耐えきれぬくらいの怒気に苛まれているというのに。


「もはや、なにを言う気もない」


 吐き捨てる語調だった。

 絶句する亮を置いて、月龍は足早に出て行く。亮が発するはずの責め句から逃げるためだろうか。


 卑怯な男だ。

 おれはずっと、あのような男を親友と呼んで、信じてきたのか。


 情けなかった。月龍への激怒は、そのような男を許し続けた自身へと向かう。

 なにより、蓮が哀れだった。

 一気に天蓋を引き開ける。

 そこには予想通り、裸の体を毛布で包む蓮の細い肩が、震えていた。

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