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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第六章

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第一話 想い人


「どうした、(レン)。久しいな」


 昼過ぎに訪ねて来た蓮の神妙な面持ちに、(リーアン)は内心で苦笑する。これはまた月龍となにかあったなと、推測が働いたのだ。


 蓮は元々、甘え癖がある。悩み事があるとすぐ、亮や嬋玉(センギョク)のところへ来ては相談するきらいがあった。

 月龍とのことに関してはやはり、付き合いの深い亮の元へ来るのが必然だった。別れ話をされた翌日などは、まず間違いなく訪ねて来るのだから、嫌になる。


 恋の悩みなどおれにしてくれるなと、幾度言いかけたことか。聞かされる亮こそが、蓮に恋煩いをしているというのに。

 相談を受ける度、月龍への想いの強さを思い知らされるのだ。単純に月龍が恨めしくなるだけではなく、毎度打ちのめされた気分になる。


 もっとも、自分の想いを蓮に打ち明けるつもりは毛頭ない。そうしたらきっと、蓮は気を遣って訪ねて来なくなる。

 蓮の笑顔を見るためには、「頼れるお兄さま」を演じ続けることが肝要だった。だから涙をのんで、「惚気話」を聞かされてやっている。


 まったく損な役回りなことだ。これも惚れた弱みかと、表にまで苦笑が洩れてしまう。


「――ん?」


 いつものように、卓の間に座ろうとした亮の横を、蓮が素通りする。奥の間まで歩いて行く後ろ姿を、慌てて追った。

 部屋の中央にある臥床(がしょう)と、壁際の(しょう)、ほぼ中央くらいの位置に立っていた蓮がふと、臥床に目を向ける。

 瞬間、顔を顰めて俯いた。


 蓮の様子が、いつもと違う。普段は一応の仲直りをしてくるが、今日はそれさえもないのかもしれない。

 泣き腫らした目も、表情の沈み方も、たしかにいつも以上だった。


「まったく罪な男だ。おれの可愛い蓮を、これほどまでに悩ませるとは」


 半分本気の冗談を口にしながら、蓮の肩に手を回す。

 この程度の接触など、二人にとっては日常茶飯事だった。別に驚くほどのことでもない。

 なのに蓮は、はっと身を固くし、亮の手を払った。自身の身を庇うように抱きしめ、怯えた目つきで亮を見上げる。


「ああいや――別に下心があったわけではないのだがな」


 過剰な反応に驚きつつ、引っ込みのつかなくなった払われた手で頬をかいて見せる。

 弁明に、蓮は慌てて頭を振った。


「ごめんなさい。私、失礼なことを――」

「いやまぁ、おれも、恋人のいる女に気安く触れすぎだったな。すまない」


 今にも泣き出しそうな蓮の謝罪に、苦く笑って見せる。驚きも寂しさもあったものの、決して怒ったわけではない。


「――まぁいい。座れ」


 先に牀に腰を下ろし、目で蓮に隣りを促す。抵抗する気はないのか、蓮は素直に従った。

 通常であればすぐ隣りに座るだろう蓮が、間に一人分くらいの空間を空けている。今までにもあった違和感が、より一層強くなった。


「今日は――亮さまに、お願いがあって……来ました」


 声音に表れるのは、強い躊躇いの色。

 蓮は外見に寄らず豪胆なところがあり、ある意味図々しさもある。他の人間に対してはいざ知らず、嬋玉や亮相手に遠慮するような娘ではない。


 その蓮が、言いよどむほどの出来事。

 よほど面倒事なのだろうか。思いつめた蓮の横顔が、否が応にも亮の不安をかき立てる。


「蓮――」

「抱いて、ください」


 先を促すつもりはなかった。沈黙に耐えきれず、ただ名を口にする。

 その声を遮ったのは、蓮の震えた声だった。

 亮は、耳を疑う。


「今――なんと言った」

「――ですから……私を抱いてください、と」

「はっ」


 思わず訊き返し、だが聞き違いでなかったことを知ると、失笑する。


「おいおい。冗談ではないぞ。おれはまだ、月龍に殺されたくはない」

「大丈夫です。だってこれは、あの方のためになるのですもの」

「月龍の?」


 訝しさに眉を顰め、首を傾げて続きを待つ。


「私は――男の方の悦ばせ方を知らないから――なにもできないから。だから、抱いてもつまらないと」


 途絶えがちになるのは、懸命に言葉を紡いでいるからだ。口元に手を当て、俯いた蓮の目からは、今にも涙が溢れ出しそうだった。


 ――けれど。


「あのなぁ、蓮」


 我知らず、ため息が深くなる。思わず立ち上がり、腰に両手をあてて蓮に向き直った。


「それほど覚えたいと思うなら、月龍に教えてもらえ。その方が、あれ好みにもなろうが」


 おれにこのようなことまで言わせるなと、情けない思いでいっぱいだった。


「けれど――」

「そもそも根本を間違えているぞ、蓮」


 なおも否定しかけた蓮を遮って、続ける。


「惚れた女を抱けるのだぞ。それだけで月龍は満足している。そのような不満など、感じたこともあるまい。そもそも、だ。惚れた女が他の男に抱かれて喜ぶ男がいるか。たとえそれで上達したとして、おれならば少しも嬉しくはないぞ。むしろ、嫉妬で腸が煮えくり返る」

「違います!」


 現に今、このような相談を持ちかけられて、嫉妬で気が狂ってしまいそうだった。

 珍しく感情的になって言葉を並べる亮を、さらに珍しいことに蓮が声を荒らげて遮る。


「月龍は――あの方は、私のことなどなんとも思っていません。だって、あの方が本当に想っているのは、亮さまなのですから」


 叫ぶように言った蓮に、亮は唖然とせざるを得なかった。

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