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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第五章

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第八話 涙


 何故そうなるのか。

 咄嗟に覚えたのは驚きではなく、困惑だった。それからようやく、吐き出したでまかせを頭の中で反芻する。


 亮との絆を深めたい、亮に知られたから蓮を捨てられない、亮に頼まれて断れなかった――


 並べてみると、たしかにすべて亮がらみの理由だった。


 月龍と亮の関係は親友ではない。(ショウ)月龍(ユエルン)が殿下に惚れているとの噂は、宮廷内に流布している。蓮がそのことを思い出したのも、無理はない。


 それにしても、なんと非現実なことか。

 失笑しかけて、不意に思う。蓮がそう誤解したのならば、使えるかもしれない。


「そういうことだ。亮は男に興味がない。おれの想いを告げれば、傍にもいられなくなる。幸い君の容姿は、亮に印象が似ている。特にその髪質と色合い――ずっと、亮を重ね見ていた」


 口にするのも汚らわしい、男色の話。まして蓮が亮の身代わりであったなど、馬鹿らしいと言うより他はなかった。

 蓮がこのような話を、本当に信じるだろうか。一瞬の誤解を生じたとはいえ、すぐに嘘だと気がつくのではないか。

 我に返った瞬間、笑い出すかもしれない。


「私が、亮さまの、身代わり――」


 口の中で噛みしめるように呟く。震えた小さな声と、茫然とした表情が、今の話を真に受けた証だった。

 俯いたまま左右に揺れる蓮の瞳が、明らかな動揺を示している。


 蓮が示す反応に、場違いな怒りが湧いた。

 態度ひとつをとってみても、月龍の気持ちなど明らかなはずだ。なのに何故と、嫌われなければならない状況すら忘れそうになる。


「それでも、構いません」


 何故疑うのか、これほど愛しているのに。

 危うく叫びかけた月龍を押しとどめたのは、悲愴な決意だった。


「――なに?」

「あなたがどう思っていても、私はあなたが好き。たとえ身代わりだとしても、お役には立てているのでしょう? それで、充分です。だから――抱いてください」


 涙声で告げた蓮が、縋りついてくる。


 複雑な心境だった。

 別れるのならば、早く忘れるためにも月龍のことを嫌ってほしい。決して傷つけたいわけではないのに、嫌われようとすれば非道な言動をせざるを得なくなる。

 吐き出した心にもない言葉は――それらが示す「非道な男」は、蓮の好む類の人物像ではない。嫌悪され、蓮の方から愛想を尽かされても当然だった。


 なのに未だ、好きだと言ってくれる。蓮のいじらしさに、たしかに感動していた。

 目頭が熱くなる。流すわけにはいかない涙を堪えるほどに、月龍の眼光は鋭くなった。


「それももう苦痛だ」


 辛うじて、突き放す言葉を口にする。


「いくら亮を思わせても、君には飽きた。声も出さず、反応もせず、ただ寝そべっているだけなのだからな。男を悦ばせる術を知っているだけ、金で買った女の方がまだいい」


 ああ、なにを言っているのか。

 口にした端から、後悔する。蓮を貶める必要は、まったくないというのに。


 ただ正直に言ってしまえば、純粋に性的な面に限ると月龍が蓮に満足していないのは事実だった。

 月龍が夢中で抱いている間、蓮は決して、嫌がるそぶりなどは見せない。素直に受け入れてはくれるが、それだけだった。きゅっと目と口を閉じ、終わるまでじっと我慢している印象がある。


 寂しかった。本当は蓮の方からも求めてほしい、ずっとそう思っていた。

 なにより、蓮の体は華奢だった。体の線こそは優美な曲線を抱いているが、その細さと幼さが、罪悪感にも似た躊躇いを覚えさせる。

 ともすれば理性を失って、悦楽を貪りたくなるのを無理に抑え込んでいた。できるだけ優しく、蓮の体に負担をかけぬようにと心がけてると、どうしても半端な満足で終わることも多かった。


 けれどそれらは、月龍が自ら勝手に課したことだ。蓮に落ち度はない。

 精神的にも肉体的にも幼い蓮が受け入れてくれるだけでも、充分な恩恵ではあった。

 わかっているから、満たされないながらも不服ではなかった。そもそも蓮を抱くのは快楽に興じるためではない。愛情を確かめ合い、絆を深めたいのだから、閨房術など二の次だった。


「――だったら、教えてください」


 俯いた蓮が、小刻みに体を震わせる。

 月龍が目を瞠るのとほぼ同時、蓮も顔を上げた。


「あなたの言う通りにします。覚えます。あなたが好んでくれる女になりますから――だから、教えて」


 決意の表情、瞳いっぱいに溜まった涙を前に、答えることができなかった。


 蓮は一体、なにを言っているのだろう。月龍が好む女? それは蓮に決まっている。今のまま、なにも変わらぬ蓮以外、誰がいるというのか。


 不満の種である亮とのことも、諦めてはいた。亮の名を口にせず、彼を訪ねて行くこともしない蓮は、きっと蓮ではない。

 人格形成において多大な影響を受けたからこそ、今の蓮があるのだ。歪んだ形を、強要したくない。


 蓮に、蓮のままでいてほしい。


 自分のために泣いてくれる、優しい蓮。涙で輝く瞳の、月龍を捕らえて離さぬ強い光が、心臓を鷲掴みにする。

 吸い寄せられるように唇を寄せようとして――応じようと瞼を閉じたはずみで、蓮の頬に涙がぽろりと転げ落ちた。

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