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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第五章

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第六話 決意


 天から降り落ちてくる雪の白さが、暗闇の中の微かな光明だった。

 寒い冬の日。窓の外、風流とも呼べる光景に、しかし月龍は注意を向ける余裕はなかった。


 蒼龍が月龍の前に姿を現してから、二カ月近くの月日が過ぎていた。


 表面上、穏やかな時間が流れていたともいえる。水面下では岷山(ビンザン)との駆け引きは続いていて、出兵に向けての準備は着々と進んでいたが、月龍自身はさほど変わらぬ生活を送っていた。

 蒼龍への警戒は、怠っていない。衛兵や従者に尋ねても、蒼龍が近づくことすらあの日以降はないという。

 もしやって来たとしても、もう従者は通しはしないだろうが。


 それはきっと、蓮も同じだ。

 隠すことなく怒りを蓮にもぶつけ、さらには従者や衛兵への不満として彼女に聞かせた。

 心優しい蓮のこと、自分のこと以上に、彼らが叱責される事態を避けたく思うはずだと推測をして。

 功を奏して、蓮は蒼龍の話題を自分から口にすることはほぼなくなった。

 最初の頃は時折、和解を促すようなこともあったが、月龍が不機嫌な顔を作って見せると、すぐに口を噤む。


 蓮と過ごす日々は、おおむね月龍の希望通りになったと言えた。

 もう蒼龍は二人の間に入り込む隙はない。唯一不満があるとすればやはり、亮とのことだった。


 仕方がないと諦めている部分もある。亮の存在なくして、今の蓮はない。訪ねて行くのも、彼の話題が上るのも当然だとは思っている。

 それでも、二言目には亮の名を口にし、時間を見つけては亮に会いに行ってしまう。

 亮も亮だった。忙しいだのあまり訪ねて来るなだのと口では言うが、実際に蓮の訪問を受けると、嬉々として歓待する。

 彼らの仲にやましさがないことは承知していても、面白くはなかった。


 不満と不安が抑え難くなったとき、月龍は決まって、蓮に別れ話をするようになった。

 別れを切り出せば、蓮が泣いて縋ってくれる。そのあと、ほんの一言優しい言葉をかけただけで喜んでくれる。肌を合わせて体温に寄り添えばまた、月龍に満足を与えてくれる。

 もはや蓮の気持ちを確かめるためでさえない。ただ想われる幸せを、目に見える形で見たいというだけだった。得られる反復的な快感に、中毒にでもなっているのかもしれない。


 知っているのだ。いくらそのような自分勝手をしても、蓮は必ず許してくれる。激しい自己過信であり、蓮への甘えなのかもしれなかった。


 ――けれど、今日はいつもとは違う。

 帰るなり、待ってくれていた蓮に別れを告げる月龍の胸には、決意があった。


「――どうか、お傍にいさせてください」


 抱きついてきた蓮の肩を掴んで、引き離す。

 おれと別れてほしい、理由も告げずに言い放つのとほぼ同時、蓮の瞳にはみるみる涙が溜まった。

 この反応は、わかっていた。今までと同じだ。不安に駆られて別れを言い渡す、反射的に蓮が涙を流して縋りつく。

 月龍を満足させるための、(まじな)いだった。これほどすぐに泣けるようになったのは、ある意味月龍に鍛えられたせいかもしれない。


「君の気持ちなど、知ったことではない」


 できるだけ冷徹に聞こえるように、言葉を選んだ。


「おれは、君の身分が欲しかった」


 涙に暮れる蓮を見ていることができなくて、顔を背ける。目を固く閉じ、眉間の皺も自覚した。辛い心情の表れなのだが、怒気にもきっと見えるはずだ。


「外戚筋の公主を娶れば、おれも覇権を握られると思っていたが、もう王朝は終わりだ。天乙(てんいつ)に倒されるのも、時間の問題だろう。おれの欲した肩書きは、邪魔にすらなりかねない。君は用済みになった」


 だから、別れてくれ。


 重ねて口にしながら、矛盾はないはずだと頭の中で反芻する。

 実際、月龍の想いは別として、周囲にはそう見られているのは事実だった。卑しい成り上がり者が身分を求めて高貴の女に近づく――古来よりよく聞く話だ。


「――嘘」


 消え入りそうな呟きが洩れて、月龍はそっと、瞼を押し開く。盗み見る月龍と、目も合わない。泣くことも忘れたのか、愕然と見開かれた蓮の瞳が、虚空を見つめていた。


「嘘ではない。信じようが信じまいが、それが真実だ」


 胸が重くて、息苦しい。

 深く息を吸い、ため息の代わりに、ははっと乾いた笑いを吐き出した。


「幸い、おれは薛の長子だという。薛侯も、おれに跡を継いでほしいと言っているそうだしな。――そこは、蒼龍とおれの和解を進めようとしてくれた、君のおかげか」

「では――蒼龍と、和解できたのですか」

「話をする余地ができた、というだけだ」


 真実味を持たせようと出した蒼龍の名に、蓮が食いつく。

 別れ話の最中だというのに、あの男の名には反応するのか。自分が口にした話題のくせに、苛立ちが浮く。


「――ともかく、薛は商寄りの諸侯だ。あちらで名家の娘でも娶れば、出世の算段はつく」


 よほど蒼龍のことが気になるらしいなと、浮かびかけた皮肉を飲みこむ。嫉妬など見せては、月龍の気持ちを語るのと同じだった。


「出世がお望みなら――私はやはり、あなたのお役に立てると思います」


 口元を押さえる手が、震えている。けれど掠れた声には、はっきりと決意が見えていた。

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