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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第五章

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第三話 縁談


 亮の元へと向かう足は、いつにも増して忙しないものだった。

 本当は、まっすぐ蓮のところに帰りたかった。早く会いたいというだけではない。蒼龍の存在が、どうしても月龍の心に不安を植え付ける。

 趙靖(チョウセイ)の邸にいる間は安心だ。警備は厳重で、月龍でさえ近づくことはできない。蒼龍がつけ入る隙はなかった。


 かと言って、会わなければいいという話ではない。月龍が休みの日だけとなれば、会う日は限られる。それに耐えられる自信はなかった。

 ただその顔を見て、笑いかけてほしい。名を呼んでくれる声を、一日たりとも欠かすことはできなかった。


 依存している。

 自覚はあっても、正すつもりもないのが重傷だった。


 とはいえ、亮からの呼び出しを無視するわけにもいかない。要件を手短に済ませ、早く帰りたいところだ。


「よぉ、月龍」


 例の懐剣を提示し、入った部屋の中では亮が、いつものようにくつろいだ姿で寝台に転がっていた。

 伸びた髪を結いもせず、着物の前もだらしなくはだけている。

 このような格好をしていてもなお、見惚れるほどの美貌に陰りすら見えない。


「どうした、急に」


 寝そべって頬杖をついた姿勢は、とても緊急の用とは思えない。非常事態ではないことにまずは安堵し、月龍も壁際の(しょう)(長椅子)に腰を下ろす。


「実はな、今、お前と蓮の縁談を正式に進めている」


 世間話と同じ調子で発せられたのは、衝撃的な言葉だった。


 月龍と蓮の仲は、秘しているものではない。蓮の身分、月龍の立場を考えれば、一度噂として洩れれば広がるのは早かった。

 月龍に関しては、元の悪評もある。「蓮公主は騙されているのではないか」「下賤な成り上がり者が身分を求めて近づいた」だのと、口さがない者たちには言われていた。

 蓮の名に傷をつけた以上、すでに引き下がることなどできない状況ではあった。いずれは、と考えてはいたけれど、予測よりもずっと早い展開に目を見開く。


「なんだ。喜ぶかと思ったのに」


 無反応とは面白くない。

 片眉を上げた呆れの表情に、我に返る。


「否、無論嬉しくは思うが――急だな」

「薛家の放蕩息子の件もある。急ぐに越したことはない。だがな、問題は――元譲(ゲンジョウ)殿だ」


 出てきたのは蓮の兄、(セイ)の名だった。

 当然ではある。たとえば月龍が彼の立場だったとして、月龍のような男に妹を嫁がせる気にはなれない。

 身分や地位だけではなく、女性関係でも問題があったことは知っているはずだ。今更ながら、過去に犯した己の愚行が悔やまれる。


「表立った反対はされていない」


 いとことはいえ、殿下と呼ばれる立場の亮に反対の意を唱えるのは、容易ではないだろう。

 その上で「問題だ」と亮は言う。


「――だが、難色は示された」

「そういうことだ」


 苦虫を噛み潰した気分の月龍に対し、何故か亮は、何処か満足気ですらあった。


「亮殿下のご推挙とあらば、喜んで応じたいところではありますが、なにせ邵殿の為人(ひととなり)を私は知らない。武官としての優秀さは聞き及んでおりますが、今はまだ衛尉でしかない。蓮との釣り合いが取れるとは、到底思えません」


 こほんと軽く咳払いの後に発せられたのは、おそらく靖の口真似なのだろう。日頃の軽口とはまったく違う、低い声と重苦しい調子が、月龍の脳裏に趙靖の不機嫌な顔を思い起こさせる。


「――充分、反対されていると思うが」

「阿呆。元譲殿はああ見えて意外と豪胆だ。おれが相手であっても、認める気がまったくなければ、お断りいたします、と断言する」


 ああ見えても、と亮は言うが、月龍の目に靖は豪胆以外の何者にも見えない。

 一見優男にも見える細面の美丈夫だが、眼光の鋭さがすべてを物語っていた。


「条件さえ満たせば認める、という話だ。その条件は、お前にとってはそう難しくはない」

岷山(ビンザン)攻略での手柄か」

「ほう」


 月龍の予測に、亮は驚いたように目を開く。


「お前にしては察しがいい。その通りだ」


 相変わらずの見下した調子ではあるが、感心しているのは事実だろう。

 もっとも、褒められたからといって手放しで喜べる状況でもなかったけれど。


「最初からわかっていた話だろう」

「まぁな。さて、問題はここからだ。認める気がまったくなければ即答で断られる。だがそうではないと言って、お前を諸手を挙げて歓迎するわけでもない」


 当然だと思うから、黙って頷く。


「元譲殿はお前の為人を知らない、と言っていた。ならばやることは一つだろう?」

「――身辺調査、か?」

「阿呆」


 月龍の推測を、一言で切って捨てる。


「そのようなことはとっくにやっている。安心しろ。お前の過去の悪行はすべて、元譲殿の耳に入っていると思え」


 安心できるわけがない。むっと顔を顰めると、月龍の反応など気にもかけない亮らしく、ひらひらと片手を振った。


「知らないのであれば直接その目で確かめるまで。おそらくは近いうちに、元譲殿からの呼び出しがある」


 にやりと美しい唇が歪む。面白がるような、何処か意地の悪い表情だった。


「現段階で、元譲殿の意思は反対寄りの中立だ。地位がなんだとか理由をつけてはいるが、あの人がそのようなことを気にするはずがない。要はお前のことを判じかねているのだ」


 亮が深読みしすぎているだけではないのか。言葉通り、地位がない故の反対だからこそ、岷山での手柄が必要なのだろう。

 ――否。手柄を立て、地位を得れば表向きの理由を消すことができる。そう考えれば手柄を立てたらとの条件は、靖からではなく亮が出したのかもしれない。


「他者から聞くお前の評価は、悪いもののはずだ。だがおれはこれ以上の男はないと推挙し、どうやら蓮も惚れこんでいる様子。だが悪評のつきまとうお前には嫁がせたくない。ならば実際に己の目で確かめ、あわよくばお前自身に辞退させたく思っている、といったところだろう」


 至極もっともな考え方だった。わかるからこそ、黙りこむ以外できない。

 同時に、険しい靖の顔が思い出されてならなかった。


「だからお前に忠告してやろうと思ってな。元譲殿はおそらく、お前にゆさぶりをかけてくる。それに屈してはならんぞ」


 亮はいつも、ふざけたような薄笑いと軽い口調で、厳しいことを口にする。

 今もそうだった。かすかに歪んだ柳眉に心配の影は見えるのに、口元には笑みが滲んでいる。

 見下されているとは思わない。心遣いは、本当にありがたく思っている。

 けれど、と、渋面を自覚しながら口を開いた。


「――正直に言えば、趙公(チョウこう)に負けぬ自信はない」

「おい!」


 呆れを通り越した怒りだろうか。口元に滲んでいた笑みは消え、月龍を睨む目つきに鋭さが加わる。


「お前は阿呆か。負ければ蓮を手放すことになるのだぞ」

「わかっている。わかってはいるが――おれはあの方が、どうしても怖い」

「その図体でよく言うわ」


 はんと吐き捨てられ、反論もできぬことが悔しい。

 無論、腕力では勝てる。けれど靖の威厳、威圧感を前にすると、委縮してしまう。

 格の違い、とでもいうのか。目を合わせることすら、難しい。


「そもそもまともに口をきいたこともないだろう。いいか、何度も言うが、あの蓮の兄なのだぞ。気難しい御仁ではない」

「しかし――」

「何故そう弱気なのだ。大体お前は――」

「殿下。公主の従者殿がお見えです」


 長々と続くはずの説教を遮ったのは、外からかけられた衛兵の声だった。

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