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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第一章

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第三話 三人


「一体いつまで偶然に頼る気だ」


 蓮が十日と経たずに訪ねてくるのは確かだが、もちろん毎日ではない。短くても四、五日は開く。

 なのに毎日、仕事が終わると同時にやって来ては、ため息ばかり吐いて待つ月龍を、よく二ヶ月あまりも耐えてやったものだと、我ながら感心する。


「だが、偶然でなくてどうやって会えと言うのか」


 憮然とした問い返しに、片膝をついた胡坐で頬を支え、冷たい流し目を送る。


「二人きりで会いたいと言えばよかろう」

「無理なことを言うな。できるはずがない」

「なんだ。断られては会い辛くなる、などと言うのではなかろうな」


 先手を打った亮に、月龍は唇を一文字に結ぶ。思わず、頭を抱えた。


「忘れたのか、月龍。蓮もあと半年もすれば、十五になる。おれも二十二だ。互い以上に適切な相手がいなければ、結婚は免れんぞ」


 王には亮の他に子はない。

 本来ならば、王の娘を娶った別腹の男子が王位継承権を得るのだが、現在のところそれは叶わぬ状況にある。

 王に一番近しい親戚の娘は、姪である蓮と嬋玉(センギョク)だ。

 瑤姫(ヨウキ)によく似ていた嬋玉は、すでに王の手がつき、後宮にいる。残るは蓮のみだった。

 周囲は、早く亮と蓮の婚姻を成立させたく思っているようだが、亮自身どうしても乗り気になれなくて、先延ばしにしている。


「そう、そのことだ」


 月龍が渋面になる。

 知らぬ者が見れば怯えるほどのものだが、慣れている亮は、何のことだと平然と受け止めた。


「お前達の話は、そもそも政略的な意味合いが濃い。もしおれと蓮様が、その、恋仲になったとしても、影響などないのではないか」


 怒ったような口調だが、実は不安の現れだと亮にはわかる。

 また、言いたいことも理解できた。政略結婚は、当事者の感情に左右されるものではない。

 たとえ、月龍と蓮が結ばれたとしても結果は変わらず、悪戯に辛い想いをするだけではないか。

 それくらいなら、想いは秘めたまま諦めた方がいい、と思っているのだろう。

 亮は笑う。


「それはないな。親父は蓮を、大層可愛がっている。あれが悲しむような真似はせんだろうし、それでなくともおれと蓮の婚姻を快く思っていない」


 そうでなければ、亮の気分だけで先延ばしにできるはずがない。

 暗愚と成り果てた王も、姪の蓮には何故か甘かった。その可愛い蓮を、嫌っている亮に娶わせることを忌避しているのは、目に見えている。


「前例のないことだが、何処かから遠縁の娘を養子にでも入れておれにあてがい、蓮には惚れた相手との幸せを、とでもぬかしそうだ」


 先送りになっているのは婚姻だけではない。二十一を過ぎた今になっても、亮は立太子していなかった。

 その事実が、言葉以上に王の気持ちを物語る。


「悪かった」


 亮の言わんとすることを、理解したのだろう。月龍が気まずそうに詫びた後、けれど、と続けた。


「そちらは片がつくとして、亮、お前の気持ちはどうなのだ」

「おれの気持ち?」


 聞き返して、苦笑する。

 そういえばと思い出したのは、心配げに歪んだ嬋玉の顔だった。


 幼い頃、亮と月龍は共に嬋玉を訪ね、後宮に忍び込んでいた。だから嬋玉も月龍を知っている。

 月龍が蓮に惚れたと知ればさぞ驚くだろうと、こっそりと報告に行ったのだ。

 そのとき、弟のように思う二人が蓮を巡って争うことになるのでは、と心配された。


「よしてくれ。お前までそのような戯言を言うのか」

「お前まで? 他の誰かにも言われたのか」

「ああ、嬋玉殿にな」

「やはり」


 項垂れるように呟かれて、辟易とする。


「いや、だからそのようなことはないと言っているだろうが。まったく、嬋玉殿といいお前といい、おれはそれほど、蓮に惚れているように見えているのか」

「見えるさ。お前はあの顔を見ていないからそのようなことが言えるのだ」

「あの顔?」

「蓮様と話しているときの、優しげなお前の顔だ」

「当然だ。おかしなことを言うな」


 鏡を前にしているわけではないのだから、自分の顔など見えるはずがない。

 額を押さえて洩らした嘆息に、呆れを乗せる。


「それはまぁ、おれも蓮を嫌っているわけではない。気心の知れた幼馴染だ。話していれば笑いもする」

「しかし」

「ああもう、らしくもない心配をするな。たとえ誰かの妻であれ気に入れば力ずくで奪う。お前にはその方が似合うぞ」

「それは、相手が他の男なら遠慮するものか。だがおれは、お前を失いたくない」


 ぶっきらぼうに言って、睨み据えるような視線を横へと流す。


 気づいてはいた。

 月龍は亮以外の誰にも心を開かない。友人と呼べるのは亮だけだ。

 だから、葛藤もわかる気はする。唯一の友を失いたくない、けれど蓮への想いも諦めきれない。

 迷いのために瞳を揺らす(さま)は、いじらしくすらあった。

 だがそれにしても、と苦く笑う。


「誤解を招くような台詞だな」

「な、おれは別に」

「わかっている。言っただろう、誤解だと」


 喉を鳴らして笑いながら、(とう)に倒れこむ。流し目を送って、にやりと口の端を歪めて見せた。


「まぁ、お前が乗り気でないのなら無理強いするつもりはない。当初の通り、おれが蓮を娶るだけだ」

「それは」

「公主がお見えです」


 さすがに気色ばむ月龍を遮ったのは、衛士の声だった。

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