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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第四章

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第三話 蒼龍


 おかしな話だ。後から生まれたのなら弟ではないのか。

 内に湧く疑問など見通しているのか、男は瞳に憎しみを湛えたまま、口元の笑みを濃くする。


「理由は定かではありませんが、双子の場合、先に生まれた方を弟とするのだそうです」


 言われてみればと、随分以前に聞いた話を思い出す。

 母親の胎内、奥深くにいる方が繋がりが強いとか、兄の露払いのために弟が先に生まれるだとか、諸説あるが――いずれにせよおかしな道理だと思った。

 天涯孤独の身、自分には関係のない話と、今まで気にも留めていなかったけれど。


「それを知らなかった父は、あなたを弟だと思った。また、双子の存在は厭われている。それで弟と思われたあなたが、邵家に養子に出されたのです。――けれどその後、後から生まれた方が兄と知った父は、邵殿に取り替えを依頼した。我々が七つのときです」


 勝手な話だ。七歳ともなれば、すでに自我はある。双子であることも知られてはならぬ状況では、取り替えた後は違う人物を演じなければならない。長きに渡るはずの生涯を別人として歩めというのは、酷だ。

 邵が断ったのは、子供達を不憫に思ったのではないだろう。月龍に愛着を抱いていたわけでもない。

 七つといえば、月龍はすでに亮の傍にあった。入れ替わりが成功する可能性は限りなく低く、失敗による不利益を考慮した結果なのだろう。


「邵殿に断られてもなお、父は家を継ぐのは長子でなければならないと申しております。それであなたに、お戻り頂きたいと」


 そのために、自分が迎えに来た。

 語られる言葉に、違和感を覚える。

 筋は通っているのかもしれない。だが不自然だった。

 男の話を信じるのならば、双子であることを知られぬ前提で話を進めなければならない。月龍が薛に戻れば、彼の居場所がなくなるということだ。

 この年になって、入れ替わりもないだろう。

 わざわざ、自らを窮地に陥れるためにやってくる者など、いるはずがない。


「ごめんなさい、月龍」


 わずかに身を離した蓮が、月龍の袖を小さく引いた。


「あの方のこと――家のこと、黙っていて。けれど蒼龍(ツァンルン)が、あなたにはどうしても自分から話したいと」

「蒼龍?」

「私の、(あざな)です」


 眉間に力が入る。

 胡散臭い。顔が同じとはいえ、離れて育った兄弟の字まで似る偶然など、ありえない。

 蒼龍と名乗った男は、笑みを刻んでいた口の端を更に吊り上げる。


「元々は違う字だったのですが――あなたの名を知り、変えました」

「名を似せるほど、あなたのことが大好きなのですって」


 蓮は嬉しげに笑うが、到底そうは思えなかった。むしろ当てつけと考える方が自然だ。

 蓮や月龍に向ける笑みも、一見優しげではあるが薄ら寒さを禁じ得ない。

 蒼龍が、両腕を広げる。


「ずっとあなたに会いたかった」


 如何にも感極まった、という口調だった。

 なにをしようとしているのかはわかる。触れられたくない。けれど身が強張るばかりで、逃げることもできなかった。

 身動ぎもできない相手を捕まえるのは容易い。硬直したまま、蒼龍に抱き寄せられる。


 瞬間、ぞくりと背筋が冷たくなった。

 男に抱き竦められた気色悪さではない。接した頬から伝わる、生温い体温のせいでもない。

 耳元に吹き込まれた、囁きが。


「同じ人間は、二人いらない。偽者はどちらだろうな?」


 低い声が発したのは、悪意に満ちた言葉。

 心臓が凍りつく寒さだった。

 咄嗟に蒼龍の胸を突き飛ばしたのは、本能的な自己防衛であろうか。


 愕然と見つめる先で、蒼龍は困ったように笑っている。

 寂しげに見える表情の裏に滲み出るのは、怒り、憎しみ、敵意――負の要素がちりばめられた、暗い光だった。


「月龍?」


 どうしたの、と蓮が不思議そうに首を傾げる。蓮に聞こえないように、わざわざ耳元で囁いた蒼龍の姑息さに気付かざるを得なかった。

 初めて会った生き別れの弟を突き放した月龍を、蓮の目に酷薄と映させるためだったのだ。


「仕方がない。突然のことに兄上が戸惑われるのは、当然だ」


 言葉が出ない月龍に変わり、蒼龍が放ったのは白々しい台詞だった。一気に嫌悪感が増す。


「でも――お寂しいでしょう? あんなに会いたがっていたのに……」

「ああ、心配してくれたのか。大丈夫。すぐに受け入れてもらえるとは思っていなかったから――覚悟は、していた」


 まるで健気な弟だ。先程の宣戦布告を聞いていなければ、騙されるかもしれない。

 蓮がすっかり、信じ込んでしまっているように。

 心配げに見上げる蓮と、安心させるかのように微笑む蒼龍。

 見つめ合う二人の姿に、ちくりと胸が痛む。


「ありがとう、蓮」


 蓮――蒼龍がそう呼んだことが、決定打となった。

 反射的に体が動く。蓮を背後に隠し、蒼龍の胸倉を掴み上げた。


「気安く呼ぶな」


 月龍は名を呼び捨てるだけで数ヶ月を要した。なのにこの男は、易々と蓮と打ち解けたのか。

 否、同じように時間をかけたのかもしれない。

 ――月龍の知らぬところで、ずっと会っていたのかもしれないのだ。

 至近距離にあった蒼龍の顔に、驚きが浮かぶ。だがすぐに、面白がるような笑みに変わった。


「けれど、蓮がそう呼んでほしいと――」

「黙れ!」


 再び口にされた名前が起こさせた衝動の前に、理性は無力だった。叫ぶよりも早く、蒼龍に拳を叩きつける。

 蓮の口から、小さく悲鳴が洩れた。


「月龍、どうして――」


 続けられるだろう非難を遮るために、蒼龍の胸を離す。投げ捨てるような動作の反動で、蒼龍の体は地面に叩きつけられ、倒れ込んだ。


「月龍!」


 名を呼ぶ蓮の声に、咎めの色が濃い。

 それがまた、気に入らなかった。

 誰のせいでこれほどの不快を覚えているのか、わからないのだろうか。


 月龍にだけ見せる蒼龍の敵意、そして蒼龍に見せる蓮の好意的な態度。

 出自を知った困惑や蒼龍への嫌悪より、蓮に関する嫉妬心が最も強いのに。


 蒼龍に駆け寄ろうとした蓮の腕を掴み上げると、引きずるようにして歩き始める。

 蓮が幾度も振り返るのには気づいていた。

 それほどあの男のことが気になるのか。

 腕を掴む手には更に力が入り、足を速める。それは体の内で燃えるような熱を発する、怒りのためだった。

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