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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第三章

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第八話 召致


 亮からの呼び出しは、翌日、鍛錬の最中であった。

 あえて鍛錬中に遣いをよこしたのは、「殿下の命令」と周知にすることで、月龍の逃げ道を塞ぐためだろう。

 用件は考えるまでもない。蓮のことだ。

 耳に痛い責言の三つや四つはくらうはずだ。思うと、気も足取りも重くなる。


「月龍!」


 出迎える亮の顔は、予想通り厳しいもの――ではなかった。


「仕事中に悪かったな」

「いや――かまわない」


 やけに明るい表情で、月龍は逆に狼狽える。常よりも上機嫌に見える顔からは、怒気は感じられない。

 月龍の態度は、従者に聞いて知っているはずだ。ならば笑顔でなどいられないだろうに。


「だがな、急用ができて少し出なければならなくなった。せっかく来てもらって悪いが」

「ああ、また出直す」

「そう言うな。すぐ戻る。中で待っていてくれ」


 亮は強引に室内に連れ込むと、月龍の肩をぽんと叩いた。


「あとはうまくやれ」

「亮?」


 呼び止めようとするが、亮には制止される気がないらしい。ぱたんと閉じた扉の向こうに、姿が消える。

 取り残された月龍はただ、やけに乾いた亮の沓音が遠ざかって行くのを聞いた。


 いつになく慌しい様子が気にはかかったが、とりあえずは待つしかない。奥の間へと向かい――

 ぎくりと足を止める。


「公主」


 卓の前に座る、蓮の姿。はっと振り返るも、すでに遅い。亮はとうに去った後だ。


 ――すべて、仕組まれたことだった。


 立ち尽くす月龍を見上げていた蓮が、気まずそうな笑みを刻む。


「ごめんなさい。騙すような真似になってしまって――」

「ような、ではないでしょう」


 蓮がいると知っていれば、来なかった。それを知っているから亮は、自分の名を使って呼び出したのだ。

 逃げ場を失った以上、覚悟を決めなければならない。

 顔を背けたまま、蓮の向かいに胡坐をかいて座る。


「ごめん、なさい。亮さまに相談したら、呼び出してやるから待っていろと言われて」

「亮のせいにされるのか」


 声が、低くなる。

 蓮を、まして亮を恨むのは筋違いだ。月龍が逃げたりしなければ、相談の必要はない。

 わかっているのに、亮に話したことがどうしても腹に据えかねる。

 二人の仲のよさは知っているが、男と女、さすがに話せる内容ではない。それを口にできたのは、考えていた以上に二人が親密だからだ。


「それで亮はなんと? 酷い男だ、別れてしまえと助言を受けられたか」


 嫉妬する資格などあったものではない。だが抑えが効かなかった。咄嗟に口走った皮肉に、蓮が息を飲む。

 亮が二人を別れさせようとしているなどと、本気で思っているわけではない。もしその気ならば、あのような男にはもう二度と会うな、と蓮に言い聞かせればいいだけだ。

 わざわざ呼び出した時点で亮のつもりははっきりしている。

 そこで、不意に気づいた。確かに亮は、二人を取り持つ気がある。


 ――けれど、蓮は?


 閃いた瞬間、胆が冷えた。

 蓮が訪ねて来てくれたことで希望を抱いていたけれど、間違いだったのではないか。

 誠実な蓮のこと、別れるにしても区切りをつけなければと考えたのかもしれない。


 血管が脈打つ、潮騒に似た音が耳の中で響いている。一刻も早く詫びるべきだ。

 なのに言葉はおろか、声すら出ない。

 ふ、と蓮の口からため息が零れる。


「そう、ですか。わかりました」


 月龍の態度から、なにがわかったと言うのだろう。

 僅かに笑みを含んだ蓮の声が、余計に恐怖心を煽る。


「――では、私はこれで」


 声と同時に聞こえたのは、衣擦れの音。立ち上がったのだとわかる。――そして、出て行くつもりなのだと。


 このままの状況での退室は、決別を意味する。

 引き止めなければ。

 思い、咄嗟に出たのは声ではなく、手だった。月龍の横を通り過ぎようとした蓮の袖を掴む。


 思わぬ足止めに驚いたのか。蓮は、縋るような態勢になった月龍をふっと見下ろす。

 目が、合った。

 嫌悪の色はない。ただ、怪訝そうな表情が浮かんでいた。

 慌てて目を伏せる。この期に及んでもまだ蓮の顔を見られないのだから、度し難い。


 考えて、思いつく。顔を合わせられないのならば、平伏してしまえばいい。

 どうせ初めから詫びるつもりなのだ。平伏して許しを請えば、優しい蓮のこと、憐れみをかけてくれるのではないか。


「お詫び申し上げます、公主」


 思いつくが早いか、蓮の足元に平伏した。胡坐から平伏へと姿勢を変える動作は、ただでさえ優雅さとはかけ離れたものだ。

 倍して今は焦りもある。月龍の動きは、滑稽に映ったのではないか。


「非礼、どうかお許し下さい」


 床に額をつけたまま口にするのは、謝罪の常套句だった。具体的な言葉はない。

 どう言えばいい? 先日はあなたを強姦して申し訳ない、などとは言えるはずもなかった。


「――なぜ、あなたが謝るの? 怒っているのは、あなたの方なのに」


 沈黙の末、ぽつりと落とされたのは訝しがる声だった。

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