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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第三章

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第二話 薬害


 思い当たる節はあった。けれどあれはすでに解決した話ではなかったか。

 思いきり眉をしかめる。


「まさか、蓮の膝枕のことを言っているのではあるまいな?」

「他にもまだ、なにかあるのか」


 不機嫌なだけではなく、険悪さすら乗せた目付きで睨まれる。

 さすがの亮も慌てた。


「待ってくれ。あの件はお前も納得したのではなかったか」

「説明もなしに納得できるか」

「事情は話しただろう! 一昨日の夜、お前が訪ねて来たときに」

「来ていない。事情も聞かされていない」


 なにを莫迦なことを言っている。渋面で言われて、困惑する。

 話は聞いた、あの時は納得したつもりだったが、思い返してみるとやはり腹が立つ――そう言われるのならば、まだわかる。

 後ろ暗い所のある亮とすれば、謝り倒すより他に途はない。

 けれど月龍は、訪ねて来てさえいないと言う。


 では亮が夢でも見たのか。

 確かに、一昨日の月龍は寛容だった。彼らしくないところが見えたのも事実だ。

 亮に都合がよく話が進んだのは、夢だったからだとでも言うのか。


 考えを、否定する。願望があるからと幻を見るほど、亮は弱ってもいなければ耄碌もしていない。


「ならば一昨日ここへ来たのは誰だ? 別人だとでも言うつもりか」


 とぼけるな。

 言外に付け加えると、そういえばと月龍が反応した。


「公主が、おれによく似た男と会ったと言っていたが」

「阿呆。似ているもなにも、お前だったぞ」

「とても別人とは思えなかったと、公主が」

「なんだ。おれの目を疑うつもりか」


 幼少期からの、多感な時期を共に過ごしたのだ。月龍と他人を見間違うなど、あり得ない。

 月龍が亮を見つめる。亮も、月龍を睨み返す。

 根負けしたのは、月龍の方だった。深々と嘆息する。


「否、公主はともかく、お前が間違えるとは思えない」

「酷い物言いだな、おい。蓮はああ見えて勘が鋭いと言っただろう。――まぁそれはともかく、一体どういうことだ?」


 呟きは独り言に近い。どうせ月龍にわかるはずがない。

 案の定、知らん、と一言、不機嫌そうに言い放つだけで、考える素振りすら見せなかった。


 ――そう、これが月龍の常。

 容姿は年齢不相応に落ち着いて見えるが、その実、内面は幼いところがある。基本的に自分本位であるし、よく拗ねる。

 それを考えれば、先日の月龍は物分りがよすぎた。違和感を覚えていたのもそのせいである。

 月龍なりの成長だろうと納得していたのだが、今の態度を見る限り、以前と変わらない。


 では、様子の違いはなにに起因しているのか。

 考えて、ふと先程の月龍の言葉を思い出す。


「お前、昨日だけではなくて一昨日も薬を飲まなかったか?」


 質問に、月龍の身が竦む。図星なのだろう。

 なるほど、と亮は頭を抱えた。


「それだ。だから妙に落ち着いていたり穏やかだったりしたのか」


 常態よりも、体に害を及ぼし兼ねない薬を服用していた方が理解力があるとは、嘆かわしい。

 むしろあの状態の方が、高官の受けはいいだろう。


 蓮が会ったという「よく似た男」も、薬のせいで印象が変わった月龍本人だったのではないか。


「しかし、まったく憶えていない」


 だからそのような事実はない。

 付き合いが長いから、声に出されぬ主張も読みとれる。

 亮は片眉を上げて、呆れを強調した。


「例の薬、服用しすぎると記憶に混乱が生じる。幻すら見ることもある――おれは以前、お前にそう説明を受けたがな」


 ならば記憶が抜け落ちたとしても不思議はない。

 筋の通った話に、反論できないのだろう。不本意そうに口を開きかけるも、続く言葉がなかったのか、月龍は押し黙る。


「はっ! 憶えていないと言うなら、もう一度説明してやる。天乙釈放の件で親父に忠言し、案の定玉砕したおれを、慰めようとして蓮が膝を貸してくれただけだ。幼い頃に、おれもよくそうしてやったのを思い出したらしい。なんらやましいことはない」

「しかし」

「もちろん、それでも腹が立たぬはずはないだろう。だから気が済むまで殴っていいぞとおれは言った。お前は手を上げることもなくおれを許した。この件は、これで終わりだ」


 これ以上蒸し返されたくなくて、やや強引にまとめた。

 許したのはお前だと先制することで不平不満を抑え込む手法なのだから、我ながら卑怯ではある。

 思った通り、文句すら言えなくなって黙る月龍を横目に、亮は続けた。


「ともかく、そういった事情をきれいさっぱり忘れていたのだな? それで嫉妬に狂ったお前は、嫌がる蓮を無理やり押さえつけたわけだ。――かも知れぬ、などと言っていたが、本当は抵抗された自覚もあるのだろう?」


 そうであってほしくない。否定を期待した問いかけへの答えは、首肯もないただの無言にすぎなかった。

 けれどそれこそが、肯定の返事だった。

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