表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/43

第四話 思慕


 眠る亮の髪を、そっと撫でる。

 感触は蓮のものと似ているはずなのに、亮の髪には何処か、神聖なものが感じられた。


 周囲からはよく、亮と蓮は似ていると言われる。髪質や瞳の色が同じだから、印象が似るのは理解できるが、どうしても蓮には、自分が亮ほどに美しいとは思えなかった。

 それほど蓮の目に、亮の美貌は際立って見えている。


 幼い頃から、言い聞かされたせいばかりではない。ずっと亮の妻になるのだと――なりたいと、思っていた。

 その亮に月龍とのことを勧められて、寂しくないはずはなかった。

 だが誰よりも大切だと言ってくれた亮の言葉に、嘘はない。

 蓮のことを考えた上で、亮が最も信頼しているであろう親友に任せたいと思ってくれた。それだけでも充分に嬉しかった。


 ただ、亮の独断で任された月龍にとっては迷惑だったと思う。

 蓮を慕ってくれていると亮から聞かされたことを告げると、案の定驚いた様子だった。頭の回転の早い月龍はすぐに亮の意図を組んで、蓮を受け入れてくれたけれど。


 やはり不本意だったのだろう。初めの頃、月龍はいつも不機嫌そうにしていた。

 苦虫を噛み潰したような顔に、不安が募る。

 それでも、あまり変わらぬ表情の下、ぶっきらぼうな物言いの中にも優しさが見えた。


 その優しさに蓮が惹かれていくのと、月龍の態度が少しずつ柔和になっていったのと、どちらが早かっただろうか。

 今では互いに、思慕の情を認識できていると思う。


 亮を慕う気持ちは消えていないけれど、兄に対する親愛の情へと自然に変化した。でなければ今、これほど穏やかな気持ちで、亮の寝顔を見守れるはずがない。

 浮いてきた不思議な感慨に、ふと笑みが洩れる。

 長年の想いすら払拭してしまった月龍の威力とは、一体なんなのだろう。瞼の裏に姿を思い描くだけで、胸の内が温かくなってくるような気がした。


 早く、会いたい。


 思って、ふと気がついた。

 いつもならとっくに、月龍が来ている時刻だった。なのに今日はまだ、来ていない。


 月龍とて要職にある身だから、毎日会えるわけではないのはわかっている。仕事の都合で遅れるなど、よくあることだ。

 だがそのようなときには、必ず従者を遣してくれる。この時間になっても連絡がないのは、初めてだった。

 亮が正装をするのは、王に会うときくらいだ。悩み事というのも、王にまつわることだろう。

 もしかしたら王朝や軍に関係のある話かもしれない。

 だとしたら月龍も今頃、遣いどころではなく対応に追われている可能性もあった。


 月龍も、亮のように悩んでいるかもしれない。


 かたんと音が聞こえたのは、その時だった。


「月龍」


 物音の方向へ目を向けると、ゆっくり入ってくる姿が見えた。ほっとして名を呼ぶ。

 呼びかけに、月龍は破顔しない。いつものことだ。

 ただ、今日は眉間のシワがより深い。怖いくらいの険しさに、心配が増す。


「今日は遅かったけれど、なにかありましたの?」

「――いや、少し」


 少ない言葉に、やはりと思う。曖昧にごまかすような返事は、なにかがあったことの裏返しなのだろう。月龍も亮と同じく、蓮には詳しい話をしないつもりかもしれない。

 心配をかけたくないと配慮してくれる気持ちは嬉しい。だが、月龍が見せる遠慮に、寂しさを覚えるのは事実だった。


 月龍の態度は、最初に比べれば随分と柔らかくなったが、丁寧な調子は崩れていない。

 蓮のことも、未だ公主と呼ぶ。王子たる亮を呼び捨てにし、ぞんざいな口のきき方もしているから、常に堅苦しい物言いをしているわけではないはずだ。

 亮の前にいるときが自然な姿だと言うなら、蓮にも同じように接してほしい。そうすればもっと、距離を縮められる気がするのだけれど。


 月龍の様子は、やはりいつもと違うように見受けられた。

 眉間に刻まれた皺だけではない。何処か落ち着きがないように見えた。

 無言で亮の寝顔を見下ろす――かと思えば目をそらし、蓮に視線を向けたかと思うと、すぐにそらす。

 どうかしたのだろうか。横顔を見上げて首を捻り、決まりの悪そうな様子にふと、亮の言葉を思い出す。

 くすりと笑みが洩れた。


「もしかして、嫉妬してます?」


 問いに、月龍の身が竦む。無言ながら、肯定の返事だった。

 落ち着きがなかったのは、亮と蓮の現状をどう理解したものか、また、どう言及しようかと迷っていたせいかもしれない。


 なるほど、狂いはしなかったけれど嫉妬はした、ということか。

 嬉しいと感じるのは、筋違いかもしれない。けれど悋気を見せるのは、月龍の関心が蓮に向いている証だった。

 そう思えば、誇らしい気がしてしまう。


「亮さま、ずっと悩んでらして。眠れないと仰るから、膝をお貸ししたのです。子供の頃、亮さまがよく、こうやって寝かしつけて下さったの。それを思い出して」

「恩返しのつもりで?」

「そう言ってしまうと、少し大仰過ぎる気がしますけど」


 笑み含みで言うと、月龍はそうかと嘆息した。安堵の色が見える。

 蓮はそっと、起こさないように亮の下から抜け出した。


「亮さまもよくお休みになっていらっしゃいますし、今日はこのまま帰りましょうか」


 臥牀(がしょう)の脇で脱いだ(くつ)を履きながら言う。

 遠慮は亮に対してだけではなく、月龍にも向けたものだ。なにか問題があって対応に追われているのならば、蓮のことばかりにかかわらせてしまうのも申し訳ない。


 立ち上がろうとした蓮の目の前に、すっと手が差し出された。

 え、と向けた視線の先にあった月龍の微笑に、さらに驚く。

 立つために手を貸そうとした仕草も、わずかに浮かんだ笑みも、とても自然だった。常の月龍にはもっと、ぎこちなさが残っている。


「それとも――私でよければ、お話を伺うことくらいはできますけど」


 いつもとは違う態度が、抱える問題の大きさを物語っている気がした。

 亮が蓮の膝枕で眠ったように、月龍も甘えたいと思ってくれたのかもしれない。だとすれば、応えたかった。


 軽く目を瞠ったのは、申し出に驚いたからだろう。

 考える素振りのあと、月龍はゆっくりと頭を振った。


「ありがたい申し出ですが、あまり引き止めては趙公(チョウこう)の心証が悪くなる」


 蓮には、年の離れた兄がいる。すでに父の後を継いでいるから確かに「趙公」ではあるが、なにもそう畏まって呼ぶ必要はない。

 将来的には、月龍にとっても義兄となる。

 もっと親しんでほしいと思うのだけれど、蓮のことすら公主と呼ぶ月龍には、無理な相談かもしれない。

 実直で、月龍らしい物言いに、笑みがこぼれる。


「では、送ってくださいますか?」


 いつものように。

 小さく付け加える蓮に、月龍はひとつ、無言で頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ