表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第十三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

139/193

第六話 事実


「最後の一つだが――見当はついているだろう。蓮のことだ」


 今までと変わらぬ、軽い口調だった。そのせいで一瞬なにを言われたのか理解できず、思考と動きが停止する。

 もっともいつまでも呆けてはいられない。即座に我に返ると、反射的に帯へと手を伸ばす。


 やはり、蓮とのことが知られていた。このまま、蓮を奪われるわけにはいかない。


 亮が一言、「蓮を返してもらう」そう言った瞬間に、懐剣を抜ける準備だった。


 眉間に深く刻まれた皺は、蓮を辱めた月龍への非難か。

 ただわからないのは、亮の顔に浮かぶのが単純な怒りにも見えないことだった。眼光は鋭いものの、唇の端を上げるか下げるか迷っている風にも見受けられる。


 ぴくぴくと引きつるような動きを見せる口元を隠そうとしたのか、亮は一気に杯を干した。

 卓に、ばん、と音を立てて手をつく。不自然に身を乗り出し、姿勢は低い。その位置から、上目遣いで睨みつけられる。

 低い声で月龍、と呼びかけられ――


「いくらなんでも、子供はまずいぞ」


 ゆっくりと開かれた口が告げた言葉を、理解できなかった。


「――は?」


 険しい表情のまま発した問い返しは、ある種間の抜けたものになった。


 もう我慢できない。顔には、今まで隠そうとしていたらしい感情が思い切り乗っていた。


「とぼけても無駄だ。おれの可愛い蓮を、もう母親にしやがって。あれはまだ、自分が甘えたい盛りの子供だというのに」

「え、いや、亮――」

「たしかに元譲殿の許しを得て、公認の仲ではあろう。とはいえ、正式な婚姻もまだの状況で子供とはな。――まあ、あまり褒められたことではないが、ともかくおめでとう!」


 亮は満面に笑みを刻んでいる。卓ごしにがばりと抱きしめられた。月龍の肩をばしばしと叩く手に、いつにも増した力がこもっている。


「正直なところを言えば、多少の嫉妬は禁じ得ない。だが蓮の幸せが一番だ。おれがうまく取り計らってやる。なに、悪いようには――」

「いや、待ってくれ亮」


 しないから、と続けたかったのだろう亮を、慌てて遮る。

 すでに月龍から離れて立ち上がり、今後の方針でも考えているかのように歩き回る様が、口ぶりとは反して落ち着きのなさを表していた。

 つられて月龍も腰を浮かす。


「それは――蓮に子供ができた、そういう意味か……?」


 亮の言葉を統合すると、そのようにしか思えない。

 けれど、とても信じられなかった。まさかという思いに、頭が真っ白になる。

 月龍の反応に、亮ははっと失笑した。


「とぼけても無駄だと言っただろうが。それとも照れて――」


 いるのか。言いかけていた亮は、月龍の顔を見てぴたりと口を閉ざす。

 唖然と口を開けた表情を見ては、ふざけているわけでもとぼけているのでもないことに気づいたのだろう。


「――本当に知らないのか?」


 問われ、呆然自失のまま頷き返した。

 おかしいなと呟きながら、亮は片手で頬や顎のあたりに触れては首を捻る。


「嬋玉殿の話では、蓮本人も自覚した様子だったらしいが」

「嬋玉殿?」

「ああ、昨日、蓮が訪ねただろう。そのときに嬋玉殿が気づいて、指摘したと聞いたぞ。しかし」


 そこで区切り、亮は苦笑する。


「人に指摘されるまで気づかない辺りが、やはり蓮だな。体調不良が続いていたのだろう?」


 お前もお前だが。そう言われれば、否定できる材料はない。

 たしかに思い当たる節はあった。兆候は表れていたというのに、妊娠の可能性などまるで思い至らなかったのだから。


「しかし本人が知った以上、真っ先にお前に伝えるのが筋だろうが――ああ、そうか」


 途中で閃いたのか、一人納得したように呟く。


「まだ確定ではないからか。昨日は夕刻まで嬋玉殿のところに居たらしいし、今日にでも確認して、それから伝える気だったのかもしれんな」


 あり得る話だ。得心すると同時、心臓が高く、早く鳴り始めた。

 蓮に、子供が。突然のことに呆然としていた頭に、ようやく現実感が湧いてくる。


「帰る」


 独り言のように宣言すると、月龍は挨拶もせずに踵を返す。歩き出した速度は、ほとんど駆けているような早足だった。


「おーい、午後の訓練は?」


 背中にかけられたのは、意地の悪い声。返答などわかりきっているのだろう。足を止める間も惜しんで、肩越しに振り返ると、片手を振って見せた。

 それどころではない。

 言外の声を察してくれたのは、ちらりと視界の端に映った亮の、呆れた笑みが証明していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ