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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第十三章

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第二話 察知


「お待ちなさい、蓮」


 型通りの挨拶を終えただけで、足早に立ち去ろうとする蓮を呼び止める。引き留められ、一度は起こした身を再び床に伏す姿に、緊張が見えた。


「心配しましたよ。数カ月も音沙汰がないのですもの。蓮に会えなくて、寂しかったのだから」

「――申し訳ございません」


 恨み言めいて言ってはみたものの、本音は最初に言った「心配した」の一語に尽きる。

 蓮は芯の強い子だと思ってはいるけれど、同時に甘え癖があったのも事実だ。なにかあれば亮や嬋玉に話をしにくることが常だった。

 否、後宮で一人寂しく過ごす嬋玉にとって、そうやって甘えてもらえることが嬉しい。それを知っているからこそ蓮は、間をおかずに訪ねてくれていたのだ。

 なのに、急に訪れなくなった。なにか理由があるのではないか。


 あるとすれば――月龍。


 結婚内定の知らせも、忍んできた亮から聞かされただけで、蓮に直接聞いたわけではない。嬉しそうに、恥ずかしそうに笑う蓮の顔が見られるかと思っていたのに。

 見られたのは、他人行儀に伏した蓮の謝罪とは。


「体調を崩してしまいまして」


 細い声で続けられて、改めて蓮の姿に目を向ける。

 わずかに上げた顔の色は、たしかに青白い。もとより細い体つきも、さらに細くなっているようにも見えた。


「それはいけないわ。もう大丈夫なの?」

「まだ万全ではございません。重ね重ね申し訳ありませんが、帰って休ませて頂きたいと存じます」


 違和感に眉をひそめる。嬋玉に対する蓮の態度とは、到底思えない。挨拶の言葉も硬くて、どちらかと言えば月龍の口調だった。


 ――もしかしたら今の言葉は、月龍に授けられたものではないか。


 そうだとすれば、何故そのような必要があるのか。

 考えられる理由としては、二人がうまくいっていない可能性があった。

 もし嬋玉が手を出すことで解決するのならば、努力を惜しむつもりはない。嬋玉にとって亮や蓮だけでなく、月龍も含めて我が子のように愛情を傾けてきた相手なのだから。


 けれど、蓮が自発的に話してこないのにも理由があるのかもしれない。嬋玉にも蓮たちに知られたくない話の一つや二つあるのと同じように。


 聞いてほしければ、いずれ話してくれる。そう願うばかりだった。


「――そう。ごめんなさいね、呼び出したりしてしまって。体が悪いと知らなかったものだから」

「いいえ。私こそ、なんの連絡も致しませんで、申し訳ありませんでした」


 儀礼的な謝罪のうちに、立ち上がりかけた蓮の体がふらりと傾く。床に手をつき、なんとか倒れるのをこらえた蓮に、慌てて駆け寄った。


「大丈夫? しっかりして!」


 助け起こしながら声をかける嬋玉を、見上げる瞳が揺れて――今日、初めて蓮の顔に表情が浮かんだ。


「大丈夫です。ごめんなさい。少し眩暈がしただけで……」


 苦笑が発したのは、以前のような甘え声だった。ようやく蓮の肉声を聞けた気がして、弱々しくはあっても安心する。


「少し休んで行った方がいいわ。いらっしゃい、蓮」


 肩を貸して立たせようとすると、蓮が戸惑いの目を向けてくる。


「でも、姉さま」

「どうせあの子が帰ってくるのは、夕刻を過ぎるのでしょう? それまでには送らせるから」

「でも――」

「蓮は無事かしら、一人で寝込んだりしていないかしらと、私に心配させたいの?」


 真剣な面持ちに、ふざけた口ぶりを乗せる。

 連絡が絶えていた間、こうやって心配していたことを知ってほしかった。

 これから先、もし辛いことがあっても一人ではないと――嬋玉がいることを、思い出してほしかった。

 気持ちが伝わったのだろう。蓮の顔がわずかに柔らかくなる。


「――ありがとうございます。お言葉に甘えて」


 嬉しそうな蓮の声に、微笑み返す。

 小さな蓮の体は、女である嬋玉の腕でも容易に支えられた。奥の寝所へと行き、横たえさせた蓮を見ながら、ふと昔のことを思い出す。

 幼い頃はよく、訪ねてきては泊まっていた。この臥牀で二人、共に眠っていたことを懐かしく思い返す。


 蓮も同じことを思い出したのだろうか。臥牀の脇に(こしかけ)を持ってきて座る嬋玉の袖を、そっと掴んだ。


「姉さまと一緒がいい。――だめ、ですか?」

「まぁ、蓮ったら。もう子供ではないのに」


 くすくすと笑いながら、蓮の髪をそっと撫でてやる。からかいの口調では言ってみたものの、本当は嬉しかった。蓮の頼みを断るなど、あり得ない。


 隣で横になる前に、蓮の額にかかった髪を払ってやる。触れた指先に、蓮の温かさが感じられた。

 額に触れたのが、冷たい指先だったというだけでは説明できない、体温の高さだった。


 体調が悪いというのだから、熱があってもおかしくはない。だがとても、倒れるほどの高熱ではなかった。あったとしても、微熱くらいのものだろう。

 それに蓮の口ぶりからすれば、体調不良は今日に限ったことではないらしい。この微熱状態が長く続いたことで、体力が奪われてしまったのだろうか。


 そこまで考えて、はたと気づく。閃いた可能性に、まさかという思いが重なった。

 しかし、考えれば考えるほど、真実味を帯びてくる可能性。


 愕然とする様子に、蓮も気づいたらしい。どうしたのかしら、とでも言いたげな幼い顔が、妙に嬋玉の目に眩しかった。

 ぽつんと、掠れた声で呟く。


「蓮、あなた――」

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